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大規模量子・分子動力学シミュレーションによる革新的電池技術の開発

東北大学 流体科学研究所 
ナノ流動研究部門 量子ナノ流動システム研究分野
未到エネルギー研究センター
次世代電池ナノ流動制御研究分野(兼務)
教授 徳増 崇

〒980-8577
宮城県仙台市青葉区片平2-1-1
URL : http://www.ifs.tohoku.ac.jp/nanoint/jpn/index.html
E-mail : tokumasu[at]ifs.tohoku.ac.jp
    ※[at]を@に変えてお送りください.

キーワード:燃料電池,分子シミュレーション,水素,輸送特性,ナノ構造


研究室の特色

  • 研究室概要
     現在,地球温暖化対策や化石燃料の枯渇問題から,水素エネルギーの有効利用や電池の性能向上が強く求められています.そのためには,水素や電池内部の反応物質の流動特性を把握し,制御する必要があります.しかしながら,分子量が軽い水素の流動現象や電池内部の反応現象には原子・分子の「量子性」が顕著に表れ,熱流動現象に影響を及ぼします.また最近のナノ加工技術の進歩により,これらの物質が流れる流路がナノスケールのオーダーとなり,通常の連続体理論では解析ができなくなります.当研究室では, スーパーコンピュータを用いた大規模量子/分子動力学法によりこれら量子性を含むナノスケールの流動現象を解析し, その知見から, 高効率・低コストな次世代電池や水素利用機器の理論設計を行うことを目指して研究を行っています.

  • 産学連携・共同研究などの取り組み
     当研究室では,今回紹介させていただいた燃料電池の解析のみならず,半導体パターン内部の洗浄や倒壊,液体内部での高分子の会合現象など,これまでさまざまなナノスケールの流体現象・流動現象に関する解析を行って参りました.これらの解析技術は通常の連続体理論では解析が難しいナノデバイス内部の流動現象に対して広く応用できるものです.これらに関する研究のご相談などにつきましては,お気軽にご相談いただければ幸いです.

 

研究コンセプト

 流体の流動現象には, 原子・分子のスケールで生じる「化学反応」が流体のマクロな現象に大きく影響する場合がしばしば見受けられます. また, 水素のように極めて軽い原子は, その原子を質点として見なすことができず, その影響が物質の熱物性や輸送特性に現れます. このような性質が現れるメカニズムや, 水素を取り扱うナノスケールの流動システムの性能を解析する場合, 通常の分子動力学法ではその性質を正確に再現できないため, この「量子性」を考慮した手法を用いて解析する必要があります. 当研究室では, このような流体の量子性が熱流動現象に影響を及ぼす系を対象にし, 量子効果を取り込んだ様々な手法を用いてその性質を解明し, 工学的に応用することを目的として研究を行っています.

 また, 水素は近年の地球温暖化問題などから, クリーンなエネルギーキャリアとして期待されています. そのため, この水素を貯蔵する材料(水素タンク, 水素吸蔵合金)や, 特に水素から効率よく電気エネルギーを取り出す装置として, 燃料電池の開発・高性能化が急がれています. さらに, 燃料電池のみならず, 二次電池としてのリチウムイオン電池やレドックスフロー電池の研究開発も重要な課題です. これらのシステムの効率を向上させ, コストを低下させるには, システム内部で起こっている反応物質の流動を把握し, 制御することが必要不可欠です. 当研究室では, このようなシステム内部の反応物質の「流動」, すなわち輸送現象をスーパーコンピュータを用いた大規模量子/分子動力学法により解析し, その現象の特性を把握し, 影響を及ぼす支配因子を特定することによって, 高効率・低コストな次世代電池システムの理論設計を行うことを目指して研究を行っています.

図1: 研究室の研究コンセプト

 

1.大規模量子・分子シミュレーションによる燃料電池ナノ構造特性・物質輸送特性の解析

 近年, 水素を利用したエネルギー源として固体高分子形燃料電池(Polymer Electrolyte Fuel Cell: PEFC)が注目されています. 現在, このPEFCにはより一層の小型化, 低コスト化が求められており, そのためには白金量を低減し, より高い電流密度で運転可能なPEFCを開発する必要があります. しかしながら, この高電流密度での運転時には物質拡散損失により著しく出力電圧が低下します. この物質拡散損失を低減させるためには, 燃料電池内部, 特に膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly: MEA)における反応物質(水素, 酸素, 水)の輸送特性を詳細に解析し, 速やかに物質が移動する機構を有するMEAを設計する必要があります.

  このMEA内部の輸送現象を把握する有力な手法として数値シミュレーションがあり, すでにComputational Fluid Dynamics(CFD)をベースとしたシミュレーションにより, 燃料電池内部の反応物質の包括的な挙動や, I-V特性などが求められています(1)が, その詳細な輸送特性の把握までには至っていないのが現状です. その理由として, MEAを構成する拡散層(Gas Diffusion Layer: GDL), 撥水層(Micro Porous Layer: MPL), 触媒層(Catalyst Layer: CL)および高分子電解質膜(Polymer Electrolyte Membrane: PEM)内ではナノスケールからミクロスケールまでの様々な構造が存在し, 反応物質はその構造内を輸送されるため, その輸送挙動の特性にナノスケール特有の現象が発現し, 連続体理論の範疇ではその特性を捉えきれなくなるからです.

 当研究室では大規模量子・分子シミュレーションにより, このようなPEFC内部の反応物質輸送現象に関する研究を大規模に展開しています(2)-(7)(図2). この分子動力学法により得られたナノスケール特有の流動現象の知見から, 物質輸送が効率よく行われる新規MEA材料の設計コンセプトを得ることができ, また, これらの知見をモデル化してCFD等の燃料電池性能解析プログラムに組み込むことにより, I-V特性など燃料電池の特性量の数値予測の精度が大幅に向上し, 研究開発期間や開発コストが大幅に短縮されることが期待できます.

図2: 固体高分子形燃料電池内部の大規模量子・分子シミュレーション

 

2.量子効果を考慮した水素の熱力学特性, 固体内拡散現象の解析

 近年,水素エネルギーへの期待が益々高まっており, 水素エネルギーを効率的に利用するための研究が盛んに行われています. 高効率な水素エネルギーの設計を行うためには, 水素の熱流動特性を詳細に理解することが必要不可欠ですが, その代表長さがナノスケールのオーダーになると, ナノスケール特有の流動特性が発現し, 実験から得られたマクロな物性値ではその挙動を予測できなくなります. このようなナノスケールの流動現象の解析には分子動力学法が有効な手法ですが, 水素は分子量が小さいこと, 液体水素のように極低温で取り扱われることより, 量子効果の影響が強く現れ, 通常の分子動力学法では水素の熱流動特性を正しく評価できないことが知られています(8). このような流れはロケットポンプ軸受けの摺動面や亀裂からの液体水素の漏れ流れなどに見られます.

 本研究室では, 経路積分セントロイド分子動力学法を用いて水素の量子性を考慮し, 量子効果が水素のナノスケールにおける熱力学的特性に与える影響の解明を行っています(9), (10). この手法によって, 古典論では説明できない水素の熱力学的特性の対応状態原理からのずれを説明することに成功しています(図3). また, 水素が固体内を拡散する際にも量子効果の影響が強く表れます. 水素が固体内を拡散する際には, トラップサイト間に存在するポテンシャル障壁を越える必要がありますが, 水素は質量が軽いため場の温度状態によりこのポテンシャル障壁が変化します. また量子トンネル効果によりその運動エネルギーがエネルギー障壁以下でも障壁を越えることがあります. 当研究室ではこれらの量子効果を考慮できる様々な手法を用いて, 固体内部の水素の輸送現象を包括的に解析できるシミュレータを構築し, 金属内における水素拡散が量子効果によってどのような影響を受けているかを解析しています(11)(図4).

図3: 経路積分セントロイド分子動力学法による液体水素のシミュレーション(左), 対応状態原理を用いた共存線の比較(右) (PIMD: 量子性を考慮した結果, Classical : 量子性を考慮しない結果, Exp. 実験値)

図4: 固体結晶中の水素の拡散(右下),トラップサイト間を移動する水素原子(左下),原子の不確定性によるポテンシャル障壁の変化(左上),量子トンネル効果によりポテンシャル障壁を越える様子(右上)

 

3.セラミックス内部のイオン輸送に関する研究

 固体酸化物形燃料電池はおよそ800℃の作動温度で発電する燃料電池で, その総合効率の高さや様々な形態の水素エネルギーを用いることができることから, 次世代の燃料電池として開発が進められています. この燃料電池は酸素イオンがセラミックス電解質内部をカソード側からアノード側へ移動して反応を行うもので, このセラミックス内部の酸素イオンの輸送特性を向上させることができれば, さらなる効率の向上や作動温度の低温下が期待できます. しかしながら電解質を構成するセラミックスは非常に複雑な構造をしており, 至る所に粒界の界面が存在し, これらが酸素イオンの伝導特性に大きく影響します. 本研究室では量子科学計算と分子動力学法をカップリングさせることにより, 複雑な界面構造を有するセラミックス内部の酸素イオンの輸送特性を解析し, 高酸素イオン特性を有する電解質セラミックスの理論設計を目指します. また, この技術はプロトン伝導性セラミックス燃料電池やCCS燃焼の技術などにも応用できます.

図5: 固体酸化物形燃料電池内部の酸素イオン拡散特性の解析

 

謝辞

 本研究の一部はNEDO事業「固体高分子形燃料電池実用化推進技術開発/基盤技術開発/MEA材料の構造・反応・物質移動解析」および「固体高分子形燃料電池利用高度化技術開発事業/普及拡大化基盤技術開発/触媒・電解質・MEA内部現象の高度に連成した解析,セル評価」の助成により行われました.関係各位に謝意を表します.また,この計算の一部は東北大学流体科学研究所のスーパーコンピュータシステムにより行われました.関係各位に謝意を表します.

 

参考文献

(1) Y. Wang, K.S. Chen, J. Mishler, S.C. Cho, X.C. Adroher, A review of polymer electrolyte membrane fuel cells, Technology, applications, and needs on fundamental research, Appl. Energ. 88 (2011), pp.981-1007.
(2) T. Mabuchi, A. Fukushima and T. Tokumasu, A modified two-state empirical valence bond model for proton transport in aqueous solutions, J. Chem. Phys., 143 (2015), 014501.
(3) T. Mabuchi and T. Tokumasu, Effect of bound state of water on hydronium ion mobility in hydrated Nafion using molecular dynamics simulations, J. Chem. Phys., 141 (2014), 104904.
(4) T. Mabuchi and T. Tokumasu, Molecular Dynamics Study of Proton Transport in Modeled Water Cluster Structure of Polymer Electrolyte Membrane, ECS Transactions, 69 (2015), pp.723-730.
(5) Y. Kurihara, T. Mabuchi and T. Tokumasu, Molecular analysis of structural effect of ionomer on oxygen permeation properties in PEFC, J. Electrochem. Soc., 164 (2017), pp.F628-F637.
(6) J. Aochi, T. Mabuchi and T. Tokumasu, Molecular dynamics study of the effect of wettability of the carbon support on proton transport in Nafion ionomer thin films, J. Therm. Sci. Tech., 11 (2016), No. 16-00423.
(7) A. Fukushima, T. Mima, I. Kinefuchi and T. Tokumasu, Molecular dynamics simulation of channel size dependence of the friction coefficient between a water droplet and a nanochannel wall, J. Phys. Chem. C, 119 (2015), pp.28396-28404.
(8) H. Nagashima, T. Tokumasu, S. Tsuda, N. Tsuboi, M. Koshi and A. K. Hayashi, Limits of Classical Molecular Simulation on the Estimation of Thermodynamic Properties of Cryogenic Hydrogen, Mol. Simul., 38 (2012), pp.404-413.
(9) H. Nagashima, S. Tsuda, N. Tsuboi, M. Koshi, A. K. Hayashi and T. Tokumasu, An Analysis of Quantum Effects on the Thermodynamic Properties of Cryogenic Hydrogen Using the Path Integral Method, J. Chem. Phys., 140 (2014), 134506.
(10) H. Nagashima, S. Tsuda, N. Tsuboi, A. K. Hayashi and T. Tokumasu, A Molecular Dynamics Study of Nuclear Quantum Effect on Diffusivity of Hydrogen Molecule, J. Chem. Phys. 147 (2017), 024501.
(11) S. Ikawa, H. Nagashima, S. Tsuda and T. Tokumasu, An Investigation of the Potential Barrier for Hydrogen Diffusion in Iron by Molecular Simulation with Quantum Effect, Proc. of 4th International Forum on Heat Transfer (IFHT2016) (2016),IFHT2016-1919.
更新日:2017.10.17