ニューズレター

流れ 2003年12月号 目次

― 特集:動力飛行百周年 ―

  1. 鳥のような飛行を目指して - 航空新100年へ向けた空力弾性の新たな挑戦 -
    松下 洸(福井大学)
  2. ロケットポンプ内部に発生する極低温流体中のキャビテーション現象
    上條 謙二郎,徳増 崇(東北大学流体科学研) 共著
  3. 微小空気流速中での固体表面上火炎燃え広がり現象
    - 国際宇宙ステーション(ISS)を利用した宇宙火災安全性研究 -

    藤田 修(北海道大学)
  4. 模型飛行機とのつきあい60年
    佐藤昭二郎(元・石川島播磨重工)
  5. ニューズレター12月号編集後記
    担当:村井祐一(北海道大学),河合理文(石川島播磨重工),川口寿裕(大阪大学)

 

微小空気流速中での固体表面上火炎燃え広がり現象
− 国際宇宙ステーション(ISS)を利用した宇宙火災安全性研究 −

北海道大学大学院
工学研究科機械科学専攻
藤田 修

1.はじめに

 2003年10月に中国が神舟5号により有人宇宙飛行を成功させたことは,我が国の科学技術関係者に大きなインパクトを与えた.次の目標は2010年に有人月面探査を行うこと,とのことである.一方,米国はISSの次のターゲットは有人火星探査であり,厳しい予算の中でも,有人ミッションの期間は長期化する方向に向かっている.
有人宇宙ミッションにおいて,最も重要な課題はクルーの安全の確保である.その中でも,ミッションが長期化した場合,宇宙船内における火災安全の確保は極めて重要な課題の一つとなる.アポロ1号の火災事故以来,NASAは船内火災安全性向上を進め,当時100%であった船内酸素濃度が現在では地上と同じ21%まで低下している.また,船内で使用される種々の材料も一定の火災安全基準に合格したものに制限されている.
 それにも関わらず,宇宙船内での小火はたびたび生じており,スペースシャトルでは小さなものを含めて6回,また,ロシア宇宙ステーションサリュート,ミールでは計3度の火災事故が報告されている.これらは,いずれもクルーの適切な対応により大事を逃れているが,現在建設中のISSのように規模が大きくなると火災への早期対応が難しくなり,大きな被害が発生する可能性は否めない.
 宇宙船で使用される材料は,火災安全の観点から一定の試験(*1)を通過したものでなければならないことは上で述べたが,ここで問題は,その試験自体が地上で行われていることである.これは,地上のほうが宇宙(微小重力場)よりも材料の燃焼性が高く,地上試験を通過していれば安全性を確保できることを前提としている.確かに,微小重力場では自然対流がなく,燃焼場への酸化剤供給が滞るため燃焼が抑制される.しかし,すべての場合に燃焼は抑制されるのであろうか.この点を,宇宙火災要因の多くを占める電気火災を想定して,電線被覆の燃焼について調べようとするのが本研究である.
[(*1)例えば,電線に関するNASAの判定基準(NASA NHB 8060.1C,1991.4)では,鉛直方向から15度傾けて張った電線の下方に所定のイグナイターで火を着け,その後電線の表面を6in(15cm)以上火炎が燃え広がらないこと,および滴下した溶融被覆材が下に置かれた可燃材料(紙)に着火させないこと,が条件となっている.また,実験の際,電線に過電流を流し,被覆の温度を125℃にすることなどが規定されている.]

図1 微小重力場において電線被覆を燃え広がる火炎[1](周囲流速5.2cm/s, 酸素濃度21%, 被覆材Polyethylene, 地下無重力実験センター(微小重力時間10秒)で取得)(クリックすると3MBの動画が再生されます)

図2 燃え広がり速度と周囲空気流速の関係[2](酸素濃度35%,心線径0.5mm,電線外径0.8mmの場合)

図3 微小重力場と通常重力場下方燃え広がり速度の比較[3] (試料Vf0G/Vf1G>1は,微小重力場のほうが燃え広がり速度が大きくなることを示している)

図4 米国燃焼実験モジュール(中央部にみえるリング状のハンドルを手前に引くと燃焼室が引き出される.上側に燃焼用ボンベ,下方にデータ収録用のインターフェースが見える.)

2.微小重力場における電線の燃焼特性

 上述のような背景のもとに,微小重力場における電線の燃焼に関する研究を行っている.宇宙船内では常時低速の換気流が存在していることから,とくに低速空気流中での火炎燃え広がり現象の観察を行った.主な微小重力実験手段は,大型落下塔および航空機によるパラボリックフライトである.

図1に,微小重力場において電線上を燃え広がる火炎の写真を示す[1].火炎は,写真の左から右に向かって燃え広がっており,それに対向する流速5cm/s程度の空気の流れを与えている.微小重力環境移行後少しの期間,火炎に擾乱が観察されるが,時間の経過とともに安定した球形に近い形状を示す.また,火炎の体積が微小重力時間の継続とともに徐々に増加し,地上火炎に比べかなり大きくなる.また,火炎内部に溶融した被覆材が楕円形状で溜まっており,これが滴下することなくすべて電線上で燃焼する.また,微小重力火炎の特徴として,火炎中に高濃度のすすが発生し,火炎からの放射強度が大きくなる.一般に,微小重力場では火炎への酸素供給が抑制され燃焼が生じにくくなるとされているが,わずかな空気流速を与えると一転して,このように高い燃焼性を示す.

 燃焼性の代表的な判断基準は,試料表面の燃え広がり速度である.図2は,特定の条件における電線上の燃え広がり速度の周囲空気流速依存性を図式的に示したものである(実際のデータは文献[2]を参照).この結果から,電線の燃え広がり速度は低空気流速条件において極大値を持つことがわかった.しかも,その極大値は地上における電線の燃え広がり速度(図2の流速の速い条件に相当)よりも大きくなる.この極大値が現れる流速条件は5〜10cm/s程度の船内換気流に相当する値であり,微小重力場のほうが燃焼性の高くなる条件が存在していることがわかった.この特性は,フィルムや紙のような平面上の試料ではみられず,電線のような円筒形状試料に生じる現象であることから,著者らは,この極大値が現れる現象を“幾何形状効果“と名付け,その機構の解明を行っている.

 さらに,微小重力場で興味深い現象は,燃焼に及ぼすCO2ガスの影響である.図3は,異なる不活性ガス雰囲気でETFE(テフロン系の被覆材)電線を静止雰囲気で燃焼させ,その時の燃え広がり速度を微小重力場(Vf0G)と通常重力場(Vf1G)で比較したものである[3].図3において,いずれの不活性ガスにおいても,微小重力場のほうが燃え広がり速度の大きくなる条件が存在しているが,とくにCO2ガス雰囲気では微小重力場での燃え広がり速度の増大割合が大きい.
CO2ガスは,地球温暖化ガスとしても知られるように,火炎からの放射熱を吸収する.このため,火炎周囲にCO2ガスが存在していると,火炎からの放射熱が再吸収され火炎温度が下がりにくくなる.この効果は,火炎付近の流動が生じにくい微小重力場においてより顕著となり,結果的にCO2を混入した雰囲気では微小重力場のほうが燃焼性が高くなる.ISSでは火災時の消火ガスとしてCO2が利用されており,火災安全性の点から,ここで観察された現象は極めて興味深い結果である.

3.ISSにおける電線被覆の燃焼研究

 上記のような研究を行う過程で,酸素濃度が低い場合や試料径が太い場合など,多くの条件において,現象の時間スケールが長く地上の手段ではデータ取得が難しいことがわかってきた.比較的定常に達する時間が早いと見られる図1の条件においてすらも,詳細に観察すると,制動直前でも火炎の直径がわずかながら変化しており,火炎の明るさも変化している.今後,実験データを基に,電線燃え広がりの数値モデルを構築していくためには,正確な燃え広がり速度と火炎形状を知ることは不可欠であり,より長時間の微小重力実験が望まれる.
 そこで,NASA,EASA,NASDA(当時)などが行った,ISSの各国設備を相互有効利用することを目的とした第1回微小重力科学国際公募[4]へ本研究(テーマ名「Effect of Material Properties on Wire Flammability in Weak Ventilation of Spacecraft (略称FireWIRE)」を提案したところ,幸運にも採択された.この提案では,周囲空気流速を与えた条件で,電線の形状(太さ,被覆厚さ等)や心線材質を変化させ,定常的に得られる火炎燃え広がり速度や火炎形状,火炎の放射特性などを取得し,数値シミュレーションとの比較を行う.図4は,実験で使用予定の米国燃焼実験モジュール(エンジニアリングモデル)の写真である.実験の実施時期は当初2007年頃の予定であったが,本年2月のコロンビア号の事故により当初予定より遅れる見込みである.

4.地上火災安全研究への展開

 最近,産業現場や身近な生活環境での大規模な火災災害が頻繁に生じている.中でも,本年2月に発生した韓国大邱(テグ)で生じた地下鉄火災は200名近い死者を出した大惨事であった.地下空間で発生する火災は,周囲が囲われた空間での現象であるため,浮力と火災の相互関係を十分に理解することが重要である.
微小重力研究の最も優れた点は,外乱の無い単純化された系での現象の観察が可能になることである.例えば,先に述べた周囲流速の影響を純粋に観察することは,地上では自然対流の影響により極めて難しい.微小重力場の利用により,外乱のない状態での現象理解を行い,それに浮力効果を重ねることで重力場での火災の理解が深まると考えられる.このように,本研究を通して,宇宙火災という観点ばかりでなく,我々の日常生活における安全確保に対しても貢献して行くことも重要と考えている.

 最後に,本研究の多くは,北海道に建設された地下無重力実験センターで行われた.この施設は,本年2月を持って閉鎖されたが,これに代わる3秒程度の微小重力落下実験設備を計画中である.流体現象は応答性が速く,数秒で完了する現象も多い.計画中の設備は可能な限り,一般の研究者へも利用機会を開放していくことを予定しているので,興味をお持ちの方は著者(ofujita@eng.hokudai.ac.jp)までご連絡を頂ければ幸いです.

参考文献
[1] 藤田,西沢,伊藤,微小重力場における低速空気流中のポリエチレン被覆導線の燃焼挙動,日本マイクログラビティ応用学会誌,Vol.18 , No.4,(2001), pp.276-282.
[2] Fujita,O., Nishizawa,K. and Ito, K., Effect of Low External Flow on Flame Spread over Polyethylene Insulated Wire in Microgravity, Proc. Combustion Institute Vol.29,(2002), pp.2545-2552.
[3] Fujita,O., Kikuchi,M., Ito,K., Nishizawa,K., Effective Mechanisms to Determine Flame Spread Rate Over ETFE Wire Insulation. Discussion on Dilution Gas Effect Based on Temperature Measurements, Proc. Combustion Institute Vol.28,(2000), pp. 2905-2912.
[4] http://iss.sfo.jaxa.jp/utiliz/collect/mg_iao01.html

更新日:2003.12.7