ニューズレター

流れ 2004年4月号 目次

― 特集:流れの制御とものづくり ―

― 研究会報告:研究会の動向 ―

― 失敗から学ぶ成功への秘訣 ―

 

化学工業における「流れの制御とものづくり」 − 撹拌槽を中心として −


鈴川一己(宇部興産)
1.はじめに
 化学工業における「ものづくり」の基本は,入手が容易な化学物質を出発原料として化学反応により有用な物質を得ることである.この視点では分子を加工する道具としての触媒や合成経路の研究が重要となる.しかし,これだけでは不十分である.品質の良い化学物質を製造するためには最適な化学装置(化学プラント)が必要である.この視点に立つと,化学装置内ではほとんどの物質が流体として存在することから「流れの制御」というキーワードが浮かび上がる.本稿では後者の立場から化学装置を取り上げ,撹拌槽を例として化学物質の製造と化学装置の関連性について紹介したい.

図1.計測用撹拌槽図面

2.「流れ」を考慮した化学装置設計
 化学装置の設計上における「流れ」の重要性については,僅か2頁ではあるが矢木・西村著「化学プロセス工学」[1]でも指摘されている.この本には「流れ」の数値シミュレーション結果が掲載されており,1969年出版であることを考えるとその先進性に驚かされる.残念ながら1970年代は物質収支・熱収支という視点での設計が中心であり,「流れ」の視点からの装置設計はほとんどなされていない.物質収支や熱収支モデルの簡略化のため,「流れ」は「一方向流れ(ピストン流)」,「完全混合」という仮定に置き換えられた.当時の計算機の能力を考えれば当然かもしれない.
 80年代に入り化学企業でも「流れ」に対する問題意識が芽生え,90年代のエンジニアリングワークステーションの出現により「流れ」の数値シミュレーションが身近なものになった.上記の本の出版から20年経過して,ようやく「流れ」という視点から化学装置の設計が可能になったのである.

3.撹拌槽内の「流れ」の構造
 物質の混合/化学反応を行う重要な化学装置として撹拌槽がある.円筒の槽に回転翼を取り付けた装置である.実験に用いたモデル撹拌槽の概要を図1に示す.上記のように「流れ」の計算ができない時代,撹拌槽内の現象モデルを簡略化するため,内部の温度や濃度が均一であるという「完全混合槽」の仮定を置いていた.しかし,可視化手法により槽内の現象を見ると「完全混合槽」とは思えないような流動パターンが見られる(図2),



図2.撹拌槽内の流動パターン
(45°傾斜翼,可視化写真)

図3.θ-z断面内相対速度ベクトル図
(平パドル翼,r=100mm,LDV計測)

 一方,撹拌槽内の流れは一見周期的のようだが,時時刻刻変化する大変複雑な流れ場である.しかし,制御するためには流れ場の把握が必要である.このような時,統計処理された流れ場の測定結果やシミュレーション結果が有効である.どんなに複雑であっても統計処理された結果ならば人間にも分りやすいものである.図3に平パドル翼周りの流れをレーザードップラ流速計(LDV)により測定した結果を示す,周方向速度は撹拌翼と共に回転する座標系から見たものである.翼背面に一対の翼端渦が明確に認められる.統計処理によりカルマン渦列が消えることを考えると,この翼端渦は定常的に現れていると考えられる.実際に流れ場を可視化してみるとその通りであった(図4).

 
図4.撹拌翼近傍の流動パターン (平パドル翼,r=100mm,可視化写真)

4.撹拌槽内の乱流パラメータ
 Pv値とは,攪拌する流体の単位体積当たりに加わえる消費動力(P/V)のことである.電動機の大きさを指定するものであると同時に,撹拌槽のスケールアップを行う際の重要な指標となる.最も一般的なスケールアップ則が「Pv=一定」である.Pv値をさらに液体の密度で割ると単位質量当たりの消費動力となり,槽内の平均エネルギー散逸率を意味する.このスケールアップ則を乱流理論で言い直すと「(平均)コルモゴロフスケール=一定」となる.
 化学工業では,主要成分を結晶にして分離・精製する「晶析」という単位操作があるが,これまでの経験から粒度分布とコルモゴロフスケールとの間に相関が見られるようである.より詳しくいえば,結晶の粒度分布は平均エネルギー散逸率よりも攪拌翼周りの局所の最大エネルギー散逸率が支配しているようである.即ち,スケールアップ則としては,局所の から求めた「最小のコルモゴロフスケール=一定」の方がベターと考えられる.

5.おわりに
 企業では流れの数値シミュレーションが日常的に利用できるようになり,新規設計や改造設計をする上で「流れの制御」の重要性が理解されつつある.同時に,流体実験の意味や目的が明確になり,的を絞った実験の必要性も出てきた.「大学における化学装置研究は時代遅れ」ともいわれるが,「流れの最適制御」を行う上で未だ理解不十分と感じる.今後も実験と計算を両輪として化学装置内の「流れの制御」に取り組んでいきたい.

参考文献
[1] 矢木栄・西村肇著,「化学プロセス工学」,丸善(1969),p22−23.

謝辞. 撹拌槽の流動実験は山口大学工学部機械工学科(流体研究室)において実施されたものである.使用させていただいた大坂英雄教授を始め流体研究室の皆様に感謝いたします.

更新日:2004.4.26