ニューズレター

流れ 2011年12月号 目次

― 特集テーマ: 医療と流体工学 ―

  1. プラズマ医療と流体工学
    佐藤岳彦(東北大学)
  2. 数値流体シミュレーションを用いた摩擦音"s"発音分析への取り組み
    野崎一徳(大阪大学)
  3. 血管内治療支援のための大血管内腔可視化システムの開発
    田中志信,本井幸介,山越憲一,大竹浩志,渡邊 剛(金沢大学)
  4. 臨床における脳動脈瘤流体解析の活用
    河野健一(和歌山労災病院)
  5. 編集後記
    (渡邉,佐々木,長谷川)

 

プラズマ医療と流体工学


佐藤岳彦
東北大学流体科学研究所

1.はじめに

 新型インフルエンザの感染爆発や抗生物質耐性菌による院内感染,食中毒などは,国民の健康を脅かす重大な社会問題となっている.これらの感染リスクの低減に向け,安全かつ容易に取り扱えるプラズマ滅菌・消毒技術の研究が精力的に進められている(1-7). 2009年にプラズマ医療の世界的なコミュニティーとして「プラズマ医療国際学会(ISPM)」が設立されるなど,プラズマ滅菌・消毒から発展した「プラズマ医療」の研究が世界的に始まっている(8).例えば,動物細胞への応用は,アイントホーフェン工科大学(オランダ)(9)が先導的に進めてきた.また,治療法の研究は,マックスプランク地球圏外物理研究所(ドイツ)(10-11)による皮膚病治療の臨床試験,ドレクセル大学(米国)(12)の動物実験などにより進められてきた.また,グライフスバルト大学(ドイツ) (13)では,組織細胞を用いた治療法の研究が進められている.現在,殺菌機構は一部解明されつつあるが,治癒機構は極めて複雑であり,プラズマ流による生体への干渉機構の解明が,本分野の今後の発展に向けて不可欠な要素である.

 プラズマ流が注目されているのは,熱,化学的活性種,荷電粒子,光,電界,衝撃波などを簡便に生成できることによる.また,大気圧,低圧,水中など様々な環境において生成が可能であり,適用範囲が非常に広いことも実用化の実現性を高めている.さらに,大気圧下では流動場により熱や化学種を輸送できることから,プラズマ発生部から離れた場所でも利用できることや,小型化や低コスト化が可能であることもプラズマの特徴である.

   プラズマ発生法には,主に直流(DC)放電,交流(AC)放電,高周波(RF)放電,マイクロ波放電が利用されている.印加電圧の形状や電圧・周波数,電極間の絶縁物の有無,電極形状(針−平板や平行平板など),ガスの種類や圧力,などの放電条件を最適化することで,コロナ放電,火花放電,グロー放電,アーク放電などに放電形態を制御することができる.特に大気圧では,誘電体バリア放電(DBD)は,コロナ放電から火花放電への移行を制限できるため温度上昇が抑えられること,放電ガス種を自由に選べること,電極形状の制約が少ないことからよく利用されている.また,DBDの原理を利用して,対象物を対向電極として直接放電させる手法は,短時間で高い殺菌効果を有するため利用されている例が多い.一方,放電で生成した化学種を流れで輸送して利用する手法は,殺菌効果は減少するものの,プラズマ生成法を自由に選択できること,電気回路がプラズマ生成部で閉じているので直接放電する手法に比べ安全であることなどの利点がある.

 図1に示すように,プラズマ医療では,プラズマ現象,輸送現象,生体反応現象を重畳した複雑な現象を対象としている.プラズマ現象では,熱,光,電界,圧力,荷電粒子,ラジカルなどの生成制御の解明を,光学的手法や,電気的手法,また質量分析法などのプラズマ計測により診断する.輸送現象では,運動量,熱,物質の輸送を光学的方法,電気制御法,化学反応法,トレーサー法などの流体計測や数値解析を用いて解析する.生体反応現象では,細胞の生死判定,形状変化,遺伝子/タンパク質発現などを,蛍光観察,フローサイトメトリー,遺伝子/タンパク質発現解析などにより解析する.このように,プラズマ医療では,複雑に重畳している個々の物理現象を解明し,その相互作用を体系的に明らかにしていくことが重要である.特に,プラズマ医療では,大気圧低温プラズマを利用する場合が多く,生成された物理刺激の輸送は場に形成される対流が重要な役割を担う.このため,プラズマ医療の発展の鍵を握るプラズマ流と生体の相互作用を理解するためには,輸送現象を扱う流体工学的見地からの取り組みが不可欠である.


図1 プラズマ医療における諸現象と計測方法

 

2.プラズマ流による生体への干渉機構の解析

 最初に,プラズマ医療の基盤となっているプラズマ滅菌法について説明する.滅菌とはすべての微生物を死滅させることを指すが,医療現場においては要求される水準が定められており,滅菌後の微生物汚染の水準を10-6としている(14).医療分野の滅菌法(14)には,高圧水蒸気滅菌,酸化エチレンガス滅菌,過酸化水素ガスプラズマ滅菌などがある.微生物の死滅機構(15)は,熱や圧力によるタンパク質や生体構造の変性,化学反応による生体膜の損傷や酵素の不活化,DNAなどの核酸の損傷であることが知られている.

  著者らはプラズマ滅菌の研究を進めてきたが,これは,従来法である酸化エチレンガス滅菌において有毒ガスが滅菌対象物に残留したり大気へ排出されたりすることや,過酸化水素ガスプラズマ滅菌(14,16)において高濃度過酸化水素水の利用や高コストなどの問題があり代替滅菌器の開発が強く期待されているためである.プラズマが生成する化学種は,低温において微生物を殺滅するのに適した手法であり,これらの化学種の生成輸送を制御することができれば,次世代の殺菌装置として大変有望である.

 著者らは,医療器具のカテーテル滅菌装置の開発を目標に,細管内滅菌装置を開発した(6,17).図2は細管内プラズマ流の可視化写真である.細管内にワイヤ電極を設置し,細管外部下部の平板接地電極との間に10 kVの高電圧を印加することでプラズマを70℃以下の低温で発生させる.これより,病院等で滅菌指標菌となっている,Geobacillus stearothermophilusの芽胞を5分で5桁低減させることが可能であり滅菌装置として十分な性能を有している.本装置では,図2(b)に示すようにプラズマの生成は管断面で不均一にもかかわらず,細管内は上部,下部ともに滅菌が可能である.これは,図2(c)に示すように細管内に循環する流動場が形成され,滅菌因子となる化学種を濃縮し輸送していることが要因である.さらに,図2(d)に示すように,数値解析より電子密度の高い領域でイオンが生成されていることから,(b)で示された発光領域がプラズマ発生部であり,化学的活性種の発生源であることも明らかにした.

図2 細管内プラズマの可視化写真と放電過程の数値解析結果(6).(a)内径3 mm,長さ1 mの細管内に絶縁ワイヤーを挿入してプラズマを発生させた様子.(b)細管断面の発光分布.中心のワイヤ電極と細管外側下部の接地電極との間にプラズマが発生している.(c)細管断面内の流動場の様子.スモークを導入しレーザーシートを入射することで可視化した.細管下部の岐点圧力から求めた流速は6 m/s程度であり,放電部で生成された化学種が上部に移動するまでに1 ms以内で到達できる.(d)プラズマ生成過程の数値解析結果.ストリーマ形成中で電子が電極間の中央付近まで進展している様子.イオンの生成密度は電子密度と強い相関があることが示されている.

 次に,マイクロ波アルゴンプラズマ流による滅菌装置について紹介する(18,19).図3に示すのは,生成したアルゴンプラズマ流がノズルから噴出される様子である.肉眼では視認できない程度の微弱発光であるが,図3(a)に示すように微弱発光を可視化する装置を開発し,プラズマ流の発光の様子を撮影することに成功している.このプラズマの照射により大腸菌は死滅するが,その因子となる化学種を特定するために,図3(b),(c),(d)に示すように,励起アルゴン原子分布,励起窒素分子分布,励起OH分布を分光フィルターを利用して可視化した.これより,エネルギーが高い状態のアルゴン原子が空気と混合することで,励起窒素分子やOHラジカルが生成されていることが示されている.

図3 マイクロ波アルゴンプラズマ流の可視化写真(18).(a) 微弱発光域の可視化によるプラズマ流の様子.(b)励起アルゴン原子(452.2 nm)の発光分布.(c) 励起窒素分子(337.1 nm)の発光分布.(d) 励起OH分布(309 nm).

 プラズマ医療においては,プラズマ流と生体の間に液体が存在することが多いため,プラズマ−水の相互作用の解明も重要な現象である.著者らは,図4に示すように,水面上にプラズマ流を形成し,プラズマ流による水中の流れの形成や生成された化学種の水中への輸送機構について明らかにしてきた(20,21).図4(a)は実験装置の概要,(b)は電極先端部から水面に向かう高温流が形成されている様子,(c)は水中に形成される流動場の速度ベクトル分布,(d)は数値解析による速度ベクトル分布,(e)はメチルレッド試薬の変化によるpH値の変化の様子を示す.これより,気中でプラズマが生成されると,水面方向に高温流れが形成され水面上で放射状に広がり,気流と水面の間の摩擦により水面近傍の液体が中心から外側に向かって水中に循環流を誘起することが明らかになった.また,気中で生成された窒素酸化物が水中に溶解し,主として対流により輸送されることを明らかにした.さらに,平行して行っている生体との相互作用においては,同じプラズマ発生方法で生成された安定化学種の中で,過酸化水素が細胞の不活化の因子であることも明らかにしている(22)

図4 気液プラズマ流システムの実験装置と流動場の様子(20,21).(a)気液プラズマ流システム実験装置.(b)プラズマ生成時に形成される電極先端から水面に向かう高温流れのシュリーレン法による連続写真.流速は15 m/s程度である.電圧印加の一周期において印加電圧の立ち上がりと立ち下がりの2回形成される.写真では,2箇所に高温流れが形成されている様子が示されている.(c)水中の流動場の速度ベクトル分布.PIV法で計測した.(d)気液中の流動場の速度ベクトル分布.数値解析により得られた結果である.計算は,電極先端部に実験で計測した高温ガス流の条件を与え,気液界面は自由界面として取り扱った.(e)メチルレッド試薬による水中のpH変化の様子.液中に溶解した窒素酸化物により酸性に変化するが,水中の循環流によりその領域が広がることが示されている.

 

3.おわりに

 プラズマ医療は,プラズマ−流体−生体の相互作用を対象とした異分野融合の新しい学術領域である.将来,新しい医療分野として確立されるためには,幅広く知識や計測手法,数値モデリングなどを取り入れ複雑な相互作用問題を解明するなど基礎研究による学理構築を進めると共に,革新的な医療基盤技術として医療分野で受け入れられるための実用化研究が重要である.特に,本分野の確立には流体工学的要素は不可欠なため,流体工学的視点からのアプローチも積極的に取り組んでいきたい.

 

謝辞

 本稿で紹介した研究は,静岡大学 宮原高志教授,トーヨーエイテック 中谷達行博士,ウェーブフロント(現在アテナシス) 池田圭氏,アドテックプラズマテクノロジー 浦山卓也氏,マックスプランク研究所(ドイツ) Gregor Morfill教授,清水鉄司博士,当時大学院生であった古屋修氏,土井章子氏,落合史朗氏,岩渕豊氏との共同研究である.ここに謝意を表する.

 

参考文献

(1) 佐藤,静電気学会誌33 (2009), 137.
(2) M.Laroussi, Plasma Process. Polym. 2, 391 (2005).
(3) M. Moisan1, J. Barbeau, M.-C. Crevier, J. Pelletier, N. Philip and B. Saoudi1, Pure Appl. Chem. 74, 349 (2002).
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(19) T. Miyahara, S. Ochiai and T. Sato, Europhys. Lett., 86, 45001 (2009).
(20) T. Shimizu, Y. Iwafuchi, G. Morfill and T. Sato, New J. Phys., 13, 053025 (2011).
(21) T. Shimizu, Y. Iwafuchi, G. Morfill and T. Sato, J. Photopolym. Sci. Tech., 24, 421 (2011).
(22) T. Sato, M. Yokoyama and K. Johkura, J. Phys. D: Appl. Phys., 44, 372001 (2011).
更新日:2011.12.7