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流れ 2012年4月号 目次

― 特集テーマ:水素の流れ ―

  1. 巻頭言
    (荻野,濱川,森本)
  2. 液体水素ピンホール漏えいと微粒化現象に関する融合型コンピュテーション
    石本 淳(東北大学流体科学研究所)
  3. 水素拡散の実験的研究
    井上 雅弘(九州大学)
  4. 高圧水素噴出火炎の基礎特性
    武野 計二(三菱重工業)
  5. 漏洩水素ガス拡散の数値シミュレーション
    松浦 一雄(愛媛大学)

 

高圧水素噴出火炎の基礎特性


武野計二
三菱重工業株式会社
長崎研究所

1.はじめに

  クリーンエネルギーの切り札として水素社会の到来が言われている.しかし,気体水素の単位体積当たりの発熱量はメタンの約1/3,プロパンの約1/8と小さいため,燃料電池自動車用では走行距離をガソリン車並みとするために40~70MPaの高圧搭載が計画されている[1,2].ここでは,高圧水素の貯蔵リスク評価において基礎データとして必要な,高圧水素の漏洩時に形成される火炎の特性について紹介する[3]

 

2.高圧拡散火炎のスケール

  市街地に配置される水素スタンドにおいて,供給ホースなどが損傷して高圧水素が放出された場合,着火すれば拡散火炎が形成されるので,火炎スケールはリスク評価に不可欠なデータと言える.

  7年ほど前,40MPa(400atm)の水素が0.2~2mm径の孔から噴出した場合を想定した実験の計画があったが,先ず実験場の必要スペースを見積もる際に思い付いたのが,多くの燃焼の教科書に載っているHottelの実験結果であった[4].これは,十分発達した乱流拡散火炎の長さは噴出口径にほぼ比例し,吹き出し流速にはほとんど依存しないことを示しており,理論的にも,噴流軸と垂直方向の拡散速度が噴出流速に近似的に比例することを骨子とした解析によって説明されている.その後のWohlによる都市ガスを用いた実験や[5].Bilgerによる水素拡散火炎の実験においても同様の結果となっている[6]

  Bilgerによる水素拡散火炎の実験での火炎長は噴出口径の180倍程度であったため,口径2mmでは高々0.5m程度のはず,余裕をみて2m四方の敷地でOKと予測していたが,実験を行ってみると40MPaで長さ5m程度の巨大な火炎が形成され驚いたものである.Fig.1は噴出圧力と火炎長の関係を示しているが,チョークする0.2MPa程度を境に,両者の関係は大きく変わることがわかる.その後,最大80MPa,口径20mmまでの高圧噴出拡散火炎のデータを取得し,以下の実験式を得た(d:ノズル口径,Lf:火炎長さ).この実験式は,リスク評価の基礎資料となった[7]

Lf / d = 411.2・P 0.455        P:[MPa]

 


Fig.1  Relationship between hydrogen pressure (P) and flame length (nozzle aperture diam.=0.17mm).

 Fig.2に水平吹き出し時の火炎写真の一例を示す(NaClを混合し,炎色反応により可視化).火炎は浮力の影響をほとんど受けずに水平に形成されている.また,断面積を同一に加工した種々の噴出口形状(丸,三角,スリット)に対して,火炎長さは丸>三角>スリットの関係があることがわかる.また,火炎軸方向から観察される火炎形状は,三角形は逆三角形に,縦スリットは横長に反転した.最初に見たときは目を疑ったが,局所的な拡散速度を考えると納得することができ,数値計算でも再現できている[8]


Fig.2   Photos of horizontal open-jet diffusion flame of 40MPa hydrogen.

 

3.火炎基部の構造

  Fig.3に火炎基部の代表的なシュリーレン写真を示す.高圧気体が噴出した場合,噴出軸と垂直方向には樽型の衝撃波面(barrel shock)が,噴出軸方向には円盤状の衝撃波面(mach disk)が形成されている.Fig.3はこれらのshock面を明確に捉えており,mach diskの後方に着火点が存在することがわかる.Fig.4に水素噴出時の数値計算結果を示す(乱流モデルはRNG k-ε法).噴出後の膨張により静圧は下降して温度も下降するが,流れの慣性力のため噴出空間の静圧以下まで下降している.圧力の極小点でマッハ数は極大となりその直後にショック面が形成される.この一連の現象が3~4回繰り返され静圧は噴出空間の圧力と一致した状態に落ち着くことがわかる.また,シュリーレン写真像と比較すると,ショック面において流速が50m/s程度以下に減少した位置で着火しており,ショック面の背後の流速下降域で着火が安定化されていることがわかる.


Fig.3  Schlieren photo adjacent to the origin of hydrogen flame and shock characteristics.

 


Fig.4  Pressure and velocity distribution adjacent to the nozzle outlet (d=1mm).

 

 この流体力学解析にH2/O2の素反応(19段)をカップリングさせ,火炎基部の着火現象を解析した結果をFig.5に示す(d=1mm,P=40MPa).ここで,化学反応と乱流計算とはEDC(Eddy Dissipation Concept)モデルによりカップリングした[9].Fig.5より,2回目のショック面の背後で着火し全温(total temperature)が上昇していること,活性基であるOH,H,Oラジカルの濃度分布は温度分布とほぼ一致するが,水素燃焼反応の開始反応(H2+O2→HO2+H)で生成するHO2ラジカルは,火炎の内側(水素側)に高濃度で存在することがわかる.そして,開始反応で生成するHラジカルの最大域は,OHやOラジカルよりも火炎内側に存在する.また,ショック面の背後においてbarrel shockとmach diskの交点付近から噴流の中心へと酸素が拡散して侵入する様子が見られるが,その酸素と水素の混合物が外郭の火炎から熱を受け,HO2ラジカルが生成しているものと考えられる.

 マッハ数10以上の水素噴流に保炎器を設けず安定に保炎できる機構は,ショック面背後における流速の低下,この領域への酸素の拡散,および開始反応による連続的なHO2ラジカルの生成によるものと考えられる.


Fig.5  Distribution of chemical species adjacent to the nozzle outlet (d=1mm, P=40MPa).

 

4.おわりに

 水素は化石燃料ではなく他のエネルギー源から製造する燃料であること,単位体積当たりの発熱量がメタン等と比較して小さく液体では20Kの極低温であること,また粘性が小さいため漏洩し易く金属の水素脆化の問題もあることなど,決して取り扱い易い燃料とは言えない.しかし,排気ガスが水となる究極のクリーンエネルギーである魅力は何者にも代え難く,水素社会の実現に向けて様々な面で尽力していく所存である.

 

謝辞

  本研究は新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)からの委託を受け,「水素安全利用等基盤技術開発事業」および「水素社会構築共通基盤整備事業」の一環として実施したものである.ご支援して頂いたNEDO,(財)石油エネルギー技術センター,ならびに(財)エネルギー総合工学研究所の方々に感謝申し上げる.

 

References

[1] 菊川重紀,水素インフラに関する安全技術開発,NEDO燃料電池・水素技術開発成果報告会要旨集 (2004).
[2] 三石洋之,水素安全利用等基盤技術開発-車両関連機器に関する研究開発-,NEDO燃料電池・水素技術開発成果報告会要旨集 (2004).
[3] 武野計二,岡林一木,橋口和明,野口文子,千歳敬子,40MPa高圧水素ガスの噴出火炎に関する実験的研究,環境管理,41, 10, 33-40 (2005).
[4] Hottel, H. C. and Hawthorne, W. R. Third Symposium on Combustion and Flame and Explosion Phenomena, 254, Williams and Wilkins (1949).
[5] Wohl, K., Gazley, C., Kapp, N., Third Symposium on Combustion and Flame and Explosion Phenomena, 288, Williams and Wilkins (1949).
[6] Kent, J. H. and Bilger, R. W., Turbulent Diffusion Flame, Fourteenth Symposium (International) on Combustion (1973).
[7] (財)石油産業活性化センター,水素安全利用等基盤技術開発 水素インフラに関する研究開発「水素インフラに関する安全技術研究」,平成17~19年度NEDO成果報告書 (2007).
[8] 武野計二,橋口和明,岡林一木,千歳敬子,串山益子,野口文子:高圧水素噴流への着火爆発及び拡散火炎に関する研究,安全工学,44,6,398-406 (2005).
[9] Hishida, M. and Hayashi, K., Proceeding of Eighteenth International Symposium on Space Technology and Science, Kagoshima, 673-678 (1992).
更新日:2012.4.9