ニューズレター

流れ 2014年11月号 目次

― 特集テーマ:2014年度年次大会 (1) ―

  1. 巻頭言
    (真田,横山,杵淵)
  2. 高風速域における大気・海洋間の運動量,熱および物質輸送
    小森悟(京都大学)
  3. EFDワークショップ:流れ場計測の誤差,不確かさ評価,ノイズ対策
    石川仁(東京理科大学)
  4. タービンブレードの空力性能改善に向けた剥離流れ検出技術の課題
    瀬川武彦,湯木泰親 (産業技術総合研究所)
  5. 高速気流のPIV計測と不確かさ
    小池俊輔(JAXA)
  6. 空気流計測における誤差要因と注意点
    寺島修(名古屋大学)

 

高風速域における大気・海洋間の運動量,熱および物質輸送


小森 悟
京都大学

工学研究科

 

1. はじめに

  2014年度の年次大会において定年退職を前にして,筆者がライフワークの一つとして1980年代から現在に至るまで取り組んできた気液界面を通しての乱流輸送に関する一連の研究を基調講演として紹介させていただく機会を得た.ここでは,この基調講演でお話させていただいた内容の一部で謝辞に記した筆者らの研究グループの若手メンバーが最近取り組んでいる高風速域での大気・海洋間での運動量,熱,物質の輸送に関する研究結果について簡単に報告させて頂くことにする.

  最近,温暖化などの気候変動や台風・豪雨などの異常気象による災害等がクローズアップされ,それらの予測に密接に関連する高風速下での大気・海洋間の乱流輸送現象(運動量,熱,物質の輸送)の解明とその正確なモデリングが必要とされている.台風などの熱帯性低気圧の場合には,風速が数十メートル毎秒にまで達し,気液界面である海水面が激しく崩壊することにより複雑な気液二相流が形成される.このような気液二相流場では海洋観測はもとより室内実験においても運動量,熱,物質の輸送量の測定はかなり難しいため十分な研究が行われていない.特に,図1に示すように,その砕波気液界面での熱輸送量や抗力に代表される運動量輸送量を正確に評価することは,台風などが成長発達するのか,それとも減衰するのかを予測するうえで極めて重要である.この輸送量の評価が十分でないことが,最近の台風の予測結果を見れば明らかなように気圧配置や偏西風などで決まる進路についてはかなり精度良く予測されるが,成長発達等の強度の予測は十分ではないことの一因になっていると考えられる.また,CO2等の温暖化効果物質の大気・海洋間での物質交換量に対しても台風などの熱帯性低気圧が大きな影響を及ぼすのではないかと推定されているが,その根拠は明確に示されていない.

  そこで,筆者らの研究グループは荒天下での海洋観測に比べて乱流計測が比較的容易で定常な高風速下での風波乱流場を形成することができる図2の動画に示す大型風波乱流水槽を用いて運動量,熱,物質の輸送実験を行い,それらの輸送量の評価を行った.

 


Fig. 1 Sketch of momentum, heat and mass transfer in a tropical cyclone.

  

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Fig. 2  High-speed wind-wave tank.

 

2. 高風速域での乱流輸送

  運動量輸送の評価においては,一般に,気流側の気液界面近傍のレイノルズ応力測定から評価された摩擦速度u*とそれに基づく対数速度式から推算される海水面上=10mの高さにおける風速U10を用いて次式で定義される抗力係数CDが使用される.

(1)

抗力係数CDの海洋観測結果は図3に示すように非常にばらついているが,風波水槽内での筆者らの測定結果(1)で示すように低中風速域では黒の実線で示す既往研究結果と同様に単調増加するが,高風速域ではほぼ一定値を示す.高風速域ではU10の増加とともにCDが減少傾向を示す海洋観測結果も存在するがゾンデを用いて観測されたデータの信頼性には問題があり,現状では高風速域でもU10に対して単調増加を示すCDの一般的なモデル(図3中の黒の実線)が用いられる場合が多い.

 
Fig. 3 Drag coefficient CD against wind speed U10 .

 一方,熱フラックスに関しては,潜熱フラックスQEと顕熱フラックスQH=10mの高さと界面位置との間の比湿差および温度差と,潜熱および顕熱輸送係数CECHを用いて,

(2),(3)

   

で表される.ここで,LVは蒸発潜熱,CPは空気の定圧比熱容量,qは比湿,Tは温度である.これら潜熱および顕熱輸送係数CECHの風速U10に対する筆者らの実測値は図4(a)(b)に示すように,低中風速域では黒の実線で示す数例の海洋観測値と近い値を示すが,海洋観測値が得られていない高風速域では急増する.

 台風等の既往のシミュレーションではU10<30m/sの領域で得られたCECHの観測値のU10に対する外挿値(CE = CH =1〜1.5)を高風速域まで適用している.これに対し,筆者らが得たCDCECHの室内実験結果が海洋にそのまま適用できるとすれば,既往のシミュレーションでは抗力の過大評価と潜熱輸送の過小評価により台風等の成長発達を過少評価することにつながると考えられる.そこで,台風のシミュレーションコード(2)を用いて2013年の台風30号に対する成長発達計算を行ったが,数メートル毎秒程度の最大風速の増加が認められたものの最大風速の実測値に一致するほどの改善効果は得られなかった.その原因は,大気・海洋間での運動量,熱輸送の交換過程以外に海水面から蒸発した水蒸気が台風のエネルギとならずに凝縮により雨滴として落下する量が既存のシミュレーションモデルでは過大に評価されていることにあると考えられる.このことは雲の成長等を含めた水蒸気の凝縮過程の正確なモデル化が今後の重要な研究課題であることを示唆している.

  気液界面を通しての物質(CO2)のフラックスQCO2の評価には,Cbを液側のバルク濃度,Ciを界面での濃度,SをCO2の溶解度,ΔpCO2を大気・海洋間の分圧差として次式で定義される液側物質移動係数kLが使用される.

(4)

 図5にで示すように熱輸送と同様にkLは高風速域で境界層外縁での一様流速Uの増加に対して急激に増加する(3).激しい界面の崩壊を伴う高風速域では筆者らの風洞水槽でのkLの実測値しか存在しないが,低中風速域での海洋観測値は数多く存在し筆者らの実験値に近い値を示す.このkLの相関式を用いて全球上の大気・海洋間のCO2交換量の評価を行ったところU>20m/sの高風速域の状態は空間時間的に全体の2%程度しか存在しないが,年平均の海洋全体のCO2交換量に占める割合は20%であり比較的大きいことが明らかになった.ただし,U>30m/sでは3%程度と急減する.これらの結果は,将来,台風等が頻発する事態になるようであれば大気・海洋間のCO2交換に及ぼす熱帯性低気圧の影響を重視しなければならないことを示唆している. 


Fig. 4 Transfer coefficients of latent and sensible heat against U10.     



Fig. 5 Mass transfer coefficient against U .

 

3. おわりに

  高速風波水槽を使用した運動量,熱および物質の輸送実験により,これまで観測結果が得られていなかった高風速域での抗力係数,潜熱・顕熱係数および物質移動係数を評価することができた.これらの係数の風速依存性は従来の予測とは大きく異なることが明らかになった.今後は,ブイ等を用いて荒天下での乱流フラックス等の海洋観測を実施することや,信頼できる実測値を基にして台風等の予測モデルを改良することが必要である.

  国内では大型の実験装置を用いて乱流輸送現象に関する実験的研究を行う研究者の数が研究費や論文数の確保の問題もあるのか急減しているように思われる.数値予測モデル等の精度向上のためにも環境流体力学分野での実験屋の育成と基盤となる実験的研究へのサポートが望まれる.

 

謝辞 

  本稿の作成には我々の若手研究グループメンバーである京都大学機械理工学専攻の高垣直尚助教,同専攻の岩野耕治元博士後期課程学生(現:名古屋大学機械理工学専攻助教),近畿大学機械工学科の鈴木直弥准教授,海洋研究開発機構の大西領主任研究員らの協力を得た.

 

参考文献

(1) Takagaki. N., Komori, S., Suzuki, N., Iwano, K., Kurose,R., et al., Strong correlation between the drag coefficient and the shape of the wind sea spectrum over a broad range of wind speeds, Geophys. Res. Lett., Vol. 39, L23604 (2012).
(2) Onishi, R. and Takahashi, K., A warm-bin-cold-bulk hybrid cloud microphysical model, J. Atmos. Sci., Vol.69, 1474-1497 (2012).
(3) Iwano, K, Takagaki, N., Kurose, R., and Komori, S., Mass transfer velocity across the breaking air-water interface at extremely high wind speeds, Tellus B, Vol.65, 21341 (2013).
更新日:2014.11.1