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流れ 2018年1月号 目次

― 特集テーマ:2017年度年次大会 ―

  1. 巻頭言
    (本澤,黒澤)
  2. 機能性流体工学の研究展開
    西山秀哉(東北大学)
  3. イルカの体表面から着想を得た抵抗低減法と熱伝達促進
    萩原良道(京都工芸繊維大学)
  4. レーザー誘起マイクロジェットの軟質材料への注入深さに関する研究
    遠藤奈々美,河本仙之介,田川義之(東京農工大学)
  5. 液体急加速時における新しいキャビテーション数の提案
    木山景仁(東京農工大学),Zhao Pan(ユタ州立大学),田川義之(東京農工大学),Jesse Daily(Naval Undersea Warfare Center),Scott Thomson(ブリガムヤング大学),Randy Hurd,Tadd Truscott(ユタ州立大学)
  6. 粘弾性流体を利用したニュートン流体の乱流維持機構の解明
    堀本康文,後藤晋(大阪大学)

 

イルカの体表面から着想を得た抵抗低減法と熱伝達促進


萩原 良道
京都工芸繊維大学

 

1.はじめに

  近年,生物の優れた機能や物質を模倣するバイオミメティクスが発展してきた.研究対象の多くは,特定の種類の植物の実や葉の表面,昆虫の目,あるいは爬虫類の足など,比較的単純な生物の一部分であった.また,研究成果をもとにした製品の利用環境は,これら生物の生息環境と似ている.

  最近,バイオミメティクスの概念を拡張し,生息環境とは異なる条件における製品の利用を目指した,あるいは特殊な状況においてのみ発現する機能に着目した「生物から着想を得た工学」が注目を集めている.

  このような状況に鑑み,筆者はイルカが高速で泳ぐときのみ見られる表皮の変化から着想を得た抵抗低減法の可能性を検討してきた.すでに,表皮の柔軟性,表皮のしわなど,いくつかの摩擦抵抗を低減させると考えられる他の要因(1)が研究されてきた.それらの成果をもとにした,抵抗低減技術の開発も検討されてきた.本報告では,これらの研究成果の一部を紹介するとともに,応用例に言及する.

 

2.イルカの皮膚

 イルカの皮膚は,表皮,真皮,胎皮の三層からなり,胎皮が皮下脂肪についており,皮下脂肪の下に筋肉がある.頭部と背部の皮膚は硬度約70度の天然ゴムに似た感触(2)で,硬く弾力がない.真皮にある微細な組織のために特定の方向に若干変形しやすくなっている(3, 4)が,この部位の皮膚の変形が観察された例は無い.

  他方,全身の皮膚の5割弱を占める胸腹部の皮膚は,硬度約50度のシリコーンゴムに似た感触で,軟らかく弾力がある.これは,胎皮が厚い皮下脂肪についているためであり,さらに腹部においては背骨の突起につながっている筋肉が少ないためである.ゆえに,胸腹部の皮膚は変形しやすい.

  バンドウイルカの場合,低速で泳ぐときには胸腹部の表面は滑らかであるが,高速で泳ぐときには,胸腹部の一部分に複数の稜線をもつしわが現れた(5).これらのしわのうち,肛門付近のしわのみ尾ビレの方向にわずかに動くことが認められた.なお,しわが発生する原因としては,水と皮膚との相互作用と考えられる.

 

3.柔軟面

  表面の柔軟性の摩擦抵抗への影響に関しては,以下の先行研究例がある.Choiら(6)は,実験によりシリコーンゴムで覆われた面の摩擦抵抗低減を得た.また,Gadel-Hak(7)は,曳行水槽において柔軟表面からなる板を移動させ,表面のしわの移動と全抗力の減少を得た.しかしながら,しわの形状は不規則であり,再現性に乏しかった.Endo and Himeno(8) は,皮下脂肪の弾性効果を考慮する式を併用した数値計算を行い,弾性が摩擦抵抗低減に効果的であることを示した.

 

4.固体波状面

  2節で述べたように,肛門付近を除いて皮膚のしわの動きや変形は確認できないことから,しわを伴う皮膚を二次元正弦波状固体面で近似することが考えられる.二次元正弦波状面上の乱流水流の先行研究により,以下のことが明らかになった.波状面の振幅aと波長λの比α/λが0.02より高い場合には,波状面の下り坂と谷部を含む領域の一部分に循環流が発生して(9),局所的にする壁面摩擦応力は負の値を取る.α/λの増加とともに,循環流は顕著になり,α/λ > 0.045 において摩擦抗力係数CF は平板のそれより低くなる.他方,高速はく離せん断層が上り坂に接近するため,上り坂と山部を含む領域の圧力は急増する.圧力抗力係数CP は,α/λの約2乗に比例して高くなる(9, 10).したがって,全抗力係数CT は,α/λ の増加とともに増加する.

 

5.有限幅の固体波状面

  イルカの胸腹部表面は曲面であること,および皮膚のしわが局在化していることを考慮すると,しわを模擬する波状面のスパン方向長さを短くすることが妥当である.図1に,この考えに基づいた波状プレートを示す(11).この幅130 mmのプレートは,横幅270 mmの開水路底面に設置された.プレートの両側面と開水路側壁の間,およびプレートの上流側は,波状面の谷部と面一になるようにゴム板が敷かれた.プレートは,ステンレス鋼基板とシリコーンゴムシートからなり,両者は20 mm毎に細い両面テープで固定された.固定されていない部分のステンレス板とシートの間に,パイプを挿入することにより,正弦波状面を実現した.(α/λ = 0.035)


図1 有限幅波状プレート

  開水路流れは,トレーサ粒子を用いて可視化した(11, 12).緑色レーザ光をミラー,シリンドリカルレンズ,幅5mmのスリットを用いて,開水路上方からシート状にして照射した(図2参照).C-MOSカメラを用いてトレーサ粒子の散乱光を撮影し,画像を粒子追跡速度計測法(PTV法)により解析して,時間平均速度場を得た.壁面近傍の平均速度分布から壁面摩擦応力および摩擦抗力係数CF を得た.


図2 速度場計測システム

  同じ波状プレートを用いて,全抗力を測定した.図3に全抵抗計測システムを示す(11, 12).プレートのステンレス鋼基板と開水路底面の間に微小ベアリング粒子を敷き,プレートが自由に動くようにした.プレート基板前縁部両端に取り付けた小型U字アングルと,開水路の各側壁をくりぬいた部分に設置した片持ちばりの一端を接触させた.プレートが水流により流れ方向にわずかに動くときに生じる片持ちばりのたわみを,貼り付けたひずみゲージで検知した.ひずみゲージの出力信号を,データロガーを介してPCに保存した.較正実験で得られた式を用いて,この信号から全抵抗の時間変動値を算出し,全抗力係数CT を得た.圧力抗力係数CP は,CT CFの差として評価した.


図3 全抵抗計測システム

  図4に,流速を2通りに変えた場合の各係数の値を,二次元波状面乱流の数値計算結果(8)と併せて示す.抗力係数は,いずれも数値計算結果よりも低い.さらに,CFは平板の場合に比べてわずかに低かった.これらの原因を探るために,染料による流れの可視化を行い,波状面の下り坂部に発生する循環流は,その規模が小さくかつ間欠的に現れる結果を得た.これは,循環流とプレート側面を流れる主流との相互作用によると考えられる.したがって,有限幅の波状面は,摩擦抵抗低減と圧力抵抗増加の低減に有効であることがわかった.なお,波状面の稜線や谷部が主流と直角でない傾斜波状面が摩擦抗力低減と圧力抗力の増加低減に有効であることも得た(13)


図4 抗力係数の比較

 

6.イルカの皮膚に着想を得た面

  柔軟面を乗り物の表面に利用する例として,柔らかな表面の自動車が試作された(14).柔軟面は,飲料水・工業用水・プラント冷却水の長距離輸送に用いる送水管にも適用可能であろう.

  イルカの表皮は,部位によらず,小片となって頻繁に剥がれる.剥がれた小片は,乱流構造を変化させて,その結果抵抗低減に寄与する可能性のあることが,数値計算により予測された(15).皮膚のはがれを模擬することも可能である.船用の徐々にはがれる「自己研磨塗料」がすでに製造販売されている.そのうえ,自己研磨塗料による燃料使用量の削減も報告されている(16)


図5 シミュレーション領域

 

7.波状面間乱流の抵抗低減と熱伝達促進

  波状面の抵抗低減結果を踏まえて,波状面を用いるプレート式熱交換器の熱伝達に関連する直接数値シミュレーションを行った(17).図6に,シミュレーション領域を示す.主流は,x*方向の発達した乱流であり,上下壁から加熱された.α/λ = 0.0106であり,循環流は発生しなかった.質量,運動量,及びエネルギーの保存式を差分近似して,時間ステップごとの結果の時空間平均量を得た.その結果,平均壁面せん断応力は,平面に比べて8.1%低下した.他方,平均温度分布から得られる平均熱伝達係数は3.2%増加した.これらのことは運動量輸送と熱輸送の相似性(レイノルズのアナロジー)の破れを示す.さらに,乱流熱流束 および図7に示すレイノルズ応力 が波状面近傍の直線底層と緩和層において平面のそれらよりも低い結果が得られた.したがって,相似性の破れの原因として,波状面近傍の乱れ構造と熱伝達機構の変質が考えられる.


図6 面垂直方向のせん断応力分布

 

8.おわりに

  今後は,すべり速度,表面の微細溝構造などの影響を実験や数値シミュレーションにより詳細に調べて,摩擦抵抗低減と熱伝達促進を同時に実現し,プレート型熱交換器の性能向上に寄与したい.

 

参考文献

(1) F.E. Fish, L.E. Howle, M.M. Murry, Integrative and Comparative Biology, 48, pp. 788 - 800 (2008).
(2) www.bridgestone.co.jp/csr/soc/region/japan/dolphin/
history/ (2015年7月19日).
(3) V.V. Pavlov, J. Bioinspiration and Biomimetics, 1, pp. 31 - 40 (2006).
(4) 萩原良道, エアロアクアバイオメカニズム (エアロ・アクアバイオメカニズム研究会編), 3.3節, イルカの高速遊泳のなぞ, pp. 51 - 56, 森北出版, (2010).
(5) http://clip.dj/richard-hammond-s-invisible-worlds-dolphins-vs-humans-download-mp3-mp4-Oz8VOpB9ve0#  (2013年10月4日).
(6) K.-S. Choi, X. Yang, B.R. Clayton, E.J. Glover, M. Alter, B.N. Semenov, V.M. Kulik, Proc. Royal Soc. London A, 453, pp. 2229 - 2240 (1997).
(7) M. Gad-el-Hak, Flow Control passive, active and reactive flow management, Cambridge University Press, (2000).
(8) T. Endo, R. Himeno, J. of Turbulence, 3, article no. 007, pp. 1 - 10 (2002).
(9) H.S. Yoon et al., Ocean Engineering, 36, pp. 697-707 (2009).
(10) D.S. Henn, R.I. Sykes, Journal of Fluid Mechanics, Vol. 383, pp. 75 - 112 (1999).
(11) Y. Ozaki, N. Yoshitake, Y. Hagiwara, Proc. 6th International Symposium on Turbulence and Shear Flow Phenomena, 2, pp. 771 - 776 (2009).
(12) H. Zhang, N. Yoshitake, Y. Hagiwara, Bio-mechanisms of Animals in Swimming and Flying, Chapter 8, pp. 91 - 102 (2007) Springer.
(13) D. C. Trieu, R. Yamasaki, Y. Hagiwara, J. of Aero Aqua Bio-mechanisms, 3, pp. 29 - 35 (2013).
(14) http://www.honda.co.jp/welfare/event-report/2007/ motor-show (2013年10月4日).
(15) H. Nagamine, K. Yamahata, Y. Hagiwara and R. Matsubara, J. of Turbulence, 5, article no. 018, pp. 1 - 25, (2004).
(16) https://www.nipponpaint.co.jp/r&d/tc22/k3.pdf (2013年10月4日).
(17) A. Nishida, K. Nakatsuji, Y. Hagiwara, Proc. 9th International Symposium on Turbulence and Shear Flow Phenomena, paper no. P-35, pp. 1 - 6, (2015).
更新日:2018.1.30