大気圧低温プラズマ流によるコンタクトレンズ滅菌ケースの開発
佐藤 岳彦 東北大学 |
村松 海里 東北大学 |
中嶋 智樹 東北大学 |
長沢 敏勝 (株)平山製作所 |
中谷 達行 岡山理科大学 |
藤村 茂 東北医科薬科大学 |
はじめに
現在,国内におけるコンタクトレンズの使用者は1500万人を超え,総人口の約1割が使用しているとされる.一方で,眼障害も増加傾向にあり,装用者の7~10%に眼障害が発生していると推察されている(日本コンタクトレンズ協議会,2007年).最も重篤な眼障害の一つであるアカントアメーバ角膜炎は,視力障害や強い眼痛等の症状を呈し,失明に至るおそれもある難治性の角膜疾患である.独立行政法人国民生活センターの報告によると,患者の85~90%はソフトコンタクトレンズ装用者が占めているとされる.使用者の4分の3は,装用後の細菌の繁殖を防ぐことを目的として,市販の化学消毒剤であるマルチパーパスソリューションを使用しているが,こすり洗いを行わないと消毒剤の消毒効果だけではアカントアメーバ等各種微生物を完全に除去することができない.重篤な角膜疾患を予防するための最善策は,現状,使用方法の教育・啓発の徹底に頼らざるを得ないのが実状で,今後格段に安全性や利便性を向上することは困難な状況にある.そのため,新たな滅菌方法の必要性は高く,これら重大な問題点の解決が切実な医療現場の声となっている(1).
プラズマ滅菌
一般に,水中における病原微生物の不活化は,薬剤やオゾン,紫外線を利用することが多い(2).薬剤はタンパク質や細胞器官を不活化し機能を失わせて不活化する.オゾンは細胞壁を酸化し損傷を与えることで溶菌を起こす(3).他にも酵素の不活化,リボソームや細胞小器官の損傷,DNAの損傷などが知られている.紫外線は260 nm近傍の波長が細胞のDNAに吸収され,チミン二量体を生成しDNAの複製を阻害する.しかしながら,紫外線は陰の部分に届かず病原体が残留する問題がある.また,効果的に薬剤やオゾンを病原体に接触させるために,強制対流や気泡による攪拌,化学種を内包する微細気泡の注入など化学輸送を促進する機構が必要である.プラズマは病原微生物を殺滅するガスを生成するだけでなく,プラズマ自身が誘起する流れを利用してガスを輸送することができるという長所がある(4).一方,大気中においてプラズマにより生成される窒素酸化物は処理が難しく,窒素酸化物の排出をいかに少なくできるかが実用化において重要な鍵を握る.なお,本稿で用いる「滅菌」は菌数を6桁以上減らすことを意味し,「殺菌」は菌を殺滅することを意味している.
プラズマ生成ガスが,病原微生物を不活化する機構は以下のように考えられている(4).プラズマの発生により生成したスーパーオキシドアニオン(O2-•)はヒドロペルオキシドラジカル(HO2•)と水溶液中で平衡状態となる(O2-• + H2O ⇄ HO2• + OH-).このpHが低下することで,細胞内に浸透しやすいHO2•の濃度が上昇し,細菌の殺滅効率が向上したと考えられる.また,一酸化窒素(NO•)との反応によりパーオキシナイトライト(ONOO-)やニトロニウムイオン(NO2+)が生成され細胞膜の過酸化やタンパク質の酸化などを引き起こすと考えられる.ONOO-は過酸化水素(H2O2)と反応し不活化作用を有する過硝酸(O2NOOH)を生成する.他にも,NO•とオゾン(O3)の反応で生成される二酸化窒素(NO2•)や,酸素(O2)やO3から生成される反応性の高い一重項酸素(1O2)も殺菌に寄与していると考えられる(5)-(8).
本研究では,誘電体バリア放電と呼ばれる放電方法で大気圧低温プラズマ流を生成し滅菌に利用している.窒素酸化物の排出を低減するために,コンタクトレンズケースという密閉容器内でプラズマを発生させ,生成した窒素酸化物を最終的に水に溶解させている.これにより,気中への排出を格段に下げることに成功した.また,オゾンが分解し生成される酸素原子が窒素酸化物の生成を促進しないように低温化を図った.放電電圧の低電圧化(9)や断続放電により発熱を抑えることで,窒素酸化物の生成量を大幅に下げることに成功している.具体的には,電極を絶縁体を挟んで並べ交流電圧を印加することで,数十℃程度以下の低温のプラズマ流を生成した.コンタクトレンズケース内に水を入れ,容器の蓋の裏側に電極を設置し放電させることで,容器の気体領域に循環流れを形成した.気流は水面において摩擦力により水を駆動し,最終的に水中に循環流を形成する.生成された滅菌ガスは水に溶解したのち,この流れにより水中の病原微生物まで到達し細菌を殺滅する.
コンタクトレンズ滅菌ケース
図1に本研究で開発したプラズマによるコンタクトレンズ滅菌ケースの概要を示す(1)(10).(a)はコンタクトレンズケース内への電極配置と電気回路,(b)は電極形状と構造を示す.一辺15 mm,厚さ0.2 mmの正方形型アルミナ板の両面に直径4 mmの円形状のアルミテープ電極を接着させた電極を容器の蓋の内側に設置した.電圧は,±1.6kVの正弦波,周波数40 kHzとし,電極間に印加した.プラズマを発生させる箇所以外は絶縁テープで被覆した.滅菌の効果は, 耐熱性芽胞菌が塗布された5桁低減を保証する生物学的インジケータを用いて検証した.芽胞菌は病原微生物の中でも物理化学耐性が極めて高いことが知られており,芽胞菌を滅菌できれば他の多くの微生物の殺滅も可能と見なすことができる. 容器内には,水を入れず空気だけの場合と,水を入れる2つの条件について検討した.水を入れる場合は,純水を2 mL注入した.容器は容積 5 mLの市販のコンタクトレンズ保管用の容器を利用した.
Fig. 1 Schematic of the plasma sterilization case for contact lenses(10).
Fig. 2 Concentrations of O3, HNO3 and HNO2 with respect to the discharge time(10).
Table 1 Result of sterilization test with a cycle of 3 sec ON, 6 sec OFF(10).
本研究では,電極基板上の温度を下げるため,プラズマを3秒間発生させた後6秒間プラズマを止め冷却させた.これにより,連続放電の場合47℃であった電極温度を80分後において36.6℃まで下げることに成功した.低温化により,図2に示すように,連続放電の場合の硝酸濃度110 mg/Lが37.7 mg/Lに低減し,亜硝酸の場合は,0.6 mg/Lが0.2 mg/Lに低減した.さらに,オゾン濃度が2.5 mg/Lから4.5 mg/Lに増加するなど,窒素酸化物の低減とオゾン濃度の増加を同時に満たす条件を最適化した.
滅菌効果についても,プラズマ3秒ON,6秒OFFの断続放電の場合は,表1に示すように気中において40分,水中において80分で滅菌が完了することが示された.滅菌時間については,連続運転の場合より長くなるが,現在の一般的なコンタクトレンズの洗浄は4時間であり,これに比較すると十分に短い時間で滅菌が可能である(10).
おわりに
本研究では,大気圧プラズマ流の特徴を生かしたコンタクトレンズ滅菌ケースを開発した.プラズマは,電池程度の電気と空気があれば生成できるため,コンタクトレンズの滅菌・洗浄に応用することで,災害時における利用やインフラが十分に整っていない地域における利用が期待できる.さらに,現在世界を席巻している新型コロナウイルスの感染予防にも使えるように,研究の展開を図りながら進めていきたい.