流れの読み物

Home > 流れの読み物 > 今この論文/技術/研究開発が熱い! > トンネル走行時の車両動揺に関わる変動空気力の発生メカニズム(鉄道車両周りの大規模流れ構造のLES)

トンネル走行時の車両動揺に関わる変動空気力の発生メカニズム
(鉄道車両周りの大規模流れ構造のLES)

中出 孝次
鉄道総合技術研究所
佐久間 豊
鉄道総合技術研究所
(現 徳島文理大学)
梶島 岳夫
大阪大学
(現 四国職業能力開発大学校)

 本稿では,2023年度日本機械学会賞(論文)の受賞論文(中出他,2021a)の研究内容を紹介する.まず本研究で言及する大規模流れ構造のイメージ(動画)を,続報(中出他,2021b)で実施した明かり走行(トンネル以外を走行)の4両編成車両周りの流れのLES解析(Large-eddy simulation)結果により示す(図1).車両と地面の間の水平面上の流速コンターにより流れの様子を可視化している.2両目あたりから左右方向の流速変動が発生し,下流に向かって発達する様子がわかる.このように,車両床下には蛇行流れが形成される.なお,本稿で対象とするトンネル走行では,車両床下と車両側面を合わせた領域で蛇行流れが形成される.



図1 明かり走行時の車両床下の蛇行流れの様子(下は3両目・4両目の拡大図)

はじめに

 トンネル内を走行する鉄道車両には明かり区間では生じない変動空気力が作用する.この変動空気力は,トンネル走行時の左右方向の車両動揺の原因となり,列車速度の2乗に比例して増大するため,特に高速車両ではその低減法の開発が望まれる.従来研究(例えば,Suzuki et al., 2008,Sakuma et al., 2010, Ueki et al., 1999, 鈴木,2000)において,現車試験,数値解析,風洞実験により変動空気力の特性が調べられてきたが,変動空気力に関わる車両周りの流れの構造についての理解は十分ではなく,例えば現車試験で測定された変動空気力(もしくは車両側面圧力変動)の卓越周波数が列車速度270km/hで約2Hzになること,また,車両側面圧力変動の車両長手方向における波長が約30mになることなどを説明するには至っていなかった.そこで,本研究では,変動空気力を引き起こす流れの構造の解明を目的とし,鉄道車両周りの流れのLES解析を実施した.

鉄道車両周りの流れのLES

 計算対象は,単純形状の6両編成車両モデルおよび複線トンネルモデルとした(図2).車両モデルには台車に相当する位置で切り欠きを設置し,車両床下の凹凸状況を簡易的に模擬した.なお,比較のため,トンネル走行とともに明かり走行も計算対象としている.基礎式は非圧縮性流体のナヴィエ・ストークスの式であり,LESにより非定常乱流解析を行った.基礎式を差分法で離散化することにより数値計算を行い,空間微分の離散化においては整合性のある離散化手法(梶島, 1999, Kajishima and Taira, 2017)を用いた.

 トンネル走行条件の車両周りの瞬時の圧力等値面を図3に示す.赤は高圧,青は低圧を示し,斜め下から車両を見上げた画角で描画している.走行方向の反対側に向かって,車両床下およびトンネル近接側の車両側面に周期的な圧力変動の構造が形成される様子がわかる.なお,車両側面の圧力変動は,トンネル近接側(図3のA)のみ顕著になることに注意する.このような車両側面の圧力変動の特徴は過去の現車試験で測定されたものと同様である.

 5両目と6両目(最後尾車両)の車両周りの流れ場について,明かり走行条件とトンネル走行条件を比較した結果を図4に示す.ここでは,車両周りの周方向の速度成分に注目するため,車両床下では左右方向の速度成分(v),車両側面では上下方向の速度成分(w)のコンター図を示す.明かり走行条件では,車両床下の流れが左右に変動する様子がわかる(図4(a)).これは,車両床下の流れが蛇行することを示している.一方,トンネル走行条件では,車両床下の流れが左右に変動するとともに,トンネル近接側の車両側面の流れが上下に変動する(図4(b)).そして,これらの速度変動は同期している.これは,車両床下からトンネル近接側の車両側面にわたる折れ曲がった領域で流れが蛇行することを示す.そして,トンネル走行時の車両周りに形成される蛇行流れが車両後方に移流する過程で生じる車両側面の圧力変動が,車両に対して左右方向の変動空気力を発生させる原因となる.

(a) 明かり走行条件 (b)トンネル走行条件
図2 単純形状の6両編成車両モデルと複線トンネルモデル


図3 トンネル走行条件の車両周りの瞬時の圧力等値面
(赤:高圧,青:低圧,A:トンネル近接側,B:トンネル中央側)


(a) 明かり走行条件

(b) トンネル走行条件
図4 5両目と6両目の車両周りの瞬時の速度コンター
(車両床下では左右方向速度,車両側面では上下方向速度)

鉄道車両周りの蛇行流れの発生メカニズム

 蛇行流れの発生メカニズムは,車両から見た座標系において,狭隘部における主流方向流速の低下とその周囲の高速流との境界における2つのせん断流れの相互干渉による平行渦列の形成にあると考えられた(図5).ここで,蛇行流れは局所的な凹凸(例えば台車など)に起因してその後流に形成される渦構造ではないことを強調しておく.蛇行流れ形成への車両側の局所的な凹凸の関与は,車両から見た座標系における,車両床下の主流方向流速の低減にある.つまり,車両側の局所的な凹凸は蛇行流れの発生に重要な要素となる.さらに,トンネル走行時には主流方向に圧力勾配が生じるため,狭隘部はその周囲と比較して主流方向流速が低減することになる.蛇行流れの形成後に関しては,続報(中出他, 2021b)において,車両床下の蛇行流れは台車や車間部等の局所的な凹凸の影響を受けずに下流方向に移流することが示されている.

 蛇行流れによる速度変動の時空間スケールは,二次元の非粘性流れの理論で知られている渦列の安定配置による変動流れのアナロジーから推定できることが確かめられた.渦列の幅に相当する蛇行流れの幅(進行方向に垂直方向)は車両幅と車両高さの和(図5を参照)となり,これを円柱の直径としたときのカルマン渦列の波長および周波数を考えることで,車両に作用する変動空気力の波長および周波数が推定できた.例えば,トンネル走行時の車両については,車両幅を約4m,車両高さを約4mとしたとき,蛇行流れの幅は約8mとなる.ここで,実際の車両寸法よりも若干大きく見積もっているのは,車両から少し離れた折れ曲がった曲面を想定した長さとするためである.この蛇行流れの幅を代表長さとして,並行渦列の波長が渦列幅の約3.5倍となることを用いると,蛇行流れの波長は約28mとなる.また,列車速度270km/h(75m/s),蛇行流れの幅約8mに対してストローハル数0.2を用いると,変動周波数は約1.9Hzとなる.以上の推定量は,本稿の冒頭で触れた現車試験で測定された値に概ね対応する.


図5 トンネル走行時の車両周りに形成される蛇行流れの発生メカニズム
(車両床下とトンネル近接側の車両側面の折れ曲がった領域を展開)

おわりに

 本研究では,明かり走行時には車両床下に蛇行流れが形成されること,また,トンネル走行時には車両床下およびトンネル近接側の車両側面の折れ曲がった領域に蛇行流れが形成されることをLES解析により明らかにした.明かり走行時の車両床下の蛇行流れのLES解析の妥当性は,続報(中出他,2021b)において,移動地面板を用いた風洞実験により確認している.また,蛇行流れによる流速変動について,トンネル内を走行する高速列車の車両側面の鉛直方向の流速の測定結果と本研究の数値シミュレーションの結果を比較し,よく一致していることも確認している(Sakuma et.al., 2024).

 本研究で初めて言及した「鉄道車両周りの蛇行流れ」は非定常流れにおける基本流れとなり得るものであり,鉄道分野の空気力学に関する多くの課題に関係する可能性がある.本研究の知見が鉄道車両の空力問題の現象解明および空力性能向上に貢献できることを期待している.

文献

  • 梶島岳夫, 不等間隔格子に適合する対流項の差分法, 日本機械学会論文集B編, Vol.65, No.633 (1999), pp.1607–1612.
  • Kajishima, T. and Taira, K., Computational fluid dynamics, Springer International Publishing (2017).
  • 中出孝次, 佐久間豊, 梶島岳夫, トンネル走行時の鉄道車両動揺に関わる変動空気力の発生メカニズム(単純形状の鉄道車両モデルにおける大規模流れ構造のLES), 日本機械学会論文集, Vol.87, No.893 (2021a), DOI:10.1299/transjsme.20-00366.
  • 中出孝次, 井門敦志, 梶島岳夫, 台車を含む鉄道車両モデルにおける車両床下の蛇行流れ(実形状の鉄道車両モデルにおける大規模流れ構造のLES), 日本機械学会論文集, Vol.87, No.894 (2021b), DOI:10.1299/transjsme.20-00398.
  • Sakuma, Y., Nakade, K. and Suzuki, M., An experimental investigation on the large-scale meandering flow structure causing FIV of high-speed trains running in tunnels, Journal of Wind Engineering and Industrial Aerodynamics, (2024), Manuscript under review.
  • Sakuma, Y., Suzuki, M., Ido, A. and Kajiyama, H., Measurement of air velocity and pressure distributions around high-speed trains on board and on the ground, Journal of Mechanical Systems for Transportation and Logistics, Vol.3, No.1 (2010), pp.110–118.
  • 鈴木昌弘, トンネル内走行時の車両に加わる空気力, 鉄道総研報告, Vol.14, No.9 (2000), pp.37–42.
  • Suzuki, M., Ido, A., Sakuma, Y. and Kajiyama, H., Full-scale measurement and numerical simulation of flow around high-speed train in tunnel, Journal of Mechanical Systems for Transportation and Logistics, Vol.1, No.3 (2008), pp.281–292.
  • Ueki, K., Nakade, K. and Fujimoto, H., Lateral vibration of middle cars of shinkansen train in tunnel section (Analysis of running characteristics of test train due to gap flow induced model), Vehicle System Dynamics, Vol.33, Issue sup1 (1999), pp.749–761.
更新日:2024.9.16