第87期(2009年度)流体工学部門 一般表彰(フロンティア表彰)
一般表彰(フロンティア表彰)
伊藤 慎一郎 (工学院大学)
受賞理由:
自由形泳法における,最小エネルギーモード(S字泳法)と最大推進力モード(I字泳法)の解明など,スポーツ流体力学研究の新領域を開拓し,また,マスメディアを通じ流体力学の幅広い啓蒙活動にも貢献した.
受賞のコメント:
この度は,栄えある流体工学部門一般表彰(フロンティア表彰)を賜り,大変光栄に存じます.ご推薦いただいた先生ならびにこれまでご指導,ご協力下さった方々に厚く御礼申し上げます.
スポーツ流体力学を始めたきっかけは,もうひとつの専門である生物流体として解析できたスッポンの泳ぎを人間に当てはめてみようと思ったことがきっかけでした.2001年当時の防衛大での同僚であった奥野景介先生(現早稲田大学スポーツ科学部准教授,水泳部監督,北京五輪代表コーチ)との水泳談義から人間の泳ぎに関する研究が始まりました.私自身,泳ぎは全く不得意でしたが,奥野先生の水泳の事細かな動作描写を伺っていくうちに,あたかも私自身が泳いでいるときの力配分とかの感覚を得ることができました.それによって水泳の理論的解析が進み,スッポンの泳ぎと人間の泳ぎを対比して考えることができました.おかげで今回の表彰に関係する2002年の世界医学バイオメカニズム国際会議最優秀賞をいただくことができました.生物流体に関しては東京大学名誉教授の東昭先生からのご指導とご鞭撻により機械工学の流体力学とは異なる展開方法を身に着けることができました.さらにエアロ・アクアバイオメカニズム研究会の創成から立ち会うことができ,第一線で活躍するたくさんの研究者の方々と共同で研究を研鑽しえる幸運に恵まれました.筑波大の浅井武先生,山形大の瀬尾和哉先生との共同研究を通じてボール等へのスポーツ流体への幅を深くすることができました.スポーツ工学全般においては東工大宇治橋貞行先生,UCDavisのMont Hubbard先生を始めとする多くの先生方のご鞭撻をいただきました.
また,私の水泳理論がスッポンに起因する泳法ということで,興味を持たれ,テレビを中心とするメディアが紹介してくれたお陰で,一般にスポーツ流体,生物流体の面白さを紹介することができました.
スポーツ流体力学は,私にとって流体力学のみならず制御工学との融合も,今後の重要な研究課題のひとつだと思っています.今年より自由で進取の気風あふれる工学院大学に移り,研究環境も大きく変化しました.今回の受賞を契機に,微力ながら,これらの課題も含め,スポーツ流体力学に関する新たな問題に挑戦して行きたいと考えております.
一般表彰(フロンティア表彰)
望月 修 (東洋大学)
受賞理由:
蚊の吸血時の可視化画像の取得をはじめとして,蝶の羽ばたきや水中生物の遊泳機能の流体力学的解明は非常に先駆的で,流体工学に新たな分野を切り開いた.
受賞のコメント:
この度は,流体工学部門一般表彰(フロンティア表彰)を賜り,大変光栄に存じます.ご推薦下さった方々,関係各位ならびにこれまで研究面で討論とご協力を下さった皆様方に厚く御礼申し上げます.
私は2002年に東洋大学工学部(当時)に職を得たことをきっかけに,生物・生体に関わる流体工学を始めました.それ以前は,北海道大学において,はく離流れをいかに抑えるかというテーマを中心に研究を行ってきました.生物流体に踏み込むと,昆虫の羽ばたきではそのはく離をいかに有効に作り出し利用するかが重要なことだと気付かされました.同じはく離現象を扱うにしても,わずか見方を変えるだけで害であったり益であったりする,まさに使う人によっては,工学研究成果は「諸刃のやいば」となることを実感いたしました.
昆虫や微生物に関わる流れは低レイノルズ数であるから「やることは無いのではないか」という印象があります.ところが,レイノルズ数が1程度の環境で生きている生物は,実は,慣性と粘性のそれぞれの世界をうまく渡り歩き,それぞれの利点をうまく使い分けています.流体力学では取り扱いにくい領域であるために,この境界領域での現象については棚上げされてきた感があります.ここに踏み込んだことで今回の受賞になったことと思います.大変ありがたくお受けいたしますとともに,これをバネに今後もこの領域における研究を進めていきたいと考えております.
長い歴史を経て今に生きている微生物たちが勝ち取った「生きる能力」に学び(バイオミメティクス),何とか地球環境問題を含めて人類の未来にわずかでも貢献できる仕事ができればと考えています.