第90期 (2012年度)流体工学部門 一般表彰(フロンティア表彰)
- 高木 周(東京大学)
一般表彰(フロンティア表彰)
高木 周(東京大学)
受賞理由:
厳密な数理に裏付けられた理論,高精度の数値計算,さらに精緻な実験に基づいた多岐にわたる一連の研究により,気泡流のマルチスケール現象の解明に貢献し,また次世代スパコン「京」の医療応用を目指して生体のシミュレーションツールの開発に貢献した.
受賞のコメント:
この度は,栄えある流体工学部門一般表彰(フロンティア表彰)を賜り,大変光栄に存じます.ご推薦いただいた先生ならびにこれまで一緒に研究を行ってきた方々に深く感謝致します.
私は,これまで流れのマルチスケール・マルチフィジックスに関連する様々な研究テーマを扱って参りました.博士論文では,液体中を上昇する単一気泡に働く様々な力や変形のもたらす興味深い現象の数値解析を研究テーマとしました.その後,気泡表面に吸着した界面活性剤分子がもたらす不思議な現象の解析へと研究対象が移っていきました.微量な界面活性剤が添加された水溶液では,個々の気泡の挙動が大きく変化し,結果として,気泡流全体の流動構造が劇的に変化します.この現象を対象とし,そのマルチスケール性に着目した実験および数値計算の両方の研究を研究室のメンバーとともに行って来ました.また,気泡流とは別に,マイクロバブルの医療応用に関する研究をきっかけとし,赤血球レベルから捉えた血流解析に関する研究,そして最近では,生体力学の分野で生体の持つ複雑な階層性に着目した研究へと研究テーマを展開しております.生体ではミクロスケールではタンパク質分子の,メゾスケールでは細胞の,マクロスケールでは連続体力学で支配されるような血流や筋肉・臓器の挙動が重要となり,生命が維持されています.治療がうまくいくとは,局所的に施した処置により大域的な人としての生命(あるいは健康状態)が維持されることを意味し,生物学的・医学的な知見としてだけでなく,医療機器開発の工学的立場からも,生体の階層性を理解した上で,医療機器の開発を行うことが極めて重要な意味を持っています.
さて,私がこのように多くのテーマを手がけるきっかけとなったのは,私の博士論文の指導教員であり,その後研究室運営を共に行ってきた松本洋一郎先生が幅広い分野に興味をお持ちになっており,研究室の研究テーマが多岐に亘っていたことがあるかと思います.また,東京工業大学で助手の職についていたときには,所属していた研究室の長であった故土方邦夫先生が,やはり非常に幅広い研究テーマを手がけられていたこともあり,良くも悪しくも,新しい分野に飛び込むことにそれほどためらいを感じていないところがあるかと思います.新しい分野に行けば,その分野では新参者で知識不足も否めない中,その分野の大御所と言われる先生から,きつくお叱りを受けることも度々です.その都度へこみ辛い思いもしますが,様々なテーマを扱ってきた強みは他の分野を手がけた際に,その分野の既存の見方や方法とは異なったやり方で研究を進めることができる点にあります.特に流体力学の分野は,他の分野と比較すると,実験および数値計算の両方に,その重要性を見いだせている分野だと考えます.そのような状況を踏まえ,比較的単純な現象をきちっと理解する流体力学から,より複雑難解な現象をバランス良く制御する流体工学へと向かうためには,数値計算と実験計測を相補的に利用することが極めて重要な意味を持つと考えます.若い研究者たちには,計算にしても実験にしても,自分が得意としているものをきちっと認識した上で,その手法の限界を把握し,足りない部分を補える研究者との共同研究により,新しいフィールドを積極的に開拓していってもらえればと思います.
このたびは,受賞とともにこのようなメッセージを伝える機会を与えてくださり,どうもありがとうございました.