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流れ 2007年12月号 目次

― 特集: 大気圧プラズマ流 ―

I:低温プラズマ流

1-(1). 大気圧プラズマ流の研究動向と医療分野への展開
佐藤岳彦(東北大学)
1-(2). DBDプラズマアクチュエータ -バリア放電を利用した新しい流体制御技術
藤井孝藏(JAXA),松野隆(鳥取大学)
1-(3). 大気圧ナノ秒パルスコロナプラズマを利用したごみ焼却炉排気中のダイオキシン分解のパイロットプラント試験
大久保雅章(大阪府立大学),吉田恵一郎(科学技術振興機構),
山本俊昭(武蔵工業大学)
1-(4). 反応性大気圧プラズマ流が拓く先進ナノテクノロジー
野崎智洋(東京工業大学)
1-(5). 高周波またはマイクロ波を用いた液中プラズマプロセス
野村信福,豊田洋通(愛媛大学)

II:熱プラズマ流

1-(6). 水プラズマによる廃棄物処理プロセス
渡辺隆行(東京工業大学)
1-(7). 大気圧マイクロ波プラズマ流による低電力プラズマ溶射
安井利明(豊橋技術科学大学)
1-(8). 機能性に特化したアーク流動システム
高奈秀匡,西山秀哉(東北大学)
1-(9). 混合作動ガスを用いたプラズマジェット点火器
滝田謙一(東北大学)

― ASME/JSME合同流体工学会議報告 ―

2. 第5回ASME/JSME合同流体工学会議報告
日本側共同議長 塚本 寛(九州工業大学)

編集後記
米村 茂(東北大学)、永山勝也(九州工業大学)、阿部浩幸(宇宙航空研究開発機構)

 

大気圧プラズマ流の研究動向と医療分野への展開


佐藤 岳彦
東北大学流体科学研究所

1.大気圧プラズマ流とは?

 プラズマは,熱・光・高反応性化学種などを容易に生成できることや電磁場により制御が可能なことから,これらの機能性を利用した研究(1)や産業への応用が活発に行われている.例えば,図1に示すように,材料プロセス,環境・エネルギー,光源・レーザー,バイオ・医療,半導体プロセスといった産業分野での応用やMHD発電,電気推進機,プラズマアクチュエータなどの研究分野への展開が積極的に進められている.

 

 


図1 プラズマ流の機能性と応用

 図2に示すように,産業分野におけるプラズマは電気(2),(3),化学,材料(4)などの各分野で利用され,応用物理のような分野間の学際領域として発展してきた.最近では,大気圧で低温のプラズマ流を生成する研究(5)~(8)が進み,バイオ・医療や航空工学の分野での利用も始まっている.このような大気圧近傍以上の作動圧力ではプロセスにおける対流の役割が重要となるため,「大気圧プラズマ流」の現象の解明や実用化を促進するには,電気,化学,材料などの視点だけではなく,流体,熱,航空宇宙,環境といった機械工学的視点からプラズマを捉えることが不可欠となる.すなわち,「大気圧プラズマ流」は,これらの各分野・学際領域や産業を統合する新しい産学融合領域として発展する可能性を秘めている.


図2 新しい融合領域の創成

2.研究・産業応用の動向

 図3にプラズマ分野では世界最大であるプラズマ化学国際学会におけるセッション数から見た最近のプラズマ研究の動向を示す.1999年では,基礎,診断,モデリング,材料といった基礎や各分野からなる構成であったが,2007年では,バイオ・医療,燃焼・航空,マイクロといった新しい融合領域がセッションとして提案され,定着しつつある.実際に,世界ではこれらの動向に同期するように,世界初の「第1回プラズマ医療国際学会」が今年10月に米国で開催され,医学とプラズマ分野の研究者が一堂に会した.このように,今後のプラズマ研究は,応用を見定めた研究がさらに加速すると考えられ,特に初期投資が少なく簡便に取り扱える大気圧プラズマ流はさらに発展することが期待される.


図3 最近のプラズマの研究動向

  大気圧プラズマ流は,従来,熱プラズマ流の分野で応用が進んでおり,溶射,溶接,切断,表面改質といった材料プロセスの分野や,フロン・有害物質等の熱分解,廃棄物処理,灰溶融などの環境浄化の分野で,熱流体力学的なアプローチによるプラズマの解析が行われている(4),(9).これらは,主にプラズマを熱源として利用した応用である.一方,低温プラズマ流では,排ガス処理(10),揮発性有機化合物(VOC)分解などの環境浄化(11),(12),炭化水素改質による水素製造(13),滅菌(14)・プラズマ医療・薬・化粧品などバイオ・医療分野への応用,半導体・材料プロセスの大気圧化,プラズマアクチュエータによる境界層制御(15),液中プラズマ(16)などへの応用が進められている.これは,低温プラズマ流が,室温~数百℃(プラズマ医療の分野では数十℃以下を指すことがある)と,熱プラズマ流の1万℃と比較して格段に低温であるにもかかわらず,適度な化学反応性を有するためである.プラズマの発生方法としては,誘電体バリア放電(DBD),コロナ放電,マイクロ放電,RF放電,マイクロ波放電などの利用が用途に応じて提案されている.DBDは電流の制御が容易なため,発生源として最も用いられている放電方法である.RF放電やマイクロ波放電では放電部下流域に低密度・低温の反応性化学種が分散する領域を形成することができる.このように,放電方法により低温プラズマ流の特徴が異なるため,用途に応じた適切な放電方法を選択することが肝要である. 

3.医療分野への展開

 医療分野では,近年様々な放電法による滅菌試験が行われている.これらの手法は,プラズマ医療や医療器具の滅菌への応用が期待されている.滅菌に用いる放電方法は,(1)対象とする生体を含む領域を電極として利用しDBDなどにより直接放電させる方法と,(2)放電させた気体を生体に吹き付ける方法の2つに大きく分類することができる.(1)の方法は,滅菌時間が10秒程度と極めて短く効果も大きいことが報告されている(17).一方,(2)の方法は滅菌時間が数分程度ではあるが,マックスプランク地球圏外物理研究所(ドイツ)のグループでは既に臨床試験を2年間行っている(18).プラズマ医療の臨床試験は,今までに世界でこのグループしか行っていないこともあり,今後のさらなる展開が待たれる.

 医療器具のプラズマ滅菌は,安全・簡便に滅菌を行うことで,病院内で利用する医療器具や設備などによる感染を低減させることが期待されている.特に,低侵襲性医療で用いられているカテーテルの滅菌は,現在酸化エチレンガス滅菌が利用されているが,このガスは有毒であり米国では排出規制がかけられている.また,脱気処理を含めると1週間程度と長時間な処理が必要なため,代替滅菌法の開発が進められている.すでに減圧下におけるプラズマ滅菌装置が実用化されているが,大気圧環境で安全,簡便,低コストな滅菌システムは実用化されていない.本稿では,大気圧でプラズマを生成しその流れを利用した滅菌システムの原理と応用について紹介する.

4.大気圧プラズマ流による滅菌の原理

 図4に大気圧マイクロ波放電を用いた滅菌システムの概要を示す(19).マイクロ波放電プラズマはノズルから噴出すると周囲の大気と混合し急速に温度が低下し,低密度の反応性化学種・荷電粒子かつ低温な流動場を形成する.大腸菌を下流に設置し,照射すると図5に示すように大腸菌の形状がプラズマ照射により変化する(20).この大腸菌の高さを解析すると,プラズマ照射により概ね半分程度になることから(21),大腸菌の形状を保持するための細胞壁が損傷を受けていると考えられる.さらに,細胞液に含まれるカリウムの漏出濃度が,プラズマ照射により増大することから,細胞膜にも損傷を与えていることを明らかにした (20).細胞膜に損傷を与える機構は,活性酸素などのラジカルによる細胞の化学エッチングなどが知られているため,放電部より生成輸送されたプラズマ中の反応性化学種が要因であると考えられている.このように,ラジカル流動域の物理現象の解明は、実用化に向けて重要な課題である.


図4 大気圧プラズマ流滅菌装置概要


図5 プラズマ流の照射による大腸菌の変形

 

5.カテーテル滅菌装置への応用

 誘電体バリア放電(DBD)は,大気圧空気を用いて従来の熱化学的手法では生成が困難な高反応性化学種を低温で容易に生成することが可能である.これは,高電界の印加により電子温度が重粒子温度より高くなる非平衡プラズマ状態が形成され,解離・励起・電離などが活発に行われるためである.また,電極間に適切な誘電体を導入し,放電電流を抑制することで,ジュール熱による温度上昇を抑えることができるためである.そこで,図6に示すように,ワイヤ電極を内径3mmの細管内部に挿入し,DBDにより細管内部にプラズマ流を発生させた(22).細管が曲がっていてもプラズマ流が全域に発生している写真を図7に示す.本システムでは,管壁温度が70℃未満と低温にもかかわらず,5分間で滅菌を達成している(23).低温で処理時間の大幅な短縮を実現したことで,実用化に向けてさらに取り組みを続けていきたい.


図6 細管内プラズマ流生成装置の概要


図7 細管内に生成されたプラズマ流

 

6.おわりに

 大気圧プラズマ流は,既存の分野や産業に,機械工学的な視点,すなわち流体力学や熱力学的なアプローチによる現象解明や航空宇宙・環境などの視点を加えることで新しい融合領域を創成できる可能性を秘めている.これらの可能性を高め,実現への取り組みを積極的に進めるため,平成19年4月より日本機械学会環境工学部門にて「大気圧プラズマ流による人間環境保全技術に関する研究分科会(P-SCD360) (24)」を設置し,各分野・産学の横断的な交流を図っている.今後も,読者の皆様のご指導ご鞭撻を賜りながら,大気圧プラズマ流の発展に寄与していく所存である.

参考文献

(1) 日本機械学会,機能性流体・知能流体,(2000),コロナ社.
(2) 電気学会放電ハンドブック出版委員会,放電ハンドブック,(1999),電気学会.
(3) 静電気学会,新版 静電気ハンドブック,(1998),オーム社.
(4) 日本学術振興会,プラズマ材料科学ハンドブック,(1992),オ-ム社.
(5) 橘 邦英, 寺嶋 和夫,マイクロ・ナノプラズマ技術とその産業応用 (新材料・新技術シリーズ) ,(2007),シーエムシー出版.
(6) 小駒益弘,大気圧プラズマの生成制御と応用技術,(2006),サイエンス&テクノロジ-.
(7) Becker, K. H., Kogelschatz, U., Schoenbach, Karl H. and Barker, R. J., Non-Equilibrium Air Plasmas at Atmospheric Pressure, (2005), Inst. of Physics Publishing.
(8) Roth, J. R., Industrial Plasma Engineering, Vol.2, (2001), Inst. of Physics Publishing.
(9) 日本鉄鋼協会熱プラズマプロセシング研究部会,熱プラズマ材料プロセシングの基礎と応用,(1996),信山社.
(10) Wang, L. K. (編集), Hung, Y.-T. (編集), Shammas N. K. (編集), Advanced Physicochemical Treatment Processes (Handbook of Environmental Engineering), (「Nonthermal Plasma」: Yamamoto, T. and Okubo, M.),(2007), Humana Pr, pp. 135-294.
(11) Kim, H.-H., Ogata, A., and Futamura, S., IEEE Trans. on Plasma Science, Vol. 34, NO. 3, (2006), pp.984-995.
(12) Sato, T., Kambe, M. and Nishiyama, H., Analysis of a Methanol Decomposition Process by a Nonthermal Plasma Flow, JSME International Journal, Ser.B, Vol.48, No.3 (2005), pp.432-439.
(13) Nozaki, T., Hattori, A. and Okazaki, K., Partial oxidation of methane using a microscale non-equilibrium plasma reactor, Catalysis Today, Vol. 98 (2004), pp.607-616.
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(15) 椿野大輔, 田中義輝, 藤井孝藏,プラズマアクチュエータを用いた翼前縁剥離の制御における位置及び個数の影響,日本機械学会論文集B編, 第73巻727号, No. 06-0718 (2007), pp. 663-669.
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(21) Sato, T., Doi, A., Urayama, T., Nakatani, T. and Miyahara, T., Inactivation of Escherichia Coli by a Coaxial Microwave Plasma Flow, IEEE Transactions on Industry Applications, Vol.43, (2007), pp.1159-1163.
(22) Sato, T., Furuya, O., Ikeda, K. and Nakatani, T., Dielectric barrier discharge in tube for catheter sterilization and its mechanism for radical generation and transportation, Abstracts of the First Int. Conf. on Plasma Medicine, Corpus Christi (2007), pp.48-49.
(23) Sato, T., Furuya, O. and Nakatani, T., Sterilization Efficacy in a Tube by a Nonthermal Plasma Flow at Atmospheric Pressure, Proceedings of the ESA/IEEE-IAS/IEJ/SFE Joint Conference on Electrostatics 2006, Vol.1, (2006), pp.347-355.
(24) http://www.env-jsme.com/
更新日:2007.12.2