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流れ 2009年12月号 目次

― 特集テーマ: 未来を拓く超音速機 ―

  1. 超音速複葉翼理論によるソニックブーム低減
      大林 茂(東北大学)
  2. JAXAにおける静粛超音速機技術の研究開発
      牧野 好和(宇宙航空開発機構)
  3. サブオービタル宇宙輸送機『ロケットプレーンXP』の流体マネージメント技術
      大貫 美鈴(米スペースフロンティアファンデーション)
  4. ソニックブームと大気の関係
      山下 博(東北大学)
  5. 超音速で伝播する燃焼波(デトネーション)の工学的応用
      笠原 次郎(筑波大学)
  6. 自動車用ターボチャージャの一部を用いたターボポンプの実験的研究
      野末 辰裕、中野 富雄(有人宇宙システム株式会社)、塩幡 宏規、立川 力(茨城大学)
  7. 編集後記
    編集後記(鄭、木下、森)

 

超音速複葉翼理論によるソニックブーム低減


大林 茂
東北大学流体科学研究所

キーワード:衝撃波,ソニックブーム,超音速機

1.はじめに

  航空需要は世界経済の発展とともに伸び続けており,今後も順調な伸びが予想されている.増加する航空需要を満たすために,航空機の大型化・高速化は重要な研究開発テーマである.一方で,原油高騰から経済性の良い機体が望まれており,我が国でも燃費向上と低騒音化を狙った国産旅客機MRJの開発が進んでいる.

  高速化に関しては,1976年に就航開始したコンコルド(写真1)が,2003年まで唯一の超音速旅客飛行を実現していた.コンコルドの初飛行成功直後は,わが国のエアラインも導入を検討していたが,オイルショックの影響で導入されなかった.コンコルド運航停止の主原因は経済性に他ならないが,いくつかの技術的な課題が残っていることも明らかである.特に,超音速巡航時に不可避な衝撃波発生に起因するソニックブームと呼ばれる騒音問題が挙げられる.この騒音問題のために,超音速巡航飛行領域は海上にのみ限られ,定期運航便はパリ・ロンドン-ニューヨーク間に代表される大西洋横断路線が主だったものであった.


写真1 コンコルド(ドイツジンズハイム博物館)

  近年,民間の超音速輸送機(SST)の分野では,小型超音速旅客機や超音速ビジネスジェット(SSBJ) の開発計画が世界的に注目されている.米国では,エアリオン社(第1図)(1)やSAI社(2)などが開発計画を打ち出し,数年後の市場投入を目指している.NASAでも2020年以降の市場投入を目指したSSTの研究が進められている(3).欧州では,仏ダッソー社を中心にHISACと呼ばれるSSBJ開発が進められている(4).国際民間航空機関(ICAO)では,これらの動きに対応して2013年に民間超音速飛行に関するソニックブーム基準策定を計画している.我が国でも,第3期科学技術基本計画の分野別推進戦略においてソニックブームの低減が掲げられおり,これに対応して文部科学省では「次世代超音速機技術の研究開発」が重点的に進めるべき研究開発として取り上げられ,宇宙航空研究開発機構(JAXA)において「静粛超音速研究機の研究開発」が検討され,2012年に気球投下による低ブーム技術実証試験の計画がある(5)


第1図 エアリオン社超音速ビジネスジェット機(1)

 

  一方,筆者らのグループでは,2004年の楠瀬の提案(6)以来,超音速複葉翼理論に基づくサイレント超音速機の研究を実施してきた.本稿ではその一端を紹介したい.

2.ソニックブーム

  飛行機が大気中を超音速で飛行すると,写真2に示すように,必ず機体の周りにはさまざまな圧力波が発生する.写真2は,超音速飛行実験中にシュリーレン法とよばれる光学的な可視化技術により,肉眼では直接見えない現象を捉えた(7).この写真では,空気中に存在する密度変化によって生じる光の屈折を捉え,流れ場内に存在する波を可視化している.


写真2 T-38機体周りに発生する衝撃波(7)

  ソニックブームの発生原理は第2図に示すとおりである.機体近傍では複雑な圧力波形を示すが,大気中を伝播するにつれて整理統合され,N波と呼ばれる波形で地上に到達する.到達した爆発音は短い時間間隔で2回聞こえるとされている.これが,ソニックブームである.衝撃波に由来する音は自然現象にもある.雷の稲妻は雷雲と地表との間の放電スパークだが,この放電路ができるときにまわりの空気を急に押し広げるために,円筒形の衝撃波が生じる.この衝撃波による轟音が雷鳴となって聞こえる.コンコルドのソニックブームも,近くに落雷があったような強い爆発音だったといわれている.超音速飛行時に不可避である衝撃波の発生によって生じるソニックブームを低減できれば,環境負荷の低減だけではなく,より効率的な超音速機の運航の実現が期待できる.


第2図 衝撃波とソニックブーム

  現在,コンコルドのような大型機ではなく,機体サイズが小さい超音速ビジネスジェットが注目されている最も大きな理由は,従来の技術ではソニックブームの大幅な低減が望めないためである.そこで,近年注目されているのが,「複葉翼」である.

  「複葉翼」という言葉を耳にして,すぐに思い出される飛行機が,1903年に初飛行を成功させたライト兄弟が搭乗した「ライトフライヤー号」(写真3)(8)である.1930年代後半頃の金属製主翼一枚による単葉機が一般的となるまでは複葉機が主力飛行機であった.そのため,21世紀に暮らしている我々にとっては,レトロな雰囲気を感じさせるものである.しかし,この「複葉翼」が革新的な超音速旅客機を実現させる可能性を秘めていることに注目し,基礎研究を展開している.


写真3 ライトフライヤー号(8)

  この複葉翼と類似した概念が用いられている例がある.それは飛行機ではなく,写真4に示すように双胴船に用いられ,高速性能を発揮している.これも同様に双胴間で船首から発生する波をお互いに打ち消しあうことで,波によって発生する造波抵抗と呼ばれる抵抗を従来の単胴船よりも小さくすることが可能なためである.


写真4 高速双胴船ナッチャンRera

3.ソニックブーム低減の理論

  ソニックブームは,超音速飛行時に発生する衝撃波が原因である.線形理論では,「超音速飛行をすると,一様大気遠方場では必ずソニックブームを生じる」とされている.しかし,この理論には二つの仮定が存在する.まず,「一様大気」という仮定である.実大気は温度勾配が存在するため,高高度でマッハ数1.2の超音速飛行をしていても,地上の気温では亜音速に相当する.衝撃波は超音速でなければ発生しないので,衝撃波は地上に届かないことになる.

  また,「遠方場」という仮定が含まれている.たとえば機体全長が約100m程度を仮定すると,想定される飛行高度が15~20kmなので,高々200倍程度であることから十分遠方ではない.よって,これら二つの仮定の条件が成立しない場で超音速飛行をすると必ずソニックブームが地上に届くわけではないことになる.実際には温度勾配や大気擾乱などの大気状態の影響で,ソニックブームの到達領域が左右される.

  そこで,理論的なアプローチでソニックブームを低減するいくつかの提案がなされ,飛行実証試験がなされてきた.たとえば,飛行する機体を非常に長くすることで,先端から発生する衝撃波を地上に到達するまでに整理統合させないようにして,ソニックブームを抑制させる「細長物体の理論」がある.この一例が,QuietSpikeTMという鋭利なパーツを機体先端に取り付けて,超音速飛行時に伸長し,細長物体を達成するものである(写真5)(9).これにより低ブーム化を実現する飛行実証試験が2007年に実施された(10).さらに,「Seabass/Dardenの低ブーム理論」は,機体周りに発生する近傍場圧力波形を低ブーム形にするために,先端を鈍頭物体にすればよいと提案された.これは2003年にF-5Eを改良したSSBD(Shaped Sonic Boom Demonstrator)によって飛行実証された(写真6)(11)


写真5 Quiet SpikeTMによるソニックブーム低減飛行実証機F-15B (9)


写真6 F-5Eソニックブーム低減飛行実証機(11)

  もし衝撃波自体を超音速飛行する機体から発生しなければ,ソニックブームの発生を根本的に解消することが期待される.複葉翼を超音速旅客機に導入することで,抵抗を大幅に削減するだけではなく,翼の周りに発生する衝撃波自体を相殺して,ソニックブームを大幅に低減することが期待できる.

  この複葉翼を用いると超音速飛行ではどのような現象が生じるのかは大変興味深い.ソニックブームを低減するために提案された革新的な超音速複葉翼理論(6,12)は,1935年Adolf Busemannによって提唱された複葉翼による衝撃波干渉と相殺に関する線形理論に基づいている.これは,圧縮性流体力学の教科書(13)には必ず掲載されるような著名な理論である.

  第3図左に示す,超音速で飛行するダイアモンド翼の周りには,先端から強い圧縮波,翼頂点からは膨張波が発生している.矢印に示される方向のベクトル成分の和は,翼の進行方向に対して空気抵抗を発生させ,翼の上下面に対しては,それぞれ相殺されるために迎え角0度では揚力は発生しない.


第3図 複葉翼による衝撃波の相殺

  一方,ダイアモンド翼を半分に分割して,両者の頂点を向かい合わせた形状を第3図右に示す.ダイアモンド翼と同様に先端から発生する衝撃波によって,矢印の方向に圧力が作用するが,翼頂点から発生する膨張波によって,上流側と同じ圧力が作用する.翼の進行方向に対する圧力によって生じる空気抵抗が打ち消される.一方,上翼と下翼の周りの圧力分布は互いに対称となるため,それぞれ垂直方向に対して逆方向に同じ大きさの揚力を発生するが,複葉翼としては打ち消しあうために,ダイアモンド翼と同様に揚力は発生しない.波の相殺によって,揚力も抗力も生じないことになる.

  21世紀によみがえった超音速複葉翼理論では,単葉翼と同一の揚力を発生させる場合,超音速複葉翼の揚力依存抵抗を2/3,同時に体積依存抵抗を0にすることができた(第4図).ソニックブームは,機体を浮上させるために必要な揚力に依存して発生する揚力ブームと機体の体積に依存する体積ブームの総和で表される.複葉翼は抵抗と同じように揚力ブームを2/3,体積ブームを0にすることができる.複葉翼を低ブーム理論に適用したことは,日本オリジナルのアイデアである.


第4図 CFD結果とシュリーレン可視化写真の比較

4.おわりに

  第5図と第6図に,複葉翼を有する超音速旅客機の想像図と低速ラジコン機による飛行試験の様子を示す.我々が提案する超音速旅客機を,MISORA(みそら)と名づけた.ソニックブーム低減型飛行実証実験機,Mitigated Sonic-Boom Research Airplaneの略称である.超音速複葉翼理論の飛行実証,さらに次世代超音速旅客機の実現に向けてはさまざまなハードルを乗り越える必要がある.しかし,挑戦的課題こそが,我々研究者,技術者をより奮い立たせる.日本発のアイデアにより世界で勝負したい.

 
第5図 ソニックブーム低減型飛行実証実験機MISORAの想像図

第6図 MISORA低速ラジコン機の飛行試験の様子

参考文献

(1) http://www.aerioncorp.com/home
(2) http://www.saiqsst.com/
(3) http://www.aeronautics.nasa.gov/nra_awardees_10_06_08.htm
(4) http://www.hisacproject.com/
(5) http://www.mext.go.jp/b_menu/shingi/gijyutu/gijyutu2/004/index.html
(6) K. Kusunose, “A New Concept in the Development of Boomless Supersonic Transport,” 1st International Conference on Flow Dynamics, (2004), p.46
(7) http://www.nasa.gov/centers/dryden/news/FactSheets/FS-033-DFRC.html
(8) http://www.nasa.gov/multimedia/imagegallery/image_feature_976.html
(9) http://www.dfrc.nasa.gov/Gallery/Photo/Quiet_Spike/
(10) R. Cowart, T. Grindle, “An Overview of the Gulfstream / NASA Quiet SpikeTM Flight Test Program,” AIAA-2008-123, (2008)
(11) http://www.dfrc.nasa.gov/Gallery/Photo/SSBD/
(12) K. Kusunose, K. Matsushima, S. Obayashi, T. Furukawa, N. Kuratani, Y. Goto, D. Maruyama, H. Yamashita and M. Yonezawa, Aerodynamic Design of Supersonic Biplane: Cutting Edge and Related Topics, The 21st Century COE Program International COE of Flow Dynamics Lecture Series Volume 5, (2007), Tohoku Univ. Press
(13) Liepmann, H. W., and Roshko, A., Elements of Gas Dynamics, John Wiley & Sons, Inc., New York, (1957), p.107
更新日:2009.12.29