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流れ 2005年9月号 目次

大規模シミュレーションによる原子炉熱設計の現状

  1. ものの健全性と流動数値解析
    萩原 剛(東芝 電力・社会システム社)
  2. エアーシャワー装置用フリップフロップノズルに関する研究
    本多 武史,向井 寛(日立製作所)
  3. 大規模シミュレーションによる原子炉熱設計の現状
    高瀬 和之(日本原子力研究所)
  4. Fluid Mechanics in Manufacturing Industry-Development of Scroll Compressor
    アノワル ホセイン(Anwar Hossain)(アネスト岩田株式会社)
  5. 編集後記
    岩本 幸治(愛媛大学),小出 瑞康(新潟産業大学),平元 理峰(北海道工業大学)

 

大規模シミュレーションによる原子炉熱設計の現状


日本原子力研究所
エネルギーシステム研究部
熱流体研究グループ
高瀬 和之

1.はじめに

 軽水炉では燃料棒は3 mm程度の間隔で正方格子状に配置され,その間隙を冷却材である水が流れる.水は燃料棒の加熱よって沸騰し,蒸気と水の気液二相流となるため,炉心熱設計を行う場合には気液二相流の挙動を詳細に把握することが必要である.よって,炉心を模擬した大型試験装置による二相流試験が従来から実施されており,数多くの試験結果を基にして気泡流,スラグ流,環状噴霧流等の二相流挙動を定義する多くの構成式が提案されている.

  現在の炉心熱設計では,これらの構成式を用いた二流体モデルによるサブチャンネル解析[1],[2]が主流であるが,構成式は試験結果に基づいているため,試験データがない場合には高い精度の予測は困難である.すなわち,二流体モデルはすでに特性が解明されている範囲での平均的かつ巨視的な現象に対してのみ有効であり,気液二相流を特徴づける非定常な界面構造を予測する機構論的な解析法とは言えない.

  一方,計算機性能の飛躍的な発展とともに,スパコンを利用して相変化や流動遷移などの複雑な過渡現象を含む二相流挙動を直接的に解析する手法の開発が行われている.ここで,「直接的に解析する」ということは,物理現象に基づいて構築した数理モデルだけを使用し,試験データや二相流特有の経験則から導出した構成式を極力使用しないことを意味する.著者が所属するグループでは,過渡的な界面構造を直接とらえることができる界面追跡法を利用した二相流直接解析手法[3]の開発を行っている.著者らの研究の最終ゴールは,実規模試験を実施することなく,シミュレーションを主体とした先進的な炉心熱設計手法を確立し,効率的な新型炉開発の実現を図ることである.このような「Design by Analysis」の概念を原子炉設計に反映することによって,開発期間の短縮や大幅なコストダウンが期待できる.また,実験的検証が容易でない二相流熱流動現象を正確に把握できるため,炉心成立性評価における予測精度を従来よりも向上できる.

2.燃料集合体解析例

(1) 解析体系
一例として,日本原子力研究所が開発を進めている革新的水冷却炉[4]の燃料集合体を解析対象とする.革新的水冷却炉は,減速材の割合を減らして中性子の減速を抑制することで1以上の転換比を期待できる原子炉である.炉心には,直径13mm程の燃料棒が1mm程度の燃料棒間ギャップで三角格子状に稠密に配置される.図1に解析体系である稠密燃料集合体1カラムを示す.本燃料集合体は,長さ1260mm,厚さ1mm,一辺の長さが約52mmの六角形断面を有するステンレス製ケーシングと37本の燃料棒から構成される.各燃料棒間のギャップは1.3mmである.冷却材である水は燃料集合体内を下から上に流れる.図に示すように,燃料集合体には軸方向4ヵ所に燃料棒を取り囲むようにハニカム状のスペーサが設置され,燃料棒間ギャップは一定に保持されるとともに半径方向及び周方向への燃料棒の移動は制限される.

図1  稠密燃料集合体の解析体系

 数値解析には二相流直接解析コードTPFIT[3]を使用した.計算条件は,入口圧力7.2 MPa,入口温度283℃,加熱量600 kW,サブクール温度5℃である.著者らは,地球シミュレータ[5]を利用して燃料集合体をフルサイズで模擬した体系で二相流熱流動解析[6],[7]を積極的に行っており,大規模シミュレーションによる炉心内沸騰二相流現象の計算機上への再現を図っている.地球シミュレータでは最高100ノード,総メモリ2テラバイト,計算格子点3億点の計算に成功しており,これは炉心二相流解析としては世界最大規模である.

(2) 解析結果
図2にスペーサを含む燃料棒周辺のボイド率分布の予測結果(図1のAの位置)を示す.図にはボイド率が0(水100%)から0.5(気液の界面)までの結果を示す.燃料棒表面は薄厚の液膜で覆われ,その外側を蒸気が流れる.水は燃料棒間隔の狭隘部に集まり易く,隣り合う燃料棒が液膜によって接続される架橋現象が見られる.一方,蒸気は燃料棒三角ピッチ配列の中心部をチムニー状に流れる.この領域は狭隘部に比べて摩擦抵抗が小さいため,蒸気は流れ易い傾向にある.

図2  燃料棒周辺のボイド率分布の予測結果

 

 図3は軸方向流速分布の予測結果(図1のAの位置近傍)を示す.図3(a)はスペーサ上流の結果であり,断面方向に流速はほぼ一様である.図3(b)はスペーサ位置の結果であり,スペーサによる流路断面積の縮小によって流速の加速が見られる.
  いくつかの解析結果については実験結果と比較し,予測精度を評価している.図4は水平断面内のボイド率分布の解析結果と中性子ラジオグラフィを使って求めた実験結果を比較したものであり,液膜の架橋現象や蒸気領域などに関して良く一致する傾向が得られた.
  一方,図5は軸方向の中央付近(図1のBの位置周辺)での蒸気流の予測結果であり,スペーサ後流で局所的に蒸気が薄くなっている領域が確認できるが,これはスペーサ後方に発生する乱れによる影響である.
  また,図6は燃料集合体内の気泡流挙動を予測した結果[8]であり.気泡と軸方向速度の両方を示す.微細な気泡は下流へと移行しながら合体し,次第に大きな気泡に成長する.気泡の合体により気液界面が大きく変形し,それに伴って発生する気泡周囲の複雑な速度分布が気泡の変形をより促進させている.
(a) スペーサ上流
(b) スペーサ位置
図3  軸方向流速分布の予測結果

 

 

図4  燃料棒まわりのボイド率分布の解析結果と実験結果の比較

 

図5  予測した燃料棒まわりの蒸気の流れ 図6  予測した狭隘流路内の気泡の流れ

3.まとめ 

地球シミュレータを利用した大規模シミュレーションによって,原子炉燃料集合体内の水-蒸気二相流挙動を従来手法よりも詳細に予測できることを一連の解析結果から明らかにした.今後も二相流データベースとの予測精度評価を行いながら,シミュレーションを主体とした先進的な炉心熱設計手法の確立を目指して研究を展開したい.

参考文献

[1] Wheeler, C. L. et al., “COBRA-IV-I: An Interim Version of COBRA for Thermal-Hydraulic Analysis of Rod Bundle Nuclear Fuel Elements and Cores,” BNWL-1962 (1976).
[2] Sugawara, S. et al., “FIDAS: Detailed Subchannel Analysis Code Based on the Three-Fluid and Three-Field model,” Nucl. Eng. Des., 129, (1990) pp.146-161.
[3] 吉田, 他, “大規模シミュレーションによる稠密炉心内気液二相流特性の解明(1),” 日本原子力学会誌, Vol.3, No.3 (2004) pp.233-241.
[4] Iwamura T. et al., “Development of Reduced-Moderation Water Reactor (RMWR) for Sustainable Energy Supply,” Proceedings of The 13th Pacific Basin Nuclear Conference (PBNC 2002), Shenzhen, China (2002) pp.1631-1637.
[5] 例えば, 地球シミュレータセンター, http://www.es.jamstec.go.jp/esc/
[6] Takase, K. et al., “Large-Scale Numerical Simulations on Two-Phase Flow Behavior in a Fuel Bundle of RMWR with the Earth Simulator,” Int. Conf. on Super Computing in Nuclear Applications, Session 2, No.2 , Paris, France, September (2003).
[7] Takase, K., et al., “Predicted Two-Phase Flow Structure in a Fuel Bundle of an Advanced Light-Water Reactor,” 6th International Topical Meeting on Nuclear Reactor Thermal Hydraulics, Operation and Safety (NUTHOS-6), N6P022, Nara, Japan, October (2005).
[8] 高瀬, 他, “狭隘流路内の大規模気泡流挙動に関する数値シミュレーション,” 日本機械学会2004年年会, Vol.2, 札幌 (2004) pp.251-252.
更新日:2005.4.7