ニューズレター

流れ 2004年4月号 目次

― 特集:流れの制御とものづくり ―

― 研究会報告:研究会の動向 ―

― 失敗から学ぶ成功への秘訣 ―

 

流れの制御による自動車の風騒音低減


農沢 隆秀
マツダ(株)
空力実験研究グループ

1. はじめに
 自動車では,風騒音の低減が快適性の重要な課題になっている.風騒音は,一般的に,シール不良による風漏音と流れの変動による空力騒音に大別できる.本文では空力騒音による風騒音を主題とする.ところで,自動車の車体周りの流れ場は,かなり明らかになってきた.しかし,車体各部位に発生する渦と全体の流れ場との関連性についてはまだ不明なことも多い[1].その意味で,自動車周りの流れは,流体力学的な現象としても,流れの制御からも興味深い問題である.
 自動車は,強い剥離を伴う流れであるため,吹き出しや振動等と言った流れの制御より,現時点では,車体形状による流れの制御が有効のようである.ここでは,流れの制御として,実際の自動車の空力開発で進められている風騒音低減例を紹介する.

 


(図1)サイドウインドウ周りの流れ場

2. 風騒音に影響を与える車体周りの主たる流れ場

 自動車の風騒音の中で,いわゆる"ざわざわ"する風騒音は,主としてサイドウインドウ近傍で発生する[2].そのサイドウインドウ周りの流れ場を図1に模式図として示した.図のように,サイドウインドウでは,フロントピラーからサイドウインドウへ巻き込んだ縦渦とミラー後方で発生する渦に大別される.車室内の耳の位置で感じる風騒音は,これらの渦の発生によって影響されると考えられている.
 では実際に,風騒音が大きな車と静かな車での渦の差異は何であろうか.この差異を,車体後方から見た流れの総圧分布(図1に示した縦断面の位置)として図2に示した.図2の上の低総圧領域はフロントピラーからの渦に,下はミラーからの渦に対応すると考えられ,青くなるほど総圧の低下を示している.図の(a)(b)を比較すると,風騒音の静かな車は,上の渦が小さく薄く,下の渦の総圧も緩和している.この現象は何に起因しているのであろうか.そのメカニズムを明らかにすることを試みる.

 


(a)風騒音が大きな車

(b)風騒音が小さな車
(図2) サイドウンインドウ 総圧分布(車両後方から)

3. 流れを制御することによる風騒音の低減

 図2の差異を知るために,フロントピラー周りの形状を変えて,風騒音のレベルを調査した.その結果,図3(a)(b)に示した"あるフロントピラーの形状"の差異が,風騒音を変化させることが明らかになった[3].この時のサイドウインドウの表面音圧分布を図4に示す.これは,時速100k/mで,サイドウインドウに1/2マイクロホンを50mmピッチで76点セットして計測した風洞実験結果である.図4(a)の幅の狭いピラーの場合,フロントピラー上端の領域とミラー後方で音圧が高い.しかし,幅広いピラー(図4(b))では,フロントピラー上端で,音圧が減少している.実際に,車室内運転者の耳位置における音の1/3オクターブ分析結果(風洞実験)では,幅の広いフロントピラーは,周波数1kHzで約1.4dB,2.5kHzで約2.8dBの風騒音が低下していた.もちろん,実走行のフィーリング評価でも静かになっていた.では,フロントピラーの形状変化によって,どのような流れが生じたのであろうか.



(図3) フロントピラー断面



(a)幅の狭いピラー                     (b)幅の広いピラー

(図4) サイドウインドウ表面音圧分布(風洞実験)

 まず,サイドウインドウ表面の流れを表面タフト法で可視化すると,幅広ピラー上のタフトの変動は少なく,幅狭いピラー上のタフトは乱れていることが観察できた.そこで,幅広いピラーを持つA車(図3(b))と幅狭いピラーに改造したA改造車(図3(a))を用いて,サイドウインドウ及びルーフの流れ場を調べた.図5には,そのサイドウインドウとルーフ近傍の流れ場を総圧分布で示す.図は,Φ10mmのキール管を各断面90点セットした冶具をトラバースして求めたものである.総圧を計測することで全体的な流れパターンを求めている.図中の,総圧が低下した青い領域は,流れのエネルギー損失に対応する.図5(a)のフロントピラーが幅狭い場合,サイドウインドウではミラー直後方とフロントピラーに沿った位置に,総圧の低下が発生している.この図は,まさに図2の風騒音が大きなパターンに類似する.このフロントピラー直後方の低総圧領域は,ルーフの中央で,サイドウインドウからルーフへ移動している.図6には,その時のPIVによる速度ベクトルを示した.図6(a)(b)から,フロントピラー直後方の低総圧領域は,明らかにピラーから巻き込んだ渦であることが確認できる.すなわち,フロントピラーからの剥離渦がサイドウインドウ面から上方へ移動し,更に,ルーフからトランク及び車体後方へ移動している.ところで,この渦は,空気抵抗を増大させる後曳き渦とも関係しており,興味深い現象を示すが,ここでは紙面の関係で割愛する[4].一方,幅広いピラーのA車の場合(図5(b))では,ミラー直後方の様子は類似しているものの,フロントピラーによる総圧低下は顕著ではなく,図6(a) のような渦そのものは抑制されている.また,ルーフへの渦の移動も見られない.


A改造車:幅狭いピラーへの改造            A車:幅広ピラー車

(図5) サイドウインドウ及びルーフ近傍の総圧分布



(図6) フロントピラー直後方の渦


 次に,フロントピラー後方の渦の詳細について考える.図7には,有限差分法(K-Kスキーム)を用いた数値計算によるフロントピラー断面(図3(a)(b)の形状)の速度ベクトルを示す.このスキームによる計算は,自動車の周りの流れ場において実験と良い一致を示している(3).両図を比較すると,どのピラーの形状でもピラーによる剥離を確認できるが,幅の広い形状(図7(b))では,ピラー上の剥離点が後方に移動しており,その結果,ピラーでの剥離は抑制されている様子が見られる.では,実際にピラーによる剥離の制御が,風騒音に結びついているのだろうか.
 自動車の風騒音(空力騒音)は,一般的に双極子音が支配的であり,遠距離場での音圧は圧力変動の時間微分を積分したものに比例するとされている(1).更に,ピラー近傍の空間においては,音源として渦度の変化も考えなければならない.物体の圧力変動を音源とみなすことは適切ではないが,圧力の変動も,渦が流れ去って循環が変化したり,剥離の幅が変わったりした事による反映であるとも考えられる.そこで,圧力変動にも空力騒音の影響は現れるとして,図8に示した式のように,圧力変動のレベル(PL)を求めることを試みた.図8に上述の有限差分法による非定常数値計算から求めた,幅広ピラーを持った車体の圧力変動分布を示す.図中,赤い領域が圧力変動レベルの高い領域を示す.幅狭いピラーでは,フロントピラー上の圧力変動レベルが赤く高いものであったが,図8のように幅広ピラー上は,圧力変動レベルが低下している.この結果は,図4(b)に示したサイドウインドウ表面音圧の低減結果とも良い一致を示している.
 すなわち,幅の広い,あるフロントピラーの形状は,サイドウインドウ周りの流れを抑制し,流れの変動を押さえることで,風騒音の発生を低減させていることが推察できる.


(a)幅の狭いピラー             (b)幅の広いピラー

(図7) ピラー断面の速度ベクトル(数値計算結果)

4. おわりに
 本文では,フロントピラー後方に発生する縦渦を述べたが,一方で,ミラー後方の領域も風騒音の発生に影響する.図9に,図8の数値計算結果によるミラー周りの渦度変動を示した(図9をクリックして頂くと,渦度の変化が見られる).図中に渦度の方向と断面位置を示す.図9では,ピラーから巻き込む渦度とミラーからサイドウインドウ上に向かう渦度との干渉が,極めて複雑に観察される.渦度の変化を風騒音の音源と結び付けてみることも面白い.このような複雑な現象も,本文で述べたように,この干渉を制御する形状によって,ミラー周りの風騒音も低減可能になる.
 デザインとの整合と言う自動車独特の制約はあるものの,自動車における流れの制御技術の可能性に今後も期待したい.


図8 幅広ピラーにおける車体周りの圧力変動(数値計算結果

 


(図9) ミラー周りの渦度変動(数値計算結果)

(図9)をクリックして頂くと,渦度の変化が見られます. 
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参考文献
[1]小林,農沢 編著:自動車技術シリーズ第10巻 『 自動車のデザインと空力技術 』,朝倉書店,1998-
[2]春名他,自技会論文集,Vol.22,No.1,p88~93,1991-1
[3]Li, et al,SAE,2003-01-1314,2003-3
[4]農沢:日本機会学会2003年度年次大会講演資料集 ,Vol.[,p134-135,2003-8/5〜8(徳島)

更新日:2004.4.26