ニューズレター

流れ 2004年4月号 目次

― 特集:流れの制御とものづくり ―

― 研究会報告:研究会の動向 ―

― 失敗から学ぶ成功への秘訣 ―

 

トイレの流れはむつかしい


重藤博司
(東陶機器株式会社)

1.はじめに
 日頃何気なく使っているものに対して人はあまり注意をむけないものですが,その何気なさの中に様々な工夫が隠されているといった事がよくあります.今回は非常に身近であり毎日必ず使っているものでありながら,じっくりと時間をかけて観察する事がないトイレの流れについて紹介します.(もしじっくりと観察している人がいるとしたら,その業界の人か,ちょっと風変わりな人だと思います…)
 こういった話題は食事中にはできないところに少々欠点があるので,食事中の方は食事が終わってから読んでください.しかしながら,なぜか酒の席ではこの手の話が受けて盛り上がるのですが.(流体関連研究者の懇親会では異常なほどに盛り上がりますが,女性には受けません)

2.トイレの機能について
 いまさらながらという感じではありますが,トイレの機能を再度確認したいと思います.
 当然ながらトレイの機能は「うんち」を流す事であるということになるでしょう.(ここではトイレで流すものを総称して「うんち」と呼ぶ事にします)
 「うんち」を流すと一口に言っていますが,これがなかなかくせ者でして,「うんち」にはどっしりと沈んでいるものとか,ぷかぷか浮いているものとか,いろいろなものがあります.どのようなものであれ,きれいさっぱりと流し去ってくれないと困ってしまいます.
 つぎに,トイレ自身をつねに清潔に保つように作られています.溜水面を大きくし,「うんち」が付着する乾燥面を少なくするとともに,水で洗うことで乾燥面に付着した「うんち」をはがしています.さらに洗浄時に古い水を排出し,新しい水と入れ換える事で,つねにフレッシュな水を溜めています.
 そして,下水道の悪臭や虫がトイレ室内に侵入しないような構造になっています.これは排出側にトラップを設け,常時水を溜めておく事で内と外とを遮断しています.このときの水の水深(封水深といいます)は規格によって決められています.高層住宅のトレイは排水立管で連結されており,排水立管内を水が流れたときに圧力変動が生じるため,その圧力変動の影響でトラップの水がなくなってしまわないようになっています.


図1 トイレの構造

3.トイレの流れについて
 水洗トイレの洗浄方式として洗い落とし式とサイホン式があります.一般の住宅ではタンクをセットしたサイホン便器が主流ですので,タンク付きサイホン便器の洗浄時の流れを説明します.
 レバーをガチャッとひねると,タンクの排水弁が開いて,タンク内に貯められていた水が通水路を通ってリムに流れます.リムの小穴から水が流れ出し,水がまんべんなくボウル面をつたって流れ落ちます.さらに,トラップが水で封鎖されサイホン現象が起こり,水面が急激に下がっていきます.水面がトラップの入り口まで下がると,トラップ内に空気が吸引され,サイホンが破れるために,サイホン現象による排出はこれで終了です.あとは,水をボウル面に補給して,溜水が初期の状態に回復して,タンクに水が貯められて,洗浄が終了します.


図2 沈んでいる「うんち」の排出

 ここまでの説明だと,トイレはただ単純に水を流しているだけ,と思う人もいるかもしれませんが,実はいろいろな工夫(流れの制御)がなされています.
 「うんち」流すということの意味について少し流体工学的に考えてみましょう.
 沈んでいる「うんち」は,ボウル面の底のトラップ入口付近にデンと居座っています.水流が出口に向かって流れていく際に,トラップ上昇管内を押し上げられ,トラップ頂部を越えることができれば,後は出口に向かって落ちていきます.このために,トラップ上昇管内で,どれだけの速度で,何秒くらいの水流で押す事ができるか,どの程度の運動エネルギーを与えられるか,が鍵になります.このためトラップ上昇管内でどのような流れを形成するかが重要です.うまくいかなければ,せっかく押し上げられた「うんち」が戻ってくる事になります.


図3 浮いている「うんち」の排出

浮いている「うんち」は,ボウル面でぷかぷか浮いています.まずはトラップ入り口に移動させ,それからトラップ上昇管内に引きずり込んで流してやる必要があります.ボウル溜水における表面流れとトラップ上昇管内での水界面の速度が鍵になります.このためボウル溜水とトラップ上昇管内での流れの形成と連携が重要です.これもうまくいかないと「うんち」がぷかぷかと戻ってくる事になります.
古い水を新しい水で入れ換えるというのも言葉で言うのは簡単ですが,流れ場の中に滞留部をなくし,効果的に押し出す流れを形成する必要があります.
このようなトイレの流れ構造の設計は,これまで熟練の職人さんの手腕に頼ってきており,試作と実験を繰り返しながら最適な形状を模索してきました.


図4 トイレ内流れの計算結果

4.トイレの流れの研究について
 最近は,このようなトイレの流れに対して力学的な観点からメスを入れようとしています.流れを精密に測定するとともに,シミュレーション手法の研究も行っています.気液の二相流の計算結果と実験結果を図4と図5に示します.このように便器内部の流れがかなりわかるようになってきています.実際のトイレの流れは空気と水と「うんち」が相互に干渉し合う固気液の三相流であり,学問的に非常に難しい問題です.さらに「うんち」に関しては変形したり,溶けたり,ちぎれたりと実際にはかなり複雑な動きをするので,まだまだ予測できない部分が多く,現段階では「うんち」そのものを対象とするのではなく剛体と仮定して実験手法や計算手法の研究を進めている段階です.


図5 トイレ内流れの可視化実験結果

5.まとめ
 身近な流れの中でトイレの流れについて紹介しました.是非,みなさんもトイレに行ったときに水の流れと「うんち」の動きをじっくりと観察してみて下さい.なかなか興味深いと思います.また,固気液三相流については研究途上にあり,今後の発展が楽しみです.

謝辞
 トイレ流れの測定結果や計算結果は九州工業大学との共同研究の成果を引用しました.ご協力頂いた田中和博教授,清水文雄助手,黒田和樹さん,樋口次郎さん,重吉晃さんに感謝します.

参考文献
[1]T.Yabe, P.Y.Wang (1991), J.Phys.Soc.Japan, 60-7 pp.2105-2108
[2]M.Sussman, P.Smereka, and S.Osher(1994), J.Comp.Phys., 114 pp.146-159
[3]Y.C.Chang, T.Y.Hou, et al(1996), J.Comp.Phys., 124 pp.449-464
[4]姫野武洋,渡辺紀徳(1999),日本機械学会論文集 65-635, B pp.2333-2340
[5]可視化情報学会編(2001), 光学的可視化法, 朝倉書店, ISBN4-254-20983-5
[6]清水文雄,樋口次郎,重藤博司,田中和博,「CCUP法を用いたサイフォン現象における自由表面の挙動解析」,日本機械学会九州支部鹿児島地方講演会講演論文集,pp. 165-166,鹿児島(鹿児島大),2003年11月1日
[7]清水文雄,重吉晃,重藤博司,永山勝也,田中和博,「サイフォン現象で発生する自由表面の可視化解析」,日本機械学会九州支部鹿児島地方講演会講演論文集,pp. 127-128,鹿児島(鹿児島大),2003年11月1日
[8]Fumio SHIMIZU, Kiyoshi HATAKENAKA, Kazuhiro TANAKA, Hiroshi SHIGEFUJI, Takeshi SHIMIZU, "Numerical Analysis of Free Surface Deformation in Water Tank," Proceedings of the 4th ASME/JSME Joint Fluids Engineering Division Summer Meeting (CD-ROM),FEDSM2003-45386, Sheraton Waikiki Hotel, Honolulu, Hawaii, U.S.A., July 6-10, 2003

更新日:2004.4.26