流れ 2002年11月号 目次
― 特集1.生体内の流れ ―
― 特集2.スポーツと流れ ―
3.部門同好会報告 | リンク一覧にもどる | |
スポーツボールの流体力学
福岡工業大学工学部知能機械工学科 溝 田 武 人
1.はじめに
硬式野球ボールとゴルフボールの3次元飛翔軌道解析を行っている.これらのボールは,速度や回転数,回転軸の方向などさまざまな条件で飛翔しているが,その条件をTV観察や実験によって詳しく調べる.作用する空気力は風洞実験で求めておく.ボール飛翔の運動方程式を立ててそれを数値的に解く.結果を実験で検証する,というオーソドックスな研究手法であるが,まぎれもなく科学がある.支配する方程式が見つかった時は,生物の新種を見つけたような気分になる.
2.スポーツボールの特徴
3次元物体である.レイノルズ数は~~であり,滑面球の臨界レイノルズ数より低い流速であるが,ボール縫い目やディンプル(くぼみ)等の表面荒さの影響により境界層の遷移が発生する.回転ボールである.進行方向に向かってバックスピン回転するとマグヌス効果で揚力が発生する.空気中で気流の影響を受けやすいかどうかの指標は,マス比=(ボール質量)/(ボールが占める体積分の空気質量),と呼ばれる無次元量の大小によって決まる.大は砲丸投げボール,小はビーチバレーボールであろう.
3.硬式野球ボールの特徴
3-1.ナックルボール[1][2]
このボールはほとんど無回転で投げられることが特徴で,40cm以上の振幅でゆらゆら揺れたり,おおきく落ちたり,無重力中の飛翔のように浮かんで来るように見えるという奇妙な変化をする.
これはボールの一方の側の縫い目で境界層が乱流→剥離線の後退→それにともなう後流の大きな歪み→ボール周囲に循環流発生→抗力に匹敵する大きな横力発生→わずかな回転で縫い目位置が入れ替わる→逆方向に横力が作用する→ゆらゆら揺れる,というメカニズムである.これはボールの定常回転にともなうマグヌス力の発生とは異なる.定式化も出来て,風洞実験によるフラッタ実験により振幅の比較をしたが理論とぴたりと一致した.理論的な説明もついたので,ナックルボールの発射装置を作り,実際に発射させた結果をビデオ撮影した結果から,Fig.1のような軌道軌跡を求めた.種々検討の結果も理論と矛盾はないことが分かった.ナックルボールとはフラッタの一つであったのである.アメリカの現役大リーガーWakefield投手との会話は有意義だった[3].
Fig.1ナックルボールの飛翔(上空からの観察:1球として同じ軌道を画くボールは現れない.)
3-2.フォークボール[4]
良いフォークボールは,必ず直球と共に使われている.良い直球は回転軸が水平バックスピン回転で投げられボール重量と同程度の上向きマグナス力が揚力になって,重力と釣り合っているのでほとんど落下しない.松坂投手の直球は3~4cm程度しか落下しないのでホップするように見える.一方,良いフォークボールは,回転軸が鉛直のサイドスピン回転であり,回転数も10~20rpsでこの場合は上向き揚力は生じない.したがって重力で70cm以上自然落下する.ただ,投手の投げ方も直球と同じ腕の振りの上,途中までは軌道軌跡が直球と変わらず,打者は区別がつかず,ホームベース前にバウンドするボールでも振ってしまう.サイドスピン回転数が途中で増えて,鋭く横方向に曲がることも大きな威力になり,好打者が「消える魔球である」と表現する.
3-3.松坂縦スライダー[5]
松坂投手がプロ野球界で活躍し,はじめて脚光をあび始めたボールである.変化の様子はフォークボールと同様に"落ちる"のが特徴であるが,松坂投手の場合は140Km/hに近い球速で投げられており速度が速いので高速スライダーと呼ばれている.Fig.2は捕手側から撮影した松坂投手の高速スライダーである.各コマにはすべてボールの縫い目がUの字を回転させたように映っており,ボールの回転軸がボールの進行方向を向いていることが分かる.松坂縦スライダーの特徴は,ボールの回転軸が進行方向を向いているので,揚力や横力が発生せず,重力の作用で数10cm垂直に落ちる.ボール回転軸が進行方向を向いているという特殊なボールなのでジャイロボールと呼ばれ,抗力が小さいので直球だとする主張もあるが(実験によると抗力はバックスピンするボールと同程度である),揚力がほとんど作用せず,重力により鋭く落ちるボールである.
Fig.2 捕手側から観察した松坂投手の速度136Km/hの縦スライダー,ボールは投手と捕手を結ぶ線の方向を回転軸として回っている.1/90秒毎の映像である.
4.ゴルフボールの3次元飛翔軌道解析[7]
最大速度80m/s,最大回転数10000rpmもの過酷な条件で,直径の7000倍も飛翔するスポーツボールはゴルフボールをおいて他にない.これまで,2次元の飛翔理論については,文献[6]で説明され完成している.しかし,ゴルフボールの飛翔軌道が左右にシフトしていく3次元飛翔のメカニズムは,この100年来,サイドスピンという概念で説明されており,定式化はなされていなかった.最近,溝田と鳴尾(ミズノ㈱)らは文献[7]のように,ゴルフボールのバックスピン軸が傾くことにより,左右にボールが曲がる力が生じるという仮定のもとに,ゴルフボールの3次元飛翔軌道運動方程式を導き,これを実験的に検証した.
5.おわりに
最近ボールまわりの流れの数値計算もどんどんなされている.定量的に正しいことを主張するには,この分野は未だ実験的に十分検証される必要があるように思う.
参考文献
[1] 溝田武人,久羽浩幸,岡島 厚:ナックルボールの不思議?(第1報 準定常理論
による飛翔解析とフラッター実験),日本風工学会誌,No.62 pp.3-13.
[2] 溝田武人,久羽 浩幸,岡島 厚:ナックルボールの不思議?(第2報 硬式野球 ボールのWake Fieldと空気力),日本風工学会誌,No.62,pp15~21,1995
[3]溝田武人:がんばれWakefield!,日本風工学会誌,No.69,pp.51-52,1996
[4]溝田武人,久羽浩幸,大原慎一郎,岡島厚:フォークボールの不思議?(沈む魔球フォークボールの空気力学),日本風工学会誌,第70号,pp.27-38,1997
[5]NHKスペシャル(NHK総合テレビ):「投手・松坂大輔」,1999年8月27日(金)21:30~22:19,放映.
[6]Bearman, P.W. and Harvey, J.K., Golf ball aerodynamics.
Aeronautical Quarterly, 27, pp.112-122, (1976)
[7]Taketo Mizota, Takeshi Naruo, et. al. ; 3-Dimensional
Trajectory Analysis of Golf Balls, Science and Golf Ⅳ, Proceedings
of the World Scientific Congress of Golf 2002.7, Routledge,
pp.345-358.