流れ 2011年12月号 目次
― 特集テーマ: 医療と流体工学 ―
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臨床における脳動脈瘤流体解析の活用
河野健一 |
1. はじめに
私は和歌山労災病院で脳神経外科医として勤務しながら,脳動脈瘤のcomputational fluid dynamics (CFD) simulationsを行なっています.臨床医が流体解析を行なっているケースはまだ少なく,その現状をお伝えさせて頂きます.
臨床医としては開頭手術(写真1)や脳血管内治療(カテーテール治療,写真2)を行い,外来・入院患者さんの診療,救急診療など全てに携わっています.脳神経外科は,脳卒中や頭部外傷などで救急診療の占める割合が高く,夜間や休日に勤務することも少なくありません.その一方で,合間を見つけながら脳動脈瘤のCFD解析を行っています.
写真1:開頭手術 | 写真2:脳血管内治療(カテーテル治療) |
2. 脳動脈瘤とは
CFD解析の対象となっている脳動脈瘤について簡単にご説明します.
脳の動脈がコブの様に膨れたものを脳動脈瘤と言います.その中でまだ破れていないものを未破裂脳動脈瘤と言います.未破裂脳動脈瘤は多くの場合,無症状ですが,破れるとくも膜下出血となり,命にかかわる重篤な状態になります.成人の約5%は未破裂脳動脈瘤を有すると言われています.近年,MRIやCTなどの画像診断装置の発達や,脳ドックMRIなどの増加により,未破裂脳動脈瘤が見つかる事が多くなっています.
未破裂脳動脈瘤が将来破れる確率は,大きさや部位にもよりますが,おおよそ1年間で1%弱と言われています.この先10年間で破れる確率は10%程度であり,それ程高いわけではありません.しかし,万が一,破れてくも膜下出血を来たすと,命にかかわる重篤な状態になります.従って,未破裂動脈瘤が見つかった場合は,破裂を未然に防ぐための外科的治療,すなわち開頭術(クリッピング術)或いは血管内治療(カテーテル治療)を行うかどうかを検討する必要があります.現在は動脈瘤の大きさ,形,部位などで破れやすさを判断し,治療方針の指標としていますが,破裂の危険性をより正確に判断するために様々な研究がおこなわれています.そのひとつとしてCFD解析を用いた研究が行われていますが,解析そのものは理工学部の先生が行われていることが多いのが現状です.
3. 脳動脈瘤の流体解析
脳動脈瘤の流体解析は以下の方法で行なっています.まず,脳血管撮影装置(Philips Healthcare, Best, the Netherlands)を用いて3D angiographyという撮影を行います.3Dの血管形状が得られますので,それを3-matic(Materialise NV, Leuven, Belgium)で細かい血管を省いたり,スムージングをかけたりしてCFD解析が可能な形状に編集します.その後,ICEM CFD(ANSYS Inc., Canonsburg, PA, USA)でメッシュを切り,ANSYS CFX(ANSYS Inc.)を用いて解析しています.解析結果としては主にstreamlineとwall shear stress(WSS)に注目しています.実際に血管内治療を行った脳動脈瘤のシミュレーション結果が図1,図2です.定常解析であれば一人の患者さんの脳動脈瘤の解析を済ませるのに全て合わせて2時間程度で済みます.拍動モデルとして非定常解析を行うと半日位かかります.
図1:Streamline | 図2:Wall Sear Stress (WSS) |
4. 臨床への応用
出来るだけ開頭手術や血管内治療の前にCFD解析を行うように努力していますが,残念ながら今のところ解析結果が臨床に直接役立つことは殆どありません.ただ,CFD解析を行う過程で,様々な角度から動脈瘤やstreamlineを観察するのですが,それ自体が手術前の治療シミュレーションになります.CFD解析をしなければ手術前の検討として動脈瘤の形状を観察するためにワークステーションの前で1時間も座っていることはないのですが,CFD解析をした場合は自然とその位の時間は動脈瘤と向きあっていることになります.この過程が密かに治療にプラスになっているのではないかと思っています.
また,臨床医が自らCFD解析をする利点として,解像度の高い3D画像を得るための努力をする,という点が挙げられます.CFD解析をはじめてみると分かるのですが,臨床的には問題ない画質でも,CFD解析を行うには解像度が不十分な画質というのが少なくありません.CFD解析を行うようになって,最高の画質を得るために,臨床の現場で様々な微調整を行なっています.臨床においても画質は良いに越したことはなく,今まで以上に綺麗な画像を得られることで実際の治療を行う上でも役にたっています.
もうひとつの利点として,つねにCFDを念頭において画像を見ており,これは,と思った症例はすぐ解析を行うようにしています.CFD解析の経験がないと見逃してしまうかもしれない症例を,取りこぼさずに解析することができています.これまでに学会で発表しているCFDの研究内容も臨床現場からアイデアを得たものが少なくありません。
最終的なCFD研究の目的は患者さんにとってプラスになることです.開頭手術や脳血管内治療を行うのが脳神経外科医ですが,未破裂動脈瘤が見つかった患者さんに,CFD解析の結果,破れないから治療しなくていいよ,と言えたらそれに越したことはありません.もちろん,その様な解析が出来るようになるかどうかは将来的にも分かりません.ただ、そこまでいかなくても,先にも述べたように間接的に臨床にプラスになっていることはあり,結果的に患者さんの為になっていると感じています.また、未破裂脳動脈瘤の破裂リスク以外にも脳動脈瘤や脳血管障害を含めてCFD研究の対象テーマは沢山ありますので、出来るだけ臨床に役立てる方向での解析を日々考えています。
CFD研究で得られた結果は,脳神経外科の諸学会,Japan ANSYS Conference 2011(東京),International Conference on Flow Dynamics 2011(仙台),Intracranial Stent Conference 2011(上海)などで発表しています.また,この分野で先駆的研究を行なっているHui Meng先生(Toshiba Stroke Center, Buffalo, USA)の研究室や東北大学 流体科学研究所の太田信先生、中山敏男先生の研究室なども見学させて頂き,様々な知見や情報を得て教えて頂いております.
5.最後に
臨床を行いながら流体解析を行うことは良い面もありますが,時間的制約もありますし,知識・技術ともに不足していることを実感しています.色々な分野の方とdiscussionを行い,知識や情報を共有することが出来ればと思っておりますので,興味を持たれた方は下記までご連絡頂ければ幸いです.
また,CFD研究を行うにあたって多くの方々にお世話になっています.特に石田藤麿先生(三重県立中央医療センター),久保謙治様(ANSYS Japan),Annuar Khairul様(Materialise Japan),当院の放射線技師,臨床検査技師の方々には大変お世話になっており、ここに感謝の意を表します.
河野健一
e-mail: vyr01450@gmail.com