流れ 2014年12月号 目次
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高クヌッセン数流れ(希薄気体流からマイクロ気体流れへ)
新美 智秀
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1. はじめに
流れ場の気体分子の平均自由行程(λ)に代表長さが近づくと連続体の近似が成立しなくなり,原子・分子のレベルで流れを扱わねばならない.従来はこのような流れは希薄気体流がその対象であったが,代表長さの非常に小さいマイクロ・ナノデバイスが実現されると,大気圧下であっても(λ=約60nm)それらの周りの流れ場も同様に扱うことが必要となった.著者らはこれらを「高クヌッセン数流れ」と総称するとともに (1)(2)(3),実験手法の開発や精緻実験データの取得に関する研究を行ってきた.
高クヌッセン数流れにおいては,平均自由行程が大きい場合には分子間衝突数が極端に減少して気体流中に強い非平衡現象が発現し,代表長さが極端に小さい場合には気体分子は他の気体分子よりも固体表面と数多く衝突するため,流れ場が固体表面の影響を強く受けることになる. いわゆるナノテクノロジーにおいては,デバイスの構築・形成に重点が置かれているが,これらは作動時においては常に雰囲気ガスと接触しているために,気体分子とデバイスとの相互作用が非常に重要であるにもかかわらず,そこには力点が置かれていない. 今後のナノ・マイクロデバイスの開発には,これらを取り巻く高クヌッセン数流れの理解,すなわち流れ場の原子・分子オーダーでの理解と固体表面近傍における原子・分子の挙動の理解が必要であり,高クヌッセン数流れに関連した高精度な実験手法の開発とその実験的な精緻データの取得がナノテクノロジーの進展に大きく寄与するものと考えられる.本稿では,これまでの著者らの研究を簡単に紹介し,今後を展望する.なお,高クヌッセン数流れに関する最近の研究動向を文献(1)にも紹介したので,ご一読いただければ幸いである.
Figure 1 高クヌッセン数流れ
2. 高クヌッセン数流れに関する実験手法
2・1 希薄気体流を対象とした実験手法(1)(2)(3)
高クヌッセン数流れのうち,希薄気体流を対象とした物理量計測法として,従来は数密度計測に基づく電離真空計や質量分析器が利用されたが,その後電子線蛍光法やレーザー誘起蛍光法(LIF: Laser Induced Fluorescence) が利用されてきた.非接触で流れの可視化,計測が可能であることから,近年はこのようなレーザーを利用した計測が主流となっている.
著者らは,希薄気体流を対象として,レーザー光の照射により発せられる蛍光(レーザー誘起蛍光:LIF)を利用して可視化する手法を開発し,ヨウ素をアルゴンに混入して真空中へ噴出する複数の超音速自由噴流が干渉した複雑な衝撃波構造を有する流れ場の解析,超高感度CCDカメラにより撮像された多くの断面画像から流れ場の複雑な3次元構造を再生する技術,波長の異なる二つのレーザー光の照射によるそれぞれの蛍光強度の比から,希薄な気体の流れ場の2次元温度分布を画素単位の精度で計測する技術を開発した.分光学的手法を応用した計測技術として,検出感度の高い共鳴多光子イオン化法(REMPI: Resonantly Enhanced Multi-Photon Ionization)を窒素の低密度気体流の温度・数密度計測に応用することで,これまで計測が困難であった圧力10-3Pa以下の低密度気体流の検出と測定を可能にした.このREMPI法を用いて,超高真空中で膨張する窒素の低密度気体流の実験的解析を行った結果,窒素分子の回転エネルギー分布がボルツマン分布から逸脱する現象を実験的に立証した(4).
高クヌッセン数流れで重要となる分子と界面の相互作用についての精緻な実験データを得るために,分子線散乱実験を提案し,反射分子群の飛行時間(TOF:Time of Flight)信号の解析から,平均エネルギーおよび平均エネルギー適応係数(相互作用前後のエネルギー交換割合)の気体分子,表面温度、分子線入射角、反射角への依存性を解明するとともに,直接散乱と吸着-脱離の2つの過程からなるTOF信号の重ねあわせから散乱過程を解明し,この実験手法を真空材料の評価に適用した.
Figure 2 ヨウ素のLIFによる真空中へ噴出する超音速自由噴流の可視化
2・2 マイクロ気体流れを対象とした実験手法
気体流と相互作用する固体表面の圧力計測法として,有機発光分子の酸素消光作用を原理とする感圧塗料(PSP)による計測法を低密度気体流に対して利用可能とするため,Matsudaらは酸素の消光作用が強いポルフィリンのパラジウム錯体と酸素透過性の高いポリマーを組み合わせて,酸素感度が非常に高く低密度気体流への適用が可能なPSPおよび感圧分子膜(5)(6)を開発し,これらを用いて真空中で膨張する酸素の超音速自由噴流と衝突する固体表面およびマイクロ気体流の圧力分布の計測を行った.
流路のサイズが小さくなることにより,気体分子と固体表面の間の相互作用(面分子干渉)の果たす役割が最も重要であるが,ほとんどの場合よく分かっていない.これまでに,数多くの面分子干渉モデルが提唱されてきたが、適応係数に関する実験データは断片的で,文献ごとに異なるのが現状である.適応係数は気体分子の固体表面と物理量の交換割合を示すパラメータであり,エネルギー適応係数(EAC: Energy Accommodation Coefficient),接線方向運動量適応係数(TMAC: Tangential Momentum Accommodation Coefficient)などがある.最近,Yamaguchi らは,同軸の円柱と円管を用いたEACの計測を行う(7)とともに,溶融石英チューブ(直径320 および520μm)を用いて,窒素,酸素,アルゴンのTMAC を計測し,その値が直径には依存せず,気体種と材料にのみ依存することを明らかにした(8).
Figure 3 感圧塗料によるマイクロノズル内の圧力分布計測
3. おわりに
高クヌッセン数流れに関して著者らが行った実験的研究を紹介した.マイクロ気体流れは,マイクロ・ナノデバイスの進展とともに,その理解がますます非常に重要になっている.これに関連した精緻データは少なく,実験と数値計算が連携した解析が必要であり,互いに補完しながら理解を深化させることが肝要であると考えている.マイクロ気体流れに関連して,私見ではあるが今後研究を推進しなければならないテーマを列挙したい.
- 気体分子と固体表面との相互作用: 上記でも触れたが,適応係数に関しては,デバイスの製造方法や表面の状態も意識しながら,精緻な実験データの取得が必要であろう.また,適応係数の取得とともに,マイクロ気体流れを精密にシミュレートできる固体表面の解析的・数値的モデルの改善なども必要である.
- マイクロスケールでの可視化・計測法: マイクロスケールでの気体流の可視化法については,今後の大きな課題であろう.特に速度計測や温度計測のための新しい実験手法の開発は急務であり,μ-MTV(Molecular Tagging Velocimetry)やMTT(Molecular Tagging Thermometry) などがその候補になると思われる.圧力計測については,ここで紹介した感圧分子膜などがさらに発展することを期待している.
- マイクロ気体流れの普及: マイクロ気体流れや希薄気体流は,大学のカリキュラムにはほとんど見られず,研究室での教育に任せられている.今後はマイクロデバイスの熱制御(Thermal Management)等で人材が必要になると思われ,これらに携わる研究者が,組織的にマイクロ気体流れの重要性を伝え,若手を育成する必要があろうと考えている.
文 献
(1) | 新美智秀,“高クヌッセン数流れ(マイクロ気体流れに関する実験を中心として)”,機論B, 77-777(2011), pp1168-1177. |
(2) | 新美智秀,“マイクロ・ナノ熱流体工学への誘い(高クヌッセン数流れのミクロスケール・アナリシス)”,デンソー テクニカルレビュー,Vol. 10, No.1 (2005), pp. 3-10. |
(3) | 新美智秀,“高クヌッセン数流れ”,機械の研究, 第60巻, 第2号(2008),㈱養賢堂,pp.269-278. |
(4) | Mori, H., Niimi, T., Akiyama, I., Tsuzuki, T., “Experimental Detection of Rotational Non-Boltzmann Distribution in Supersonic Free Molecular Nitrogen Flows”, Phyics of Fluids, 17(11), 117103-1~7(2005). |
(5) | Matsuda, Y., Mori, H., Uchida, T., Suzuki, S., Misaki, R., Yamaguchi, H. and Niimi, T., “Pressure-sensitive Molecular Film for Investigation of Micro Gas Flows”, Microfluidics and Nanofluidics, Vol. 10 (2011), pp.165-171. |
(6) | Matsuda, Y., Misaki, R., Yamaguchi, H., and Niimi, T., “Pressure-Sensitive Channel Chip for Visualization Measurement of Micro Gas Flows”, Microfluidics and Nanofluidics, Vol.11, No.4, pp. 507-510(2011). |
(7) | Yamaguchi, H., Hanawa, T., Yamamoto, O., Matsuda, Y., Egami, Y. and Niimi, T, “Experimental Measurement on Tangential Momentum Accommodation Coefficient in a Single Microtube”, Microfluidics and Nanofluidics, 11-1(2011), pp. 57-64. |
(8) | Yamaguchi, H., Kanazawa, K., Matsuda, Y., Niimi, T., Polikarpov, A., and Graur, I., “Investigation on Heat Transfer between Two Coaxial Cylinders for Measurement of Thermal Accommodation Coefficient”, Physics of Fluids, 24 062002 (2012). |