流れ 2003年1月号 目次
― 特集1.流れのコントロール ―
― 特集2.学生の流体工学研究 ―
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磁場を利用した空気流および燃焼反応の制御-磁気空気力学-
(独)産業技術総合研究所 環境調和技術研究部門 若山 信子
1.はじめに
誰でも幼い頃,砂場で磁石に砂鉄が引付けられるのを見て,磁石の不思議に驚かれたことがあると思う.磁石は鉄ばかりでなく,強弱はあるが,すべての物質を引付けたり,反発したりする.私はこの磁気力(ケルビン力)の利用,例えば空気流や燃焼反応制御,気泡の制御,地上で低重力環境を作る方法などについて研究している.ここでは磁場による空気流や燃焼反応制御についてご紹介しよう.おもちゃの磁石は磁場強度が弱いため鉄くらいしか引き付けないが,最近開発された強力な永久磁石を用いると,多くの物質が磁場の影響を受ける.単位体積あたりの磁気力()は次式で表され,χ は体積磁化率(密度ρと質量磁化率( )の積),Hは磁場, は真空透磁率である[1].
・・・(1)
この種の磁気力も重力も体積力で共通点が多い.重力場では密度が物質の種類,状態によって大きく変化し対流や浮力を生じるが,磁気力でも同様である.鉄のような強磁性体や永久磁石を除くすべての物質は常磁性と反磁性に分類され,前者は磁化率の絶対値が大きく正で磁石に引きつけられ,後者は磁化率が負で磁石に反発する.
酸素ガスは燃焼,酸化還元反応,呼吸などに関与する人類にとって非常に重要な物質である.酸素ガスは常磁性で,その体積磁化率 χ
はSI単位で である.酸素ガスが常磁性で磁石に引き付けられるのは,酸素分子の希土類イオンのような電子配置に由来する[2].このような酸素ガスに作用する磁気引力を利用して酸素ガスや空気の流れを制御し,ひいては酸素ガスが関係する化学反応を制御しようというのが"磁気空気力学"である.
2. 酸素ガスは一種の磁性流体である.
強力な永久磁石程度の磁場で,酸素ガスや空気は磁石に引きつけられ,一種の磁性流体のように振る舞う.図1(a)はガラス管から流れ出る酸素ガスと水の霧の混合物が磁石に引きつけられる様子である[3].酸素ガス流の可視化のため霧を混合した.写真で磁場は電磁石の向かいあう円錐台状の磁極間に発生し,中央の白い部分が酸素ガスである.ちなみに磁場がない場合,酸素ガスの混合物は重いので下方へ流れる [図1(b)].電磁石の中央では1.5Tの均一磁場で,端では約30T/mの磁場勾配がある.この勾配磁場下で酸素ガスに作用する磁気力は,(1)式により重力の3―4倍になると見積もられ,磁気力が酸素ガス流に大きな影響を与えることが理解される.酸素ガスへの磁気引力を利用した例としてノーベル化学・平和賞を受賞したポーリングらにより開発された磁気酸素計がある[4].
図1.(a) 酸素ガスと霧の混合物が電磁石に引き付けられる様子,(b) 磁場がない場合 |
3.空気中における反磁性ガス流の挙動
酸素ガスを21%含む空気も磁石に引き付けられる.殆どの気体は反磁性で,弱い反発力が作用する.空気中では反磁性ガス流は間接的に磁場の影響を受ける.勾配磁場下の反磁性ガスの挙動について,窒素ガス ( )を用いた実験を紹介する[5,6].
図2.勾配磁場下の窒素ガス流の実験装置と磁場強度分布
図2は実験配置と磁場強度の縦方向の分布で,Pが電磁石の磁極,電磁石の中央で磁場は1.5 Tである.ガラス管(Q)から,可視化のため霧状の水(0.2g/min.)を混ぜた窒素ガスを磁場強度が減少する方向へ流すと,図3(a)のように窒素ガス流がジェット流状になる現象が発見された.ガラス管の出口が均一磁場にある場合,このような現象は観察されない.図3(b)は磁場をかけない場合である.
常磁性の酸素ガスを含む混合気体に作用する3次元の磁気力は,次式であらわされる.
・・・(2)
yO2は酸素ガスの質量分率,は酸素ガスの質量磁化率である.
ナビエ・ストークスの流体方程式の外力項に,(2)式の磁気力を代入して流体力学的数値解析をおこなった結果,図3(a)の現象は,窒素ガス流と磁気力に駆動される空気の対流現象であることが明らかになった[7,8].空気が磁石に引きつけられ流れ込んできて,窒素ガスが押し出されジェット状になる.比較のため,磁場をかけない場合についても計算したが,空気の渦状の流れもジェット状の窒素ガス流も存在しない.PIV法で空気の流れを可視化した実験でも,勾配磁場下で空気の対流現象が観察された[9].このように酸素ガスの濃度勾配が存在すると,勾配磁場下で空気の渦や対流が発生することが明らかになった.
図3.(a) 磁場による窒素ガス流のジェット化現象,電磁石の中心で1.5T,(b) 磁場がない場合(0T)
4.拡散火炎の磁場効果
ろうそくのような拡散燃焼炎では,重力による自然対流により酸素ガスの供給,燃焼生成物の排除がスム-スに進行し,燃焼は継続される.このように拡散火炎では,燃焼に関与する気体の流れが決定的な役割を果たす.図2の実験配置で窒素ガス流の代わりにメタン炎やろうそくを配置すると,磁場がない場合に比べ,磁場をかけると炎は明るく輝き,短くなり,温度が上昇した[6].均一磁場では,このような現象は観察されない.拡散火炎のまわりの気体流は図3(a)の場合と同様で,一種の磁性流体である空気が磁石に引きつけられ,火炎への空気の供給が増加する.さらに燃焼反応は酸素ガスを消費し温度上昇を伴うので, の関係から体積磁化率χが減少し,磁気対流が発生する.これらの勾配磁場により生じた対流で,酸素ガスの供給および燃焼生成物の除去が促進され,燃焼が促進されると考えられる.
5.宇宙環境でろうそくを燃やす方法!?
「高温の気体,液体は密度が小さくなるため上方へ移動する.」これは地上の常識である.宇宙では無重力のため自然対流が発生せず,地上の常識では考えられない様々な問題が生じる.NASAの実験では「宇宙でろうそくに火を灯しても,30秒も経たずに消えてしまう」ことが明らかになった[10].私たちは上砂川の地下無重力実験センターで,この実験を再現した(北大工伊藤研究室と共同)[11].落下中のカプセル内は約10秒間,無重力になる.図4のA,B,Cは,ブタン炎を使用した実験結果で,重力場では自然対流のため縦に長い拡散火炎(A)が,無重力環境になると,一瞬,丸くなる(B,0.76秒後).この場合,酸素ガスの供給,炭酸ガス,水の除去は拡散過程に依存し,その輸送速度が非常に遅いため,炎は燃焼ガスに囲まれ酸素ガスが供給されなくなり,数秒間で殆ど消えかかった(C).
図4.(A,B,C) 永久磁石なし,(A',B',C') 永久磁石使用
磁気力を利用すると無重力環境でも対流を発生させることが可能である.図A',B',C'は最高6キロガウスの永久磁石を利用した実験結果である.重力下の炎A'は,磁場で燃焼が促進され,Aと比べ炎は明るく小さくなった.次に無重力の10秒間,炎は重力場よりも明るく燃え続けることが観察された(B',C').この研究発表をきいた毛利衛氏は「宇宙でろうそくを灯し誕生パーテイを開けますね.」と冗談を言われたが,磁気力は対流を誘起するばかりでなく,浮力で気泡を制御するなど,今後,宇宙における利用価値は大きいと期待される.燃焼の磁場効果も,酸素ガスに作用する磁気引力を考慮した流体力学的数値解析により解明された[12].
6.終わりに
近年,Nd-Fe-Bなど強力な永久磁石が開発され,エネルギー源を必要としないで,手軽に強磁場を利用できる環境になってきた.そして磁気空気力学では永久磁石程度の磁場でも,有効である.最後に磁気空気力学の概要についてまとめた(図5).呼吸補助[13],触媒燃焼制御[14],固体高分子型燃料電池への適用[15-17]などの研究も進行中である.今後,磁気空気力学の研究が進展すれば,応用の可能性が拡がるであろう.
図5.磁気空気力学の概要
参考文献
[1] J.Huang, B.F.Edwards and D.D.Gray, Phys. Rev. E 57, R29 (1998).
[2] G.Herzberg, "Molecular Spectra and Molecular Structure
-Spectra of Diatomic
Molecules-", p.362, Van Nostrand Reinhold Co., New York (1939).
[3] N.I.Wakayama, J.Appl.Phys. 69, 2734(1990).
[4] L.Pauling,R.E.Wood and J.H.Sturdivant, J.Am.Chem.Soc. 68,
795 (1946).
[5] N.I.Wakayama, Chem.Phys.Lett. 185,449 (1991).
[6] N.I.Wakayama, Combustion and Flame 93, 207 (1993).
[7] 白布日其其格,矢部彰,若山信子,日本機械学会論文集(B編),63(607), 887 (1997).
[8] B.Bai, A.Yabe, J.Qi and N.I.WaX.Song, F.Yamamoto, Jpn. J.
Appl. Phys. 40, L648 (2001).
[9] X.Ruan, T.Takeshima, N.I.Wakayama, X.Song, F.Yamamoto, Jpn.
J. Appl.Phys. 40, L648 (2001).
[10] H.D.Ross, and R.G. Sotos, Combust. Sci. & Tech. 75, 155
(1991).
[11] N.I.Wakayama, H.Ito, Y.Kuroda, O.Fujita, & K.Ito, Combustion
and Flame 107, 187(1996).
[12] 木下進一,高城敏美,小寺秀樹,若山信子,日本機械学会論文集(B編),64(628), 4256 (1998).
[13] N.I.Wakayama and M.Mariko, Jpn. J. Appl. Phys. 39, L262 (2000).
[14] N.I.Wakayama, Jpn.J.Appl.Phys. 39, L436 (2000).
[15] N.I.Wakayama, T.Okada, J.Okano and T.Ozawa, Jpn. J. Appl.
Phys. 40, L269 (2001).
[16] L.B.Wang, N.I.Wakayama and T. Okada, Electrochem. Commun.
4, 584 (2002).
[17] T.Okada, N.I.Wakayama, L.B.Wang, H.Shingu, J.Okano, and T.Ozawa,
Electrochimica Acta, in press.