流れ 2008年12月号 目次
― 特集テーマ:「再生可能エネルギーと流体工学」 ―
| リンク一覧にもどる | |
地球温暖化防止の切り札としての風車
|
風車の研究を2000年に始めるとき,風車は日本ではほとんど見向きもされず,同僚の先生方も含めて,かなり批判めいた言葉を拝聴することもあった.「日本には風がないよ」「場所がないよ」「風車は普及するはずがない」「東大の教授が風車?」などであった.しかし,学際的な研究を開始したいという個人的な強い思いがあったことと,ヨーロッパ,特にドイツを中心として風車が普及し始めていたこともあって,日本でも可能性がある,挑戦してみようとの強い思いがあり,風車研究を始めて8年に至っている.
図1.東京お台場の風車(J-POWER提供) |
最初の大きな研究成果は,図1に示す東京お台場の南の埋立地に設置された東京臨海風力発電所をあげることができる.当時,東京都から協力をいただき,埋立地近くの風データの観測値を集めていた.その結果,東京でも湾内では年間の平均風速が毎秒6.5mを超えているところがあることが判明した.通常は6m毎秒を超えると,大型風車としては事業が成立するので,「東京にも風があるよ.もし風車をやるなら,東京らしい風車を.」と発言をはじめた.研究室学生のひとりが,都民の立場で石原知事の前で5分スピーチをする機会があり,その提案を聞いた石原さんが強い興味を示し,即決するところとなった.また,「東京らしい風車」ということで,世界的に高名なデザイナーを紹介し,東京都のカラーである緑と白の2色のスリット光で美しいライトアップを行い,「東京も地球温暖化防止を目指している」とのメッセージを強く発信した.現在,環境の重要なシンボルのひとつとなり,東京に環境関連のVIPの方が世界から訪ねてくると,必ず案内するルートになり,環境・エネルギーの普及啓蒙活動として大きな役割を果たしている.
図2.国別の風車設備容量(WWEAより、単位MW) |
風車の最新事情に話を移すと,年々30%ずつ世界の風車設備容量が増え,昨年末にほぼ100ギガワット(GW)に到達した.およそ原子力発電所100基に相当する.ヨーロッパを中心に風車の普及が始まったこともあり,7割近くをEUが占めている.また,EUは2020年に地球温暖化ガスを20%削減すること,そして風車を中心とした自然エネルギーで2020年に20%の電力をまかなうことを宣言している.図2は,世界風力エネルギー協会(WWEA)が,副会長を務めている私の立場を配慮したトップ13のランキングのグラフを作成したもので,日本はその末尾に位置している状態である.トップは圧倒的な強さを誇るドイツで22GWに達し,世界を率いている.アメリカ,スペイン,インドと続き,中国が枠外から一気に5位に上昇した .現在の日本の目標としては,2010年3GW,そして2030年6GWとあまりに小さい数字であり,筆者らは,洋上風車を含めた2030年30GWを新しい目標として提案し,さまざまな準備を進めている.
図3.宮古島における風車のトラブル |
一方,風車に関しいろいろな事故・故障などのトラブルが指摘されている.日本で問題なのは,世界的にも特殊ないくつかの気象条件,具体的には,台風による強風,山岳地形での乱流,そして日本海側の冬季雷がある.図3は「宮古島の9.11」と呼ばれる,2003年9月11日に発生したトラブルを示している.台風14 号が一日ほど沖縄県宮古島の近くに滞在し,70m毎秒を越える強風が吹き荒れたのです.実は風車の設計基準は,ヨーロッパに歴史があるため,その地域の気象をもとに議論され,一番厳しい基準として70m毎秒の強風までは耐える設計になっている.したがって,当時の宮古島では壊れてもやむを得ない事態となり,実際に殆どの風車が壊れる事態となった.風車より,羽根車が弱ければ羽根車が飛んでいき,タワーが弱ければタワーが折れ曲がり,あるいは基礎が弱ければ倒壊した.大きな事故はこの三つに分類され,宮古島ではそのすべてが現れ,まさしく事故の展示場となった.当時のヨーロッパの基準では,工学的にはやむを得ないことであると思っている.
重要なことは,70m毎秒を超える強風の可能性がある地域であれば危険地域であると認識し,そこにはヨーロッパ基準の風車を建てない,あるいは新しい基準を満たした日本型の風車を建てることである.コストがある程度高くなることを覚悟しつつも,新しい基準を作るべきではないかという方針で,日本型のガイドラインを関係者の力を合わせて作成している.台風による強風以外にも懸案事項がある.平野部の適地が限られていることもあり,山間部に建設することが多くなり,このとき,風車の前後に大きな起伏や崖があったりすると,渦によって生じる強い乱流が発生し,平野部の風車と違って大きな乱れを受け,強度的に弱くなる.また,日本海側で冬に発生する大きな雷は,ヨーロッパ基準である300クーロンを超える強大なパワーを持っていて,30%の雷がその基準値を超えることを示すデータも存在する.したがって,風車は避雷針に相当するレセプターと呼ばれる電極板をプロペラの先端に装着しているが,巨大な冬季雷に耐えることのできる電気容量をもったレセプターを組み込むことが求められるようになった.
このような日本の独特な気象環境に適した風車の設計・生産には,日本のメーカーに期待をするところが大であり,現在,三菱重工,富士重工,日本製鋼所などが活躍している.その中でも一番大きい三菱重工は,世界でもトップテンに入るマニファクチュラーとしてがんばっているが,条件の厳しい日本で売るよりは,アメリカに売ったほうが経済的に成り立つということで,「日本の市場を温存する」という名目のもとに,アメリカの輸出にほとんどの生産力を向けているのが現状です.したがって,ヨーロッパ産を含めて,現在日本では風車が手に入りにくいという難しい問題を抱えている.
図4.炭素繊維などの先端技術を駆使した小型風車 |
一方,小型風車に目を転じると,筆者らと共同研究を行っているゼファー社は,図4に示すエアドルフィンと名づけられた1kWの直径2mほどの小型風車を開発している.この風車のプロペラはすべて炭素繊維で作られていて非常に軽く,通常の10分の1の重さであり,強度も増すことができる.小型風車の従来の設計では,強度や変形の問題から,流体力学的に高い性能を引き出すことが難しかったが,このエアドルフィンでは,小型風車として世界一の性能を発揮している.さらに,保守の容易さや高い信頼性を狙って回転部にボルトナットを利用しない設計を導入し,環境・エネルギーのシンボルとしての高いデザイン性なども実現している.日本の優れた技術は,このように小型風車で発揮されているので,大型風車でもさらに積極的な新技術の導入を期待し,日本の市場で花開くことを強く望んでいるところである.
図5.コペンハーゲン沖の洋上風車 |
日本の風車のロードマップとして,2030年30GWを紹介したが,陸地での風車の大規模な拡大が難しい日本においては,やはり洋上風車に,つまり海の風車に研究開発を進めるべきである.幸いにも日本は海に囲まれ,海上には強い風が吹き,まさしくエネルギーの天然の宝庫と言える.30GWを可能にするキーワードは洋上風車であると言える.図5はコペンハーゲンの沖合にある2001年に稼働を始めた洋上風車であり,空港に降下するときに運が良いと右下に見え,専門家のアンケートなどによると「世界一美しい風車」といわれている.
ヨーロッパで開発が進む洋上風車は,基本的には浅い海に対応する着底式が採用されている.20m程度の浅い水深を想定し,タワーとなる鋼管を直接海底に打ち込むモノパイル式を中心として,すでに1GWまで普及している.日本の場合はどちらかというと海が深くなるので,ヨーロッパの技術そのままでは難しいところがある.筆者らとしては,50‐100mの水深にやぐらを組む形のジャケットを深い海底に設置し,その上に風車を建てることを提案している.漁業権の問題を避けるために,さらに深い水深で風力発電を行う浮体式も提案され,議論を深めているところである.実はスコットランドのベアトリス湾で一昨年秋にジャケット式のウインドファーム2台がすでに運開し,直径が120mの5MWの風車が優雅に回転している.
洋上風車としての超大型風車を開発するに必要な先端技術が日本には潜在的に存在する.はじめに,炭素繊維を挙げることができるが,その本格的導入によって,強度のみではなく,プロペラ形状に後退角を設けて空力性能の向上,さらには騒音減少を図ることができる.結果的には,直径160mの10MW機を日本の技術で世界初として製作することができるものと確信している.さらに,軽量小型化を図る超伝導発電機,海洋王国ニッポンが誇る海洋構造物の技術,ハイブリッドとして組み合わせる波力発電技術など,さまざまな技術が洋上風車のまわりには存在している.政策的な決断での支援があれば,次世代の洋上風車は日本から生まれることになるであろう.
風車の研究を開始してからおよそ8年,つくづく感じることは風車の世界はまだまだ小さいことである.風車に興味をもっていただける方々をさらに増やし,力を集約していくことが必要と考え,「風車よ ビー アンビシャス ( Be ambitious ! )」を合言葉に,地球温暖化防止,持続社会構築のためのトップランナーとしての風車技術の確立に向けて,引き続き走り続けているところである.