流れ 2010年12月号 目次
― 特集テーマ: 空力騒音 ―
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高速PIVを用いた多翼ファンの翼間流れの動的挙動解析
酒井雅晴
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1. はじめに
多翼ファンは遠心ファンの一種であるが,他のファンと比較して,小型ながらも高圧力・高風量を得られるのが特徴である.この特性により,カーエアコンや住宅用換気システムなどの送風機に広く使用されている.近年の車室内環境の動向としては,高級車を中心とした車両の静粛化が進むと共に,環境性能の向上を狙ったISS (Idling Stop & Start System)やEV / EHVが今後増加すると考えられ,送風機の低騒音化がますます重要となっている.
多翼ファンの内部流れは三次元性と非定常性が強く,複雑な流れ場となっている.この流れ場から発生する空力騒音は主に翼の回転に起因するBPF(Blade Passing Frequency)騒音と,気流の乱れなどに起因する広帯域騒音に分けられる.このうち広帯域騒音については,翼負圧面近傍の乱れ,あるいは翼前縁から形成される剥離渦の挙動が関係すると考えられている(1)(2)が,回転する翼間流れの観測には困難が伴うため,その発生機構は十分に解明されていない.ここでは,回転する翼間流れの可視化に関する研究を紹介するとともに,筆者らが進めている翼間流れの動的挙動に関する実験的研究について説明する.
2. 多翼ファンの翼間流れの可視化
多翼ファンにおいて回転する翼間流れを可視化した例として,門田ら(3)のPetchanプリズムを用いて回転像を静止させ,火花追跡法で可視化した研究がある.PIV(Particle Image Velocimetry)を活用した例として,山本ら(4)は多翼ファンの翼間流れをデュアルビームスイープ照明法を用い2次元流速分布を計測している.また速水,荒巻(5)は高速度・高解像度カメラと高速パルスレーザ光源を用いたダイナミックPIVシステムを開発し,非定常流れ場の高時間分解能計測を可能にした.
CFD(Computational Fluid Dynamics)の精度と速度が格段に向上した今日においても,送風機内部の流れは非定常性が強く,開発を進めていく上で回転するファン翼間の非定常流れの実験計測,解析は未だ非常に重要な役割を果たしている.そこで筆者らは,回転する翼間流れの動的挙動解析のため,イメージデローテータ装置と高速PIVを組み合わせたシステムを構築した.本手法は回転する翼を撮影画面上で静止状態にできるため,翼間を拡大撮影することでPIVに有利な高い空間分解能を確保した状態で,翼間流れを時間連続的に捉えられる.また本システムにより得られた速度場の時系列情報から,空力騒音に関係する物理量の定量化も可能である.
3. 実験装置および実験方法
3. 1 供試ファン
多翼送風機はモータにより多くのブレード(翼)を回転させることによって風量と圧力を稼ぎスクロールを介して後流へ導くものである.図1に車両空調用多翼送風機の構成を示す.
Fig. 1 Test blower and blade shape
3. 2 イメージデローテータ装置による翼間可視化
イメージデローテータ装置は,像回転プリズムを回転体に対し1/2の角速度で回転させると,プリズムを通して得られる像は擬似的に静止した状態を保つことができる原理を利用している.図2にイメージデローテータ装置の構成を示す.像回転プリズムはDoveプリズムを使用し,回転対象物との距離を1000mmとすることにより最大φ220mmの視野を確保している.また静止像のゆらぎや歪みを最小限にするため,回転軸の位置精度を±0.01mm,回転軸の傾き精度±0.05°の精度で調整した.
光源はYAGレーザー(YAG10W-CW連続光)を用いた.レーザー光はシリンドリカルレンズを用いてシート状にし,回転翼に同期して回転する構造とした(図3).これにより観察対象の翼間において高速PIVに必要な照射強度を確保することができる.またシート光の厚みは約1mmとし,シーディング粒子の重なりを減少させた.プリズムを通して得られた擬似的な静止状態の翼間部を望遠レンズで拡大し,翼間を通過する流れを高速度ビデオカメラにて撮影した.
Fig. 2 Image-derotator device and High-speed PIV system
Fig. 3 Laser and tracer nozzle layout
3. 3 音響透過材を用いた周方向の音圧分布測定
翼間流れ状態と空力騒音を関連付けるため,ファンの回転翼付近から発生する騒音の音圧分布を計測した.送風機内部流れからの放射音をケーシングの影響を極力排して計測するため,計測用サンプルとして音響透過スクロールケーシングを用いた.図4に製作した音響透過スクロールケーシングを示す.音響透過材には約100µmのガラスビーズとエポキシ系樹脂接着剤とを混合したものを用いた.無響音室にて送風機の軸中心から半径160mmの側方位置で22.5°毎(計16点)における周方向音圧を1/2インチマイクロホンにて計測した.
Fig. 4 Sound permeable scroll casing
4. 実験結果
4. 1 翼間流れの可視化とPIV解析結果
イメージデローテータ装置によって得られた回転翼間流れの可視化結果を図5に示す.画像はファン回転数2000rpmに対し,10,000fpsで撮影された.シーディングには粒子径40µmの中空樹脂を使用した.PIV解析用としてはやや粒子径が大きいが,真比重は0.04以下で非常に軽く,比較的低流速(20m/s以下)の翼間流れを十分に追従できる上,検査領域32×32pixel (約666×666 µm)内に十分な粒子数密度を得ることができる.可視化画像では翼前縁からの剥離流れが時間連続的に捉えられ,スクロールケーシング内で翼間流れが非定常に変動する様子が確認できた.
可視化画像を解析して得られた速度分布を図6に示す.図中には渦度の紙面方向成分も重ねて表示されている.θ = 0 - 45deg.の角度範囲(図6(a))ではスクロールケーシングのノーズの影響により,翼の後縁側からの逆流が生じている.このため多数の渦が発生し,渦の位置や大きさが短時間に変化している様子がわかる.θ = 45 - 360deg.の角度範囲(図6(b))では翼前縁から流れが剥離して大きな渦を形成しているが,剥離渦はファンの回転に対して位置や大きさがほとんど変化していないことがわかる.
Fig. 5 Visualization result of the flow between fan blades
Fig. 6 PIV analysis results
4. 2 翼間流れと空力騒音の関係
翼間流れと空力騒音との関係を調べるため,高速PIVにより得られた時系列データと周方向の音圧分布との比較を図7に示す.図は上から音圧レベル(SPL)の周方向分布, 翼間流速および渦度(紙面方向成分)の時間変化を示す.θ = 0 - 45deg.の角度範囲で音圧レベルが高く,同範囲において渦度の時間変化も大きいことがわかる.このことからθ = 0 - 45deg.の角度範囲では翼間は大小様々な渦がランダムに発生する流れ状態であり,この流れ状態が空力騒音の発生原因であると考えられる.
Fig. 7 Circumferential distribution of SPL
(compared with time-series data of flow velocity and vorticity)
5. おわりに
本稿では,イメージデローテータ装置と高速PIVを組み合わせたシステムによる,多翼ファンの翼間流れの動的挙動に関する研究を紹介した.多翼ファンの低騒音化は経験的改良によるところが大きいが,今後のCFDおよびEFDの技術の発展によって,より多くの知見が得られることを期待している.
謝辞
本稿を作成するに当たって,㈱日本自動車部品総合研究所の三石康志氏にデータ提供を頂いた.また今回の寄稿の機会を与えていただいた長崎大学の林秀千人教授に謝意を表する.
参考文献