流れ 2012年12月号 目次
― 特集テーマ:産業界における流体機械 ―
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ポンプ内部流れ可視化による現象理解
~実験と数値流体力学(CFD)のハイブリッド手法~
宮部 正洋 |
1. はじめに
21世紀は水の時代と言われている.私たち人間の生活は水なしでは成り立たず,ポンプは人々の生活を支えている.近年,海水淡水化市場が拡大し,エネルギープラントに併設されることも多い.それらのプラントでは,弊社の主力製品である大型の斜流ディフューザポンプや高圧のボイラー給水ポンプ等が利用されている.
小型で高負荷設計のターボポンプを小流量域において運転するとき,揚程曲線が右上がりになる不安定性能が現れることがある.このとき振動,騒音が大きくなり,場合によっては翼の疲労破壊が起きるため,対策が必要となる.また,キャビテーションはポンプの高速化を阻む主要因となっている.これらの課題に対する弊社の取り組みとして,始めに小流量で揚程に急激な低下がみられた,低比速度斜流ディフューザポンプについて,実験とCFDの両面から内部流れを詳細に調べた事例を示す.次に高速化のキーポイントとなるキャビテーションおよびエロージョンの予測技術について紹介する.
2. 斜流ディフューザポンプの性能予測
2-1. 壁面圧力計測とダイナミックPIVによる内部流れの可視化
速水らは高空間かつ高時間分解能の流速計測が可能なシステムである,ダイナミックPIV(DPIV)システムを開発した(1).著者らは,ディフューザ部の壁面静圧を圧力変換器で測定するとともに,このシステムを用いて,羽根車とベーンドディフューザ間及びディフューザ流路の非定常内部流れを詳細に測定することで,ディフューザ旋回失速(DRS)の挙動を明らかにした.計測システムを図1に,DRS挙動の計測(1024x1024 pixel, 1000frames/s)結果を図2(a)から(d)に示す.一流路(Passage Y)に着目すると,旋回失速発生時には(a)順流,(b)渦,(c)逆流,(d)閉塞を繰り返す.
本ケースでは,一般的な教科書に記載されている説明とは少し異なる結果が得られた.一般的な教科書には,旋回失速の説明として,局所で失速して流路が閉塞すると,隣の翼の迎え角が増大するため,今度はそこで失速し,これが次々と伝播して行くことが簡便に記述してある.ところが,流れをDPIVで可視化すると,一流路全体にわたる強い逆流が発生し,かつ隣の二流路では,逆流と閉塞状態であった(図2(c)).一流路が失速して閉塞する程度では,隣の翼の迎え角は大きく変化しないため,安定して失速は伝播しない.ベーンドディフューザ(VD)出口からの強い逆流が,失速伝播の大きな役割を担っていることがわかった(2~4).
また,DRSの挙動は,ポンプの形式にも依る.より比速度が高いポンプの場合,渦は下流に流れやすくなって,消滅し,安定したDRSとならないことが,その後の研究(5)でわかった.発生したり消えたりするため,ポンプ揚程は変動し,安定しないが,全揚程低下の度合いは小さい.
Fig. 1 Schematic view of a dynamic PIV measurement system
(a) t*=8.10, Normal flow condition | (b) t*=10.68, Stall core |
(c) t*=12.0, Backflow condition | (d) t*=12.6, Blocked condition |
Fig. 2 Instantaneous velocity vectors at the inlet of the vaned diffuser |
2-2. CFDを用いた非定常解析による分析
不安定特性の発生原因となる現象をCFDにより模擬し,ポンプ特性改善の検討をするため,RANSによる非定常解析を行った.非構造格子を用いた,全体で約300万要素の解析モデルである.VD入口における解析結果を図3(a), (b)に示す.また,VD入口における静圧の時間変動波形を図4に示す.図4中の(a)から(d)は図2の(a)から(d)に対応する.両者は完全には一致しないものの,CFD解析は,急低下後に急上昇する様相など,現象を上手く模擬できていると言える(4).当時は,インペラが20回転(DRSは約2回転)するまで約500時間かけて辛抱強く計算した.その後並列計算機が安価に入手できるようになり,弊社でも導入した結果,この程度の解析は,一日要すことなく計算できるようになった.その効果としてパラメータスタディが短時間で数多くできるようになり,開発スピードは格段に速くなっている.不安定特性についてはディフューザ起因と羽根車起因の場合があり,対策はそれぞれで異なる(5~7).
ところで,DPIV計測をしていると,特に壁面近傍で,無数の非常に小さな渦が生じていることが確認できる.これは,非定常RANS解析では決して見たことのない光景である.今後はLESを用いて解析することを考えている.
(a) Instantaneous velocity vectors | (b) Instantaneous static pressure contour map |
Fig. 3 CFD results near the casing |
Fig. 4 Relationship between static pressure signal and internal flow patterns at the inlet of Passage Y
3. ポンプキャビテーション性能およびエロージョンリスクの評価技術
近年,研究者によりさまざまなキャビテーションモデルが提案され,コンピュータの急速な発展と相まってキャビテーション流れの数値解析(以下キャビテーションCFD)が設計で活用されるようになっている.弊社で行った遠心ポンプの事例を以下に示す.
3-1. ポンプキャビテーション性能に関する実験とCFDの比較
(株)ソフトウェアクレイドルのSCRYU/Tetra Ver.8を用いてキャビテーションCFDを実施した.ポンプキャビテーション性能に関して実験とCFDを比較して図5(a), (b)に示す. 両者は完全には一致しないものの,圧力の低下とともに軸動力が一旦上昇してから低下する傾向や全揚程の低下など,CFDは上手く捉えている(8).解析結果からキャビテーションの発達状況などを詳細に分析し,次の設計に反映させている.
(a) At best efficiency point (QBEP) | (b) At partial flow rate |
Fig. 5 Comparison of pump cavitation performance between experiment and CFD |
3-2. エロージョンリスクの評価に関する実験とCFDの比較
Nohmiら(9)が提案したエロージョンインデックスを用いてエロージョン発生リスクの評価を行い,ペイントエロージョン試験と比較した結果を図6(a), (b)および図7(a), (b)に示す.ペイントエロージョン試験とは,羽根車表面にソフトペイントを塗布し,吸込み圧力など一定条件の下で一定時間運転を行い,ペイントのはく離状況を確認する試験である.これによって,リスクの高い領域が判断でき,同じ仕様に対する,異なる設計の羽根車について,相対比較する方法で利用している.ここに示す羽根車の場合,最高効率流量ではミッドスパンが,小流量ではハブ側の広い領域にわたってリスクが高い(赤色)ことがCFDでも良好に予測できている(8).さらに現在は,壊食量や発生リスクなどの定量的予測・評価法に関する研究を推進している状況である.
(a) Experiment | (b) CFD |
Fig. 6 Comparison of cavitation erosion area between experiment and CFD at QBEP |
(a) Experiment | (b) CFD |
Fig. 7 Comparison of cavitation erosion area between experiment and CFD at partial flow rate |
4. おわりに
実験と流体解析を併用する弊社の取り組みを示した.この手法によって,現象に対する理解が深まり,エンジニアリングセンスが磨かれると考える.また,実験データは,新しい解析手法を用いる際の検証データとしても非常に重要な役割を担うと思われる.これを想定し,実験の条件をきちんと記録しておくことが大切である.
熱流体,計測制御,材料等々さまざまな分野で新しい技術・物が開発されている.ここに示した事例は,それら新技術を活用したものである.新技術を貪欲に取り入れること,またユーザの求めに応じて,より使いやすいシステムを開発することで,随分昔から存在するポンプもまだまだ進化する.新しい市場,新しい技術に積極的にチャレンジし,世界一のポンプメーカを目指す所存である(10).
5. 謝辞
本研究を進めるにあたり,現在,大分工業高等専門学校校長であり,九州大学名誉教授の古川明徳先生ならびに九州大学大学院工学研究院教授の渡邉聡先生より多大なるご指導を賜りました.ここに謝意を表します.
参考文献