流れ 2021年3月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会 3月号 ―
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感温磁性粒子を含有したマイクロカプセルの作成と流れ場における流動様相
小倉 一起 青山学院大学 |
石井 慶子 青山学院大学 |
麓 耕二 青山学院大学 |
1. 初めに
令和2年11月11,12日に日本機械学会第98期流体工学部門講演会という伝統ある講演会に参加させていただき誠にありがとうございました.公演の機会だけでなく,光栄なことに優秀講演表彰も頂くことができました.選考委員ならびに,日本機械学会の皆様にお礼を申し上げるとともに,今回のニュースレターの執筆を通して,私共の研究内容を少しでもわかりやすく紹介できたらと思います.
2. 概要
磁性流体は,強磁性微粒子を溶媒に懸濁させた機能性流体である.中でも,感温磁性流体内の強磁性微粒子は常温の温度域において,磁場に引き付けられる力の大きさが変化する特性を有する.麓(1)らは,この特性を利用し,作動流体として感温磁性流体を用いることで,中低温度域における機械的駆動力を必要としない小型熱輸送デバイスの研究を行った.また,管内の磁場供給部において磁性流体中の分散粒子が磁束方向に整列するクラスターと呼ばれる鎖状構造を発生させる.このクラスターは熱伝達を向上させるとともに(1),管内閉塞の原因ともなる.しかし,このクラスター構造が制御できていないことで実用化に至っていない.これは,磁性流体が黒色不透明で可視化が難しく,管内における流動の様子や,それに起因する凝集過程(クラスター発生過程)が全くといっていいほど解明されていないためである.どんな条件のもとクラスターを制御可能であるのか解明することが,実用化に向けた第一歩であると考えた.そこで,マイクロカプセル化技術に注目した.本研究では,磁性粉末をマイクロカプセル化(以下MC)することで,感温磁性流体と同様の性質を持った流体を安価かつ短時間で生成した(2).カプセルに封入する磁性粒子を任意に変更することで,カプセル個々の磁性をコントロールしながら粒子径を増大させることができる.また,粒子と同時に蛍光染料をカプセルに封入することで蛍光観察が可能となり,可視化をさらに容易とすることができる(3)(4).このMC技術は,工学分野に限らず,生体内薬物伝搬技術などで,製薬,医療の分野においても注目されており,こと工学分野に関しては,相変化物質であるパラフィンや蛍光染料を磁性材とともにMCに含有し,かつ熱伝導率の高い作動流体に分散させることで,磁性流体に代わる多機能的作動流体を合成することも可能である.磁性流体を模擬した流体を作成し,その二次元流動場を可視化することで,様々な条件下における流動様相の解明を行っている.本報告では,強制流動場下における,流体せん断力,磁束密度,および熱の影響に着目し観察を行った.
3. 実験装置および実験方法
3.1 マイクロカプセルの合成
本実験では液中乾燥法を用いることでMCを作成した(2).この合成手法では,有機相として,壁物質であるポリマーと封入物である芯物質を蛍光染料と界面活性剤を溶解させた有機溶媒に溶かした.また,水相として界面活性剤を分散させた水を用いた.この水相中にホモミキサーを用いて,有機相を油滴として分散させO/Wエマルションとした後,液中乾燥により油滴内の有機溶媒を完全に気化させることによりMCを得た.
3.2 流れ場の可視化
図1に本実験で用いた装置の概略図を示す.実験装置は正立顕微鏡にフィルターを組み込んだ光学系統,シリンジポンプ,磁場供給部を有した可視化用流路,およびカメラから構成されている.シリンジポンプを用いて所定の流量のMC溶液を流し,LEDライトを観察部に照射することで蛍光染料を励起させる.顕微鏡内部の二種類のフィルターを通し,励起光のみを抽出し鮮明な画像を所得した.図2に磁場供給時に使用した磁気回路を示す.磁気回路を使用することで流路方向に対し垂直に磁場を供給した.使用した磁石はネオジウム磁石(30×35×5mm)であり,この磁石を複数枚重ねることで所定の磁束密度(磁束密度=72~158mT)を実現した.回路は流路の中心が観察部となるように設置し,本実験では,各条件におけるクラスターの成長観察のため,磁石を磁気回路の片側1枚に対し,対となる磁石が最大4枚となるように設置しクラスターが流路の片側一方に強く集積するようにした.実験により得られたクラスター画像は,画像処理をもとに平均の長さを算出した.
Figure1 Outline of the measurement system.
Figure2 Outline of the magnetic circuit
4. 実験結果及び考察
4.1 流体せん断によるクラスター形成への影響
図3に流体せん断力の増加によるクラスターの平均長さの時間推移(磁束密度B=158mT)を示す.図よりRe=50.6以外の条件では,時間経過により徐々にクラスターが成長していくが,流速の増加に伴いクラスターの成長が抑制されていることが分かる.図4に時間経過によるクラスターの様子を示す.磁場を供給した直後(図4(a))はMC粒子がほぼ均一に分散している.しかし,時間経過によりy軸方向にクラスターが成長し,クラスター密度も増大した.一度密になったクラスターは流れ方向に移動することなく壁面に留まり続け,最終的に x軸方向に隙間なくクラスターが整列した.また,図5にクラスター凝集過程の詳細を示す.赤枠内に示すクラスターは136~138s間において移動し,その後停止した.図4におけるクラスター成長過程で,y方向に形成されたクラスターは壁面に沿って流れ方向に移動した.しかし,クラスターの成長に伴い流れ方向への動きが鈍くなり磁場供給部に停滞を起こしやすくなった.その後,磁場供給部に絶えず供給されるクラスター同士が凝集し合いx方向に連続的に成長し,時間とともに密なクラスターとなった.この停滞はクラスターの成長に伴うクラスター全体の保有する磁化の増加により,磁場の影響を強く受けたためであると考えられる.
図6に各Reにおける成長限界に達したクラスターの観察結果を示す.流体せん断力の増加に伴いクラスターの長さが減少した.しかし,Re=50.6において,壁面に形成されたクラスターは,互いに凝集することなく絶えず流れ方向に移動した.以上のことから,流体せん断力によりクラスターの成長及び移動が制御可能であると考えられる.
Figure3 Average cluster length over time (B=158mT).
Figure 4 Image of cluster over time (Re=31.6).
Figure5 Details of the cluster aggregation process.
Figure6 Image of cluster for each flow velocity (T=300s).
4.2 磁束密度によるクラスター形成への影響
図7,図8に磁束密度を変化させた際のクラスターの平均長さの推移(Re=31.6)を示す.磁束密度の減少に伴い,クラスターの長さも減少し,成長が抑制されていることが分かり,供給する磁場の強さを変化させることで一定の流速内でクラスターの形成を制御できると考えられる.
4.3 熱によるクラスター形成への影響
図9に流路下面を加熱した際のクラスターの変化(Re=31.6,磁束密度B=158mT)を示す.磁場供給開始から200sまでクラスターの長さに大きな差は見られなかった.しかし200s以降に常温時(25℃)と加熱時でクラスターの長さに差が生じた.これは時間経過により流路から集積したクラスターへ熱が移動し,MCに封入された感温磁性粒子の磁化が減少したことによりクラスターの成長が抑制されたと考えられる.以上のことから作成したMCは磁性流体と同様に感温磁化特性を持つことが分かる.
Figure 7 Transition of cluster length (Re=31.6).
Figure8 Image of cluster for each
magnetic flux density (T=300s).
Figure 9 Effect of installation of heating unit
on cluster formation (Re=31.6, B=158mT).
5. 結 言
蛍光染料を含有した磁性マイクロカプセルを生成し,細管内における流動の観察を様々な条件下で行った.本報告では流体せん断力,磁場強度,および熱による影響を調査しクラスターの大きさに変化が生じたことを確認した.今後この調査結果をもとに,さらに詳細な流動を調査していく.