流れ 2005年9月号 目次
― レオロジー ~非ニュートン流体の流動~ ―
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剛直な高分子シゾフィランの液晶の流動特性
武政 誠 日本学術振興会 特別研究員 西成 勝好 大阪市立大学 |
1.はじめに
我々の研究室では,本稿で紹介する高分子液晶以外にも,様々な流動特性を有する水溶性高分子(特に食品への利用が多い多糖類とか生体内(関節液あるいは眼球の硝子体)で重要な機能を有するヒアルロナン(旧名ヒアルロン酸))に関する研究を行っている.例えば,食品に添加剤として幅広く用いられている多糖類は,グルコースやマンノースといった糖がグリコシド結合で高分子化したものであるが,多くの多糖類が高い水溶性を有しており,それぞれが多様な流動特性を示すため,組み合わせて使うことで食品に,楽しくおいしい食感をもたせることができる.例えば,多糖は,結合箇所や側鎖の有無により,水への溶解度が大きく変化したり,ニュートン流動を示す線形範囲の広さが変化するなど,多様な性質を生かして水溶液の物性をある程度コントロール可能である.それをさらに発展させた形で「ゲル状食品」の流動特性のコントロールが可能になった.分子間で会合体を形成させたり,反発させたりといった制御により,みかけの分子量を増大させて増粘効果を高めたり,さらに会合を進めて,ジャングルジムのような3次元網目構造を有し,内部に多量の溶媒を抱え込むゲルにより,液体が持つ粘性に加えて,固体が持つ弾性を組み込むことが可能になった.温度に関しても低温でゲル化1させたり,高温でゲル化させたり2,低温,高温ではゾルであるのに中間の温度領域でのみゲル化させたり3といった制御が可能になってきた.近年では,液体と固体の中間体としてμmサイズのゲルを液体に分散させるなどの研究が進み,従来では実現不可能であった食感を含む実に様々な流動特性が自在に制御できるようになって来た.コンビニエンスストアなどでも新しい食感をもった商品が次々と発売されることからも流動特性の制御の発展が伺える.また,最近は高齢社会の到来に伴ない,咀嚼・嚥下困難者が増大し,そのために誤嚥を起こさないような食品開発における流動特性の制御が活発に研究されている.
このような食品におけるレオロジー特性の制御は,多糖類をはじめとした高分子の多様な特徴を巧みに生かして実現したものであり,長年にわたる基礎研究分野での発展に支えられてきたことは言うまでもない.今回は,ゲル化させることなく,多様な流動特性を生み出す,多糖類が形成する高分子液晶について,この場を借りて紹介させていただく.
2. シゾフィランとは?
シゾフィラン(Schizophyllan, 以下SPG)は酵母schizophyllum communが生産する中性多糖である4,5.天然でスエヒロタケが生産し,通常数万~数百万の分子量を持った高分子である.β-(1→3)結合のD-glucoseを骨格構造として持ち,「主鎖グルコース3つに1つ」の割合でグルコースを側鎖に持つ(β-(1→6)結合).同じ主鎖構造を持つが,側鎖を持たないカードランは水溶性が低いため,SPGの水溶性は側鎖に起因すると考えられる.SPGは水溶液中で3重螺旋構造をとっていることが知られている6.
近年,SPGは特定の1本鎖のDNAやRNAと螺旋状の複合体を形成可能であることが明らかとなり,注目を集めている.20年以上に渡り,子宮頸癌の放射線治療に対して併用療法として利用されたり,上記の複合体形成能力を生かしてDNA/RNAのデリバリーシステムへの応用が研究されたりするなど,応用面での研究も盛んである.
こうした応用研究だけでなく,SPGは高分子溶液の基礎物性分野でも注目されている.なぜなら,3重螺旋構造に起因して剛直性が非常に高く持続長が長い(約Lp=約200nm)などの特徴を持ち,これまで剛直性の高さからモデル物質として利用されてきたPBG(Lp=約30~120nm)7やxanthan(Lp=約120nm)8よりも極端に長い持続長を生かして剛直な棒状分子のモデル系として利用できるためである.
分子の剛直性は分子量などと並び,溶液の流動特性を支配する分子特性の中でも,特に重要なファクターである.今回,我々はSPGが形成する液晶に関してのレオロジー特性を調べた9のでここで紹介させていただく.
図1. Steady shear viscosity (●) and birefringence (○) upon increasing shear rate for SPG solution with W = 17.22% |
流動特性を調べるレオロジー測定の基本とも言える,定常ずり粘度のずり速度依存性を図 1に示す.通常,高分子(水)溶液では,低ずり速度では,ニュートン流動領域が見られるものの,ずり速度の増加とともに粘度は減少する(shear thinning)ことが知られている.しかし,17.22wt%のシゾフィラン水溶液は,図 1に示すように,0.01s-1から0.1s-1程度のずり速度において,ずり速度の増加とともに粘度が増加する現象が観測された.図中では,ニュートン流動領域がはっきりとは観測されていないが,これは分子量が高いためにより低いずり速度領域でないと観測できないものと考えられる.この粘度の増加は,いわゆるshear thickeningと呼ばれる現象であり,比較的まれな現象である.
Shear thickeningが起きる原因を解明することは通常困難であり,純粋なレオロジーの測定だけでは非常に難しい.同じ条件で,流動複屈折を観測した場合(図 1中の○)shear thickeningが起き始めるずり速度(=0.02 s-1付近)から,急激に複屈折の絶対値が大きくなっていることがわかる.これは,系内で分子が再配列により,配向したことを示しており,ネマチック液晶からコレステリック液晶へと転移が起きたことを示唆している.
図2 Shear-induced birefringence versus SPG concentration (W): shear rate = 0.05 s-1 (○) and shear rate = 0.1 s-1(●) |
流動複屈折の利用により,液晶形成に必要な濃度を容易に判別することも可能である.レオロジー特性,例えば定常ずり粘度ηの濃度依存性を調べることでも判別は可能であることもある.しかし,isotropic,biphasicなどの境界濃度では変化が小さく,系によっては判別するのが容易ではない.図 2は=0.05s-1及び=0.1s-1のずり流動下で測定した複屈折の濃度依存性である.濃度Wの増加とともに,複屈折の絶対値は徐々に増加しているが,W<12%では,2つのずり速度での差は比較的小さい.W>12%になると,その差は一気に大きくなり,約12%付近で転移が起きていることがこの測定から明確に確認できる.
SPGの場合には,測定時のずり速度によらず境界濃度が求まるのに対して,SPGよりもフレキシブル6な分子であるxanthanで行った実験の場合では,測定に使ったずり速度によって境界濃度が異なるなど,分子の剛直性に由来すると考えられる現象が見出された.
このように,水溶性高分子の基礎研究分野においても,レオロジー測定単独ではなく,複屈折のような別の手法を組み合わせて同時測定することが有用であることが分かる.
上記の図 1及び図 2は,定常ずり変形を開始してから十分に時間が経過した段階で測定した結果であるが,停止状態からずり流動を開始させたとき,または流動を停止させたときにも液晶の特徴的な挙動が現れる.試料を十分な時間,定常ずり変形下に置き定常状態に達した後,ずり変形を停止した直後の応力緩和過程を図 3に示す.
図3 Plots of normalized shear stress versus after cessation of shear flows at different shear rates ( ) for anisotropic solution with W =17.22%. The inset figure shows the same plots against t. Stress is normalized using its initial value. |
初期応力で規格化した応力を,時間 t に対してプロットした場合,入れ子の図のように,時間 t の経過とともに応力が減少することがわかる.減少速度は停止以前に印加していたずり速度に依存している.しかし,これを時間 t にずり速度をかけたものでプロットすると,図 3のように同一のカーブ上に乗ることが分かった.同様のスケーリング則はPBLG10やHPC11についても報告されており,流動場中におけるドメインのテクスチャーリファインメントの直接的な結果として,理論的にも説明されているが11,今回,これまで報告された系よりも剛直性が高いSPGについても観測されることが確認された.
図4 Shear stress vs shear deformation () during start-up of shear flows at different shear rates (): (a) for isotropic SPG solution with W =7.32%, (b) for anisotropic SPG solution with W =17.22%. Values beside curves represent the shear rate. |
図 4は,ずり流動を開始したときの応力であるが,ここでもSPGの剛直性に由来すると考えられる興味深い現象が観測された.Isotropicでは図 4(a)のように単独の応力オーバーシュートが見られるが,anisotropicでは,図 4(b)のように,ずっと大変形側にピークが観測されており,挙動も異なることから,両者では異なるメカニズムで応力が変化していると推測された.PBG10,12,やHPC13などでは,流動開始時に減衰振動のような挙動が報告されている.一方,SPGでは観測されないことから,それらの系で考えられている運動モード(ディレクターのタンブリング14,15,)が存在しないことが示唆され,SPGの剛直性に起因する現象としても注目される.
3. 終わりに
本稿で紹介できた,高分子液晶のレオロジーは全体像からみるとほんの一部に過ぎないが,溶媒の粘度など単純な要素以外にも,分子の剛直性などの様々な要因に起因して複雑な流動特性を有することが分かる.
「流れ」という観点からすると,バターやマーガリン,マヨネーズやケチャップに見られるようなチキソトロピーを分子レベルから完全に理解して予測することが困難であるように,身近な物質であっても,流動特性を完全に理解するところまでは,未だに至っていないといわざるを得ない.そういった中で,分子の剛直性に起因する物性や,分子間相互作用と関連した物性など,様々な特徴に関する知見を蓄積し,予測精度を高めていくためにも,SPGのようなモデル物質を用いた研究が今後も求められているといえよう.
- 低温でゲル化.カラギーナン,ジェランガム等
- 高温でゲル化.カードラン等
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