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流れ 2005年9月号 目次

― レオロジー ~非ニュートン流体の流動~ ―

  1. Back to the Future ―非ニュートン流体からニュートン流体へ―
    長谷川富市(新潟大学)
  2. 剛直な高分子シゾフィランの液晶の流動特性
    武政 誠(日本学術振興会特別研究員)、西成 勝好(大阪市立大学)
  3. 嚥下食塊の流動解析とその応用
    水沼 博(首都大学東京)
  4. オプティカル・レオメトリーとその応用
    高橋勉(長岡技術科学大学)
  5. 非ニュートン流体の数値流動解析 -流体内部構造からのアプローチ-
    山本 剛宏(大阪大学)
  6. 編集後記
    内田 憲(東芝),辻本 公一(三重大学),船橋 茂久(日立製作所),石本 淳(東北大学)

 

嚥下食塊の流動解析とその応用


水沼 博
首都大学東京

1.はじめに

 飲み物を飲み,食べ物を食べ,味覚や食感を楽しむ行為は毎日の日常の中で普通に行われています.しかしひとたび病気や高齢化により飲み込む動作に障害が生ずると生活の中の大きな楽しみを奪われると共に生活を維持する上で必要な栄養の摂取に支障が出てきます.障害の結果として飲み込んだ食塊が食道に行かずに肺へ入ってしまうと,食塊から細菌が繁殖し肺炎を引き起こす危険が生じます.このような肺炎は誤嚥性の肺炎と呼ばれ高齢者の肺炎の大きな割合を占めるといわれています.このような障害を持つ嚥下(えんげ)障害者にとって水のような低粘度の液状食品は誤嚥を招きやすいため,その介護食として高粘度の液状食品が利用されています.平成6年に厚生省が策定した高齢者用そしゃく・嚥下困難者用食品の粘度基準(1)は1.5 Pa・s以上の粘度とされています.高粘度の液状食品が介護食として利用される理由は,(1)咀嚼する力が衰えて弱くなっても,固形食品に比べ容易に飲み込むことができ,かつ(2)嚥下の機能が衰え,食塊の気道への流入を防ぐ喉頭蓋が本来のその機能を十分に果たせなくなっても,食塊が喉頭部に到達するまでの流動時間を遅らせることにより,誤嚥を防げるからです.液状食品を高粘度とするには増粘剤を添加する方法が簡単です.最近では,増粘の効果を保ちつつ,食感も良い増粘剤の開発が進められており,水に添加するとヨーグルトのように降伏応力を示し,口当たりも良い増粘剤が手にはいるようになっています.しかし,食品のレオロジー特性と嚥下過程の複雑さによりそのような増粘化と誤嚥抑制効果との直接の因果関係を,嚥下の機構を含めて明らかにするまでには到っていません.経管栄養に頼らず,誤嚥の不安をなるべくせずに口から食べる生きがいのある生活を維持するためには,嚥下障害のどの症状に対してはどの様な力学特性の食品が良いかを明らかにし,嚥下の過程と食品の力学特性との関係を明らかにすることが求められています.このような背景の下で,現在筆者らが進めている研究を紹介します.

 

2.液状食塊の嚥下

 筆者ら(2)は3次元咽喉モデルを導入し,液状食塊を飲み込んだときの食塊の流れをニュートン流体と指数則流体に対して数値解析しました.解析から予測される一つの重要な点は,咽喉部の流れのずり速度がほぼ100 1/sと見積もれることです.食品の粘性特性は複雑であるため粘度を高くするといってもその粘度の値はずり速度によって変化します.液状介護食の粘性特性はずり速度100 1/sの条件で測定されるべきであることを解析結果は示しています.一方,食塊粘度の上昇は咽頭部の食塊圧縮に伴う圧力上昇をもたらします.食塊圧力は喉ごし感とも関係すると推測されますが,解析と喉ごし感との対応は正常でない嚥下の解析と共に今後の課題として残されています.

 

3.ゼリー状食塊の嚥下

 上記シミュレーションをより忠実な解析モデルに発展させ,更に実際の嚥下の計測により検証する研究を現在行っています.介護食としてここではゼリーを対象とし,そのレオロジーモデルとしてMaxwellの三要素モデルの一つを用いています.人体の口腔から食道に到る各部は弾性体とみなしています.一方,食塊を飲み込むとき,唾液は食塊の潤滑剤として重要な役割を果たしており,その潤滑効果は食塊と粘膜との摩擦を定義することにより等価的に表現します.これらの条件下で,口腔から食道に到る各部位の形状を作成した後に,舌や咽頭部が食塊を送り込む運動を解析モデルの中に定義し,数値解析しました.図1,2の計算結果はバリウムゼリーを飲み込んで撮影した図3のX線造影撮影結果とも良く一致しました.嚥下の数値シミュレーションが,症状にあった介護食の選択や食品の開発に有用であることを示すことができたと考えています.

図1 ゼリー状食塊の嚥下シミュレーション
 
図2 喉頭蓋横を食塊が通り抜ける様子
図3 バリウムゼリーのX線ビデオ造影撮影
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4.X線ビデオ造影撮影(Videofluorography, VF)と数値解析との融合

 VFと呼ばれる撮影法は,X線被爆の問題はあるものの嚥下障害の診断に良く用いられています.咽喉部は3次元的に複雑な形状であり,嚥下の時間も1秒程度の短時間に終了してしまので,VFによる診断をより容易に,かつ高機能化する試みを行っています.VFにより複数の角度から嚥下の過程を撮影し,それらの動画から食塊などの時間的かつ3次元的形状変化を図4のようにデジタルデーターに変換すると,嚥下の過程を自由な角度から3次元的に観察できます.更にその食塊形状を要素分割し,要素形状の時間的変化から近似的に図5のような嚥下応力解析や流動解析が可能になります.このような計測手法は診断以外に介護食の開発にも有力な手段になるものと考えている.

図4 液状食塊の嚥下計測のデジタル化
図5 ゼリー状食塊の嚥下応力の計測

 

5.液状介護食のとろみ管理~とろみ計(携帯型円錐・平板粘度計)の開発

 障害者が誤嚥しやすい危険な食品は低粘度の食品であり,そのため症状に合わせたとろみの食事が必要になります.現状ではとろみの強さは調理する人の感覚に頼っており,往々にして調理する人や増粘剤の種類によってとろみの強さが変わってしまいます.とろみの強さは粘度として定義でき,その粘度を調理しながら簡単に測定できる図6に示すとろみ計を開発しています.介護食は強い非ニュートン粘性を示すので,ずり速度のような粘度測定条件を咽喉部の嚥下の条件に一致させることが重要であり,上述の数値解析の結果ではずり速度~100 1/s となりましたが,更に計測やシミュレーションによりその条件を検証しています.また,調理や看護,リハビリなどの障害者を囲む介護支援の輪の中でどのようにとろみ計を利用すれば最も効果的であるかについても検討を進めています.とろみの強さを粘度として数値化することが一般的になれば,それにあわせて安全で使いやすく設計された食事用具も標準化できると考えています.

とろみ計 測定の様子
図6 とろみ計の開発

 

6.おわりに

 ここに紹介した課題は食品のレオロジー特性と深く関わっているほか,流れ解析,画像解析等の工学的手法と医療,介護,調理等の分野との連携が不可欠です.初めは何から手を着けたら良いかわからずに迷ったときもありましたが,4年ほど経過して機械工学の立場から自分のすべき仕事がだんだん具体的な形にまとまってきました.これら研究の成果は現場で使ってもらえなければ何の意味もないので,そこを到達点として各方面のご協力をいただきながら努力しています.

 

参考文献

  1. 厚生省生活衛生局新開発食品保健対策室,高齢者用食品の表示許可基準の策定について(1994)
  2. 水沼他,日本機械学会論文集,B編70-699 (2004) pp.2697-2704.
更新日:2005.9.27