流れ 2009年12月号 目次
― 特集テーマ: 未来を拓く超音速機 ―
| リンク一覧にもどる | |
JAXAにおける静粛超音速研究機技術の研究開発
牧野 好和 |
キーワード:衝撃波,ソニックブーム,超音速機
1. はじめに
現在、宇宙航空研究開発機構(JAXA)航空プログラムグループでは,環境適合性に優れた超音速旅客機(SST)の設計技術を確立することを目的として,静粛超音速機技術の研究開発プログラム(以下,静粛プログラム)[1]を推進しています.静粛プログラムでは,まず第一に超音速機特有の騒音であるソニックブームを半減させる技術の獲得を目指しており,低ソニックブーム(以下,低ブーム)設計技術の研究と,その技術を飛行実証するための静粛超音速研究機の設計を進めています.本稿では,低ブーム設計技術の適用効果を示す参照機体としての小型超音速旅客機の概念設計,及び設計技術を飛行実証するための静粛超音速研究機の基本設計について紹介します.
2. ソニックブームとは
ソニックブームとは超音速で飛行する航空機が発生する衝撃波が,地上に到達する時に聞こえる騒音です.衝撃波は図1に示す様に機体から円錐状に広がって機体とともに移動するため,地上にいる人はその円錐(マッハ円錐と言います)内に入った瞬間にソニックブームを聞くことになります.ソニックブームは持続時間が数秒~数十秒程度の単発音ですが,飛行経路の下にいる人々は皆1回ずつソニックブームを聞くことになるため,その影響域は空港騒音よりも広範囲に及びます.機体各部(機首,主翼,エンジンナセル,尾翼,等)から発生する衝撃波は機体近傍場においては複雑な圧力波形を示しますが,その非線形的性質のため長い距離伝播する間に互いに統合し,最終的には機体先端と機体後端の2つのマッハ円錐として地上に到達します.図2には2009年9月にJAXAがスウェーデンにて実施した実機(JAS39 Gripen)のソニックブーム計測例を示しますが,地上での圧力の時間履歴がN型の圧力波形となっていることが分かります.波形の先端と後端の不連続的な圧力上昇がそれぞれ機体先端と機体後端の2つのマッハ円錐に相当し,「ド・ドーン」という2度の破裂音として聞こえます.ソニックブーム低減には,機体形状の工夫によってこのN型圧力波形への統合を抑えることで圧力上昇量を小さくすることが有効です.
図2 ソニックブーム計測例
(図をクリックすると音声が再生されます)
3. 小型超音速旅客機概念設計
静粛プログラムにおいて研究開発される各種設計コンセプトや設計ツールが,実機設計においてどの様な効果を持つかを示すために,JAXAでは仮想の技術参照機体として図3に示す様な小型超音速旅客機の概念設計を実施しています[2].この機体が目指しているものは表1に示す様に経済性と環境適合性を両立させた超音速旅客機であり,特に図中※印で示したものが静粛プログラムの要素技術研究において取り組んでいる重点課題です.これらの課題のうち低抵抗化とソニックブーム低減化とはトレードオフの関係にあることが知られており,これらを両立させる空力設計が求められています.そこで,図4に示す様に超音速巡航抵抗最小化を目指した低抵抗形状,地上でのソニックブーム強度最小化を目指した低ブーム形状,及び両者の両立を目指した低ブーム/低抵抗形状の3形状を設計し,数値解析及び風洞試験によってそれらのソニックブーム特性や空力性能の確認を行っています.
図3 小型超音速旅客機概念形状
第1表 小型超音速旅客機の設計目標
経済性 |
低抵抗化※ |
軽量化※ |
|
エンジン低燃費化 |
|
環境適合性 |
ソニックブーム低減化※ |
空港騒音低減化※ |
|
排ガス清浄化 |
※静粛プログラム重点課題
図4 小型超音速旅客機の低ブーム/低抵抗設計
4. 静粛超音速研究機基本設計
地上で観測されるソニックブームは,機体長の数100倍離れた遠方場における現象であるため,CFD解析や風洞試験だけでは低ブーム設計効果を実証することは困難です.そこで静粛プログラムでは,研究開発した低ブームコンセプトや設計ツールを飛行実証するために静粛超音速研究機による飛行実験を計画しています.静粛超音速研究機は,離陸から超音速加速,着陸までを完全自律飛行で行う無人機であり,全長約14mのスケール機です.研究機にはJAXAが特許を所有する低ブーム/低抵抗機首コンセプトや,後胴揚力面コンセプトなどが適用されており,超音速巡航時の地上ソニックブーム圧力波形を計測することでそれらコンセプトの実証を可能とすることが求められます.また同時に完全自律飛行に必要な空力性能や安定性,燃料タンクや脚などの装備性に対する要求もあり,その基本設計においては様々な要求を満たすためにJAXAで開発したCFD最適設計技術を活用して多目的最適設計を実施しています[3].基本設計の結果得られた研究機の基本空力形状を,CFDによる機体近傍圧力場推算結果及び近傍場圧力波形を入力として修正線形理論により求められた地上におけるソニックブーム圧力波形推算結果とともに図5に示します.ソニックブーム圧力波形が示す通り,研究機のソニックブーム波形はマッハ数1.6で飛行高度13kmを巡航した条件においても通常のN型圧力波形にならず,台形型の低ブーム圧力波形を示しており,低ブーム設計技術実証機としての能力を備えていることが分かります.上述の様にCFD解析を活用して設計された空力形状に対し,その低ブーム特性を検証するためにJAXA 1m×1m超音速風洞においてブーム特性確認試験を実施しました.上面に330点の静圧孔を有する長さ約1.8mの静圧レールを風洞壁に設置して,研究機の2.5%模型の近傍場圧力波形を計測しました.模型支持系による影響を除去するため,様々な方法で模型を支持することでCFD解析結果との比較を実施した例を図6に示します.波形先端におけるスパイク状の圧力ピークやその後方における波形フラット部,そして後端低ブーム化のための後胴揚力面による圧力ピークなどが確認され,機体近傍において低ブーム設計が検証されました.
図5 静粛超音速研究機基本空力形状
図6 静粛超音速研究機ブーム特性確認風洞試験
5. おわりに
JAXAが進めている静粛超音速技術の研究開発プログラムにおける低ブーム/低抵抗空力設計技術の研究について,技術参照機体としての小型超音速旅客機の概念設計と,低ブーム設計技術実証機としての静粛超音速研究機の基本設計を例として紹介しました.今後は要素技術研究としてさらに設計技術の研究開発を発展させるとともに,低ブームコンセプト飛行実証計画を進めてゆく予定です.
参考文献
[1] | 村上哲,「JAXAにおける超音速旅客機技術の研究開発 -静粛超音速機技術の研究開発-」, 日本航空宇宙学会誌,Vol.56, No.648(2008), pp.4-7. |
[2] | 堀之内茂,「小型超音速旅客機の概念検討」,航空技術,No.646(2009), pp.44-47. |
[3] | 牧野好和 他,「静粛超音速研究機の空力設計」,第47回飛行機シンポジウム(2009). |