流れ 2009年12月号 目次
― 特集テーマ: 未来を拓く超音速機 ―
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超音速で伝播する燃焼波(デトネーション)の工学的応用
笠原次郎 |
1.はじめに
爆発というと,恐ろしい印象を持つかもしれない.しかしその中には,エネルギー密度が低く,制御の容易な気体爆発である「デトネーション(爆轟)」があることを知って頂きたい.このデトネーションは,閉めきった空間ではなくとも,高い圧力を生成することができるという特徴をもつ.デトネーションは,高効率の燃焼・推進装置としての利用(1)~(3)が期待される.たとえば,推進用エンジンとして応用した例(4)~(8)を図1に示す.図1の左側の真っ直ぐな円筒管中で,デトネーションにより高圧ガスを生成する.その高圧ガスを左方向に音速ジェットとして噴射し,右方向への推力を得る.既存のジェットエンジンの多くは,圧縮機,燃焼器,タービンといった要素からなっているが,デトネーションを利用すれば,燃焼器のみの単純構造のジェットエンジンが実現できる.また,デトネーションエンジンは,ラムジェットエンジンより高効率であるため,超音速で巡航する飛翔体の空気吸い込み式エンジンとして実用化が期待されている.
図1 パルスデトネーションロケットエンジン(4)~(8)は単純な構造でジェット推進が可能
2.円筒内を伝播するデトネーション
実際のデトネーション波とそれによって管の中に形成される高圧ガス状態(9)~(12)を見てみると,図2のようになる.図2は直線状の円筒管内をデトネーション波が右向きに伝播している時の圧力及び温度分布を示している.ただし円筒管の左端は閉(閉管端),右端は開(開管端)となっていて,デトネーション波は左の閉管端で直ちに開始したとする.添字1は管内の気体の初期状態(充填された未燃の静止した予混合気)を,添字Nは衝撃波直後の状態(von Neumann点)を,添字2またはCJはデトネーション波の後面を,添字sは静止気体領域を示す.図2で示すようにデトネーション波は衝撃波,反応誘起領域,発熱反応領域,CJ面から構成される.その後方に希薄波領域(Taylor-Zeldovich rarefaction wave 領域),静止気体領域が続く.気体粒子は衝撃波によって不連続的に高温高圧となり化学反応が開始されるが,温度圧力がほぼ一定の反応誘起領域(解離反応が支配的)を経て,発熱反応(再結合反応)が行われる.発熱反応領域では気体粒子は衝撃波系から見て加速され音速に到達する.音速点はChapman-Jouguet 面(CJ面)とよばれる.CJ面を通過した後の気体からデトネーション波には擾乱は到達し得ない.気体粒子はその後,希薄波領域を経て静止気体領域に到達する.圧力比ps/p1は6~12,デトネーション波の伝播速度DCJは1800~2900 m/sである.つまりデトネーション波は,片端が開放している管(片閉管)でも瞬時に高温高圧ガスを生成することができるのである.ただし,デトネーションエンジンとして連続的な出力を得るためには,このデトネーションの生成を周期的に繰り返す必要がある.
図2 デトネーション波は超音速で伝播し開いた円筒管の内部で高圧ガスを生成
3.デトネーション燃焼の熱力学的解析
デトネーション燃焼の熱力学的解析は古くはZeldovich(13)によって行われており,最近では熱量的完全ガスを仮定した解析(14)(15)が行われている.以上は,発熱反応による発熱量を与えた解析を行っているが,実際には過程によって発熱量は異なる.そのため,化学平衡下の発熱量計算(16)また,パージ用の不活性ガスの衝撃圧縮によるエントロピー増加を考慮した解析(10)が行われている.どの解析結果においても,図3に示すように,デトネーションサイクルにおけるエントロピー生成量は他のサイクルに比べて最も低く,デトネーションサイクルの熱効率は,定容燃焼サイクル(Humphrey cycle)より少し高く,定圧燃焼サイクル(Brayton cycle)より高い.つまり,デトネーションサイクルでは高い熱効率が期待できる.デトネーション燃焼を用いた高効率のガスタービンエンジンの研究も精力的に行われている.
図3 デトネーションサイクルは定積・定圧燃焼サイクルより高効率
4.超音速飛行におけるデトネーションエンジン
空気吸い込み式のデトネーションエンジンでは,デトネーションを発生する円筒管の入口側に,混合気を供給するための機器が配置される.具体的には,インテーク(空気取り入れ口),コンプレッサー,バルブである.図4に,当量の水素-空気混合気を推進剤とした場合の飛行マッハ数に対して,推力性能である比推力(単位質量あたりに獲得する力積)をプロットした.マッハ数が0の時,Endoら(12)の解析モデルによれば,比推力は4129 secとなる.推力架台上での連続作動時の比推力も同程度であることが確認されている(17).図8中の右上がりの実線は,ラムジェットエンジンにおける比推力,右上がりの破線は,定積燃焼間欠ジェットエンジンの比推力(18)を示している.システムレベルの数値解析(19),(20)にて,先細末広ノズル形状等の最適化を行うことで,マッハ数4以下で,空気吸い込み式デトネーションエンジンはラムジェットエンジン以上の比推力を獲得可能であることが示されている.また,空気冷却器付きデトネーションエンジンが提案され,作動マッハ数領域拡大の可能性が示されている(21).
図4 空気吸い込み式PDEの比推力はラムジェットエンジンより高い
5.おわりに
デトネーションを積極的に利用するための研究は,ここ10年で急速に活発になってきている.デトネーションは,衝撃波と化学反応が強く結びついた現象であり,高い圧力,高速の流れ,衝撃波などを比較的簡単な装置(円筒管)で生成することができる.代表的な応用例は,以上に述べたエンジンである.デトネーションエンジンはラムジェットエンジンより高効率化がはかれるため,超音速で巡航する飛翔体の空気吸い込み式エンジンとして,多数の機関で研究がすすめられている.今後のデトネーション研究に注目頂き,各分野でのデトネーション現象の活用を考慮頂ければ幸いである.
参考文献