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流れ 2009年12月号 目次

― 特集テーマ: 未来を拓く超音速機 ―

  1. 超音速複葉翼理論によるソニックブーム低減
      大林 茂(東北大学)
  2. JAXAにおける静粛超音速機技術の研究開発
      牧野 好和(宇宙航空開発機構)
  3. サブオービタル宇宙輸送機『ロケットプレーンXP』の流体マネージメント技術
      大貫 美鈴(米スペースフロンティアファンデーション)
  4. ソニックブームと大気の関係
      山下 博(東北大学)
  5. 超音速で伝播する燃焼波(デトネーション)の工学的応用
      笠原 次郎(筑波大学)
  6. 自動車用ターボチャージャの一部を用いたターボポンプの実験的研究
      野末 辰裕、中野 富雄(有人宇宙システム株式会社)、塩幡 宏規、立川 力(茨城大学)
  7. 編集後記
    編集後記(鄭、木下、森)

 

ソニックブームと大気の関係


山下 博
東北大学流体科学研究所

1.はじめに

 ソニックブームは超音速機から発生する衝撃波が大気中を伝播し,地上で雷に似た爆発音を引き起こす現象である[1].ソニックブーム騒音の低減化は,超音速旅客機を実現するうえで克服すべき課題であり,低ブーム騒音の実現を目指した様々な機体形状が提案されている[2-5].一方,衝撃波が伝播する媒質の大気に着目すると,実在大気は一様ではなく大気の状態がソニックブーム強度ΔP(音圧)に影響をおよぼすことが知られている[6].一般的な超音速旅客機の飛行高度を英仏が開発したコンコルドの飛行高度とすれば,超音速機から発生した衝撃波は約18 km (≈ 60,000 ft) にわたって大気層を伝播するわけである.本稿ではソニックブームと大気の関係を議論するために,スケールの異なる二つの大気の運動がソニックブーム強度におよぼす例をご紹介する.

2.大気勾配によるソニックブーム強度のグローバルな変動

  実在大気では鉛直方向に温度,圧力,密度が連続的に変化しており,本稿ではこれを大気勾配とよぶ.超音速機から発生した衝撃波は,成層圏下部と対流圏を伝播して地上に到達するまでの間,大気勾配から影響を受けつづける.大規模な大気の運動といえるこの大気勾配には季節差や地域差が存在するため,同一の超音速機が飛行した場合にもグローバルにみると地上ソニックブーム強度が変動すると考えられる.

  そこで高層気象観測に広く用いられているレーウィンゾンデの観測データを利用して,グローバルな地上ブーム強度の変動を解析した.図1は観測用レーウィンゾンデ[7] (http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/upper/kaisetsu.html)と北半球冬季に観測された温度勾配の例を示す.レーウィンゾンデは高層の大気の状態を観測するセンサと気球から構成されており,一日に2回世界各地の気象観測地点で放球されている(観測地点により放球回数の差はある).解析には観測データを季節平均して得られた世界各地の気象観測地点における大気勾配を用いた.本解析では2007年3月1日から2008年2月29日までの1年間の観測データを利用し,風の影響は考慮していない.また大気勾配の影響に着目するため,単純なN型のソニックブーム波形を生じる全長62 m(= 202 ft:コンコルド機体全長)の超音速機が,飛行マッハ数M = 1.7で各観測地点の上空およそ18 kmを水平定常飛行していると仮定した.

  図2は季節ごとの地上ソニックブーム強度のグロ-バルな変動を示しており,等高線は標準大気状態における計算結果から得られたソニックブーム強度ΔPStandard atmosphereと,各地点のブーム強度ΔPの差を示している[8].図2からソニックブーム強度が季節や地域によって変動することが確認でき,またグローバルな変動についての傾向もいくつか確認できる.例えば東南アジア近辺の低緯度地域では,ブーム強度が標準大気状態での強度と比較して年間を通じてわずかに増加することがわかる.北半球の変動に着目すると夏季にブーム強度が増加し,冬季に減少する傾向があり,この変動は地上温度の季節変動と似ている.また高高度地域(ヒマラヤ山脈やロッキー山脈など)では年間を通じてブーム強度が低いことがわかる.標準大気状態においてもソニックブーム強度は飛行高度から対流圏界面までは減少し,対流圏界面から地上までわずかに増加することが知られている.従って,高高度地域では高度が高いことが理由でブーム強度が低くなると考えられる.こうした実環境下でのソニックブーム強度の変動についてわかりやすい傾向を抽出できれば,飛行経路の選定などに役立つと期待される.


図1 ゾンデ放球装置による一般的な飛揚風景(気象庁ホームページより引用[7] http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/upper/kaisetsu.html)と北半球冬季に観測された温度勾配の例: aシンガポール(1.37°N); bマドリード(40.47°N); cタシーラク(65.60°N); d標準大気.

a)
 
b)
 
c)
 
d)

図2 地上ソニックブーム強度のグロ-バルな変動[8]: a) 北半球春季; b) 北半球夏季; c) 北半球秋季; d) 北半球冬季.等高線は標準大気状態における計算結果から得られたソニックブーム強度と各地点のブーム強度の差ΔPStandard atmosphere - ΔP,psf(= lb/ft2)を示す.

 

3.大気擾乱によるソニックブーム強度のばらつき

  過去の飛行実験の実測から,小規模な大気の運動もソニックブーム強度に影響をおよぼすことが明らかにされている.その代表が大気擾乱による影響である.本稿では大気乱流スペクトルに基づき生成した一様大気擾乱場と波形パラメータ法[9]を用いた解析モデルを構築し,実測されたブーム強度のばらつきの再現を試みた.

  図3は本モデルの座標系とソニックブーム伝播解析の概略図を示している.生成した大気擾乱場は標準大気状態の空間に,擬似乱数を用いて空間的に一様に不規則な擾乱速度(風の乱れ)を足し合わせて作成している.なおソニックブーム伝播解析中は大気擾乱場の変動はないという仮定のもと計算を行っており,温度の乱れは考慮していない簡易モデルである.また異なる擬似乱数から生成した100個の擾乱場を用意し,各々の擾乱場において同様のソニックブーム伝播解析を行った.得られた100個のブーム強度の結果を用いて,ブーム強度に対する大気擾乱効果を統計的に検討した.

  図4は1966年に実施されたXB-70の飛行実験で実測されたブーム強度のばらつき[10]と,本解析の統計処理後に得られたばらつきを示している.図4(a)の横軸は理論計算で得られたブーム強度ΔPCALCに対する飛行実験での実測値ΔPMEASの比である.一方,図4(b)の横軸は一様大気擾乱なしの解析値ΔPNo-Turbulenceに対する大気擾乱を考慮した解析値ΔPTurbulenceの比である.両者を比較すると飛行実験の実測値と解析結果は定性的によい一致を得ていることがわかる.また図4(b)が示す結果から59 % のケースでΔPNo-Turbulenceの1/2以下の値をとることがわかる.これは一様大気擾乱によって地上に到達するブーム強度が確率的には減少する可能性が高いことを示唆しており,過去に数多く行われた飛行実験の実測結果およびソニックブームの実験的研究結果からも同様の結果が示されている.ソニックブーム現象において大気がもたらす興味深いひとつの現象である.


図3 本解析モデルの座標系とソニックブーム伝播解析の概略図.黒実線は飛行高度から地上までのソニックブーム伝播経路を表す.

図4 地上ソニックブーム強度のばらつき: a) 1966年に実施されたXB-70による飛行実験での実測値[10]; b) 本モデルから得られた解析結果.

 

4.おわりに

 本稿ではソニックブームと大気の関係を二つの例を挙げて議論した.近い将来の超音速旅客機の実現を目指すうえで,ソニックブームと大気の関係を明らかにしつつ,ソニックブームの地上への影響を把握しておくことが重要となる.また本稿では割愛したが,ソニックブームの地上実測技術や人・動物・建築物への影響の評価技術などの研究開発が邁進されることが望まれる.こうした要素技術開発を通じてソニックブーム現象の理解を深めることで,現代に適した低ブーム超音速旅客機開発への正しいアプローチ法を構築できると信じている.

 

謝辞

  本研究の一部は東北大学グローバルCOEプログラム「流動ダイナミクス知の融合教育研究世界拠点」の支援によって実施されました.また宇宙航空研究開発機構 航空プログラムグループの牧野好和氏,中右介氏にはソニックブーム解析手法および評価手法に関して的確なご助言を頂きました.東北大学大学院理学研究科の沢田雅洋氏には気象観測データの情報提供および気象データ解析に関して多大なるご支援を頂きました.ここに感謝の意を表します.

 

参考文献

[1] 牧野光雄,ソニックブーム その現象と理論,産業図書,2000,pp.1-3.
[2] Pawlowski, J. W., Graham, D. H., Boccadoro, C, H., Coen, P. G., and Maglieri, D. J., “Origins and Overview of the Shaped Sonic Boom Demonstration Program,” AIAA-2005-0005, 43rd AIAA Aerospace Sciences Meeting and Exhibit, Reno, 2005.
[3] Cowart, R. and Grindle, T., “An Overview of the Gulfstream / NASA Quiet SpikeTM Flight Test Program,” AIAA-2008-0123, 46rd AIAA Aerospace Sciences Meeting and Exhibit, Reno, 2008.
[4] Yoshida, K., “Supersonic Drag Reduction Technology in the Scaled Supersonic Experimental Airplane Project by JAXA” Progress in Aerospace Sciences, Vol.45, Numbers 4-5, May-July 2009, pp.124-146.
[5] Kusunose, K., Matsushima, K., Obayashi, S., Furukawa, T., Kuratani, N., Goto, Y., Maruyama, D., Yamashita, H., and Yonezawa, M., Aerodynamic Design of Supersonic Biplane: Cutting Edge and Related Topics, The 21st Century COE Program, International COE of Flow Dynamics Lecture Series, Vol. 5, Tohoku University Press, Sendai, Japan, 2007.
[6] Hayes, W. D., and Runyan, H. L. Jr., “Sonic-Boom Propagation through a Stratified Atmosphere,” J. Acoust. Soc. Am., Vol. 51 (2), Pt. 3, Nov. 1972, pp. 695-701.
[7] 気象庁,ラジオゾンデによる高層気象観測について,
http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/upper/kaisetsu.html. (cited November 15, 2009).
[8] Yamashita, H., and Obayashi, S., “Global Sonic Boom Overpressure Variation under Realistic Meteorological Condition,” The Sixth International Conference on Flow Dynamics, Sendai, Japan, Nov. 2009, pp.14-15.
[9] Thomas, C. L., “Extrapolation of Sonic Boom Pressure Signatures by the Waveform Parameter Method,” NASA TN D-6832, June 1972.
[10] Maglieri, D. J., “Sonic Boom Flight Research - Some Effects of Airplane Operations and the Atmosphere on Sonic Boom Signatures,” NASA SP-147, Apr. 1967, pp. 25-48.
更新日:2009.12.29