流れ 2010年9月号 目次
― 特集テーマ: 環境流体 ―
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自由空間中における竜巻の再現実験
佐々浩司 高知大学
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1. はじめに
竜巻は,その規模は小さいものの地上で最も激しい風をもたらす大気現象としてよく知られている.竜巻は発生源となる親雲の性状により,スーパーセル竜巻と非スーパーセル竜巻に分類される.スーパーセルは自律的に存続できる積乱雲であり,それ自身が竜巻を組織化する機構を持っている.非スーパーセル竜巻は海陸風や他の積乱雲から生じたガストフロントなどの局地前線を源として発生する.これらはいずれも大気中の風速差による鉛直渦度や水平渦度がその流れ場の環境によって集中させられ,強い鉛直渦として組織化させられた結果生じたものであり,流体力学的に大変興味深い現象である.
竜巻の発生機構については,上記の流体力学的な興味以上に減災という切実な課題を主目的として多くの観測・実験的研究や数値シミュレーションにより調べられてきた.しかし,親雲となる積乱雲と竜巻とはスケール比が100:1以上あるため,個々の積乱雲まで解像できるようになった現在のレーダー観測網においても,竜巻そのものの観測は極めて困難であるため,発生機構や発生条件,竜巻そのものの詳細な構造もいまだに十分解明されていない.ここでは,竜巻に関する研究の傾向を紹介するとともに,筆者が進めている実験的研究について説明する.
2. 竜巻の研究
観測的研究については,米国で現在もなお高分解能の移動式ドップラーレーダーを用いた観測プロジェクト(1)が進められ,スーパーセルの構造(2)を明らかにしつつある.我が国においても地上観測ネットワークとレーダーとの併用観測プロジェクト(3)などが進められ,観測事例を蓄積しつつある.しかし,レーダー観測では,電波の地形クラッターや建物や樹木などの直接的な遮蔽効果により,最も重要な地上付近の流れ構造を捉えることが難しい.
室内実験は主として竜巻の渦構造を把握するために進められてきた.Church et al.(4)は,竜巻の循環と上昇流量の比に相当するパラメータとしてスワール比を定義し,可視化された竜巻渦の性状がレイノルズ数よりもスワール比によって決まることを示した.初期の実験的研究の多くは,いずれも円筒型測定空間内において行われており,竜巻渦の強度変化を定性的に見たものが多く,定量的なデータはごくわずかしか得られていない.文字,光田(5)は,スワール比が大きいときに竜巻渦自身のシアー不安定(6)により発生する多重渦の熱線流速計による定量計測を行ったが,詳細な竜巻全体の速度場を明らかにするには至っていない.また,円筒型測定空間を用いているがために,竜巻渦の発生メカニズムを解明したり,移動する竜巻の様子を調べたりすることは出来なかった.竜巻渦を移動可能とした研究では,IOWA州立大学のもの(7)がある.これはスーパーセルの下層流れを意識して設計されているものの,形成される流れ構造は軸対称であり,やはり発生メカニズムを明らかにできる装置ではない.
近年最も精力的に行われているのが数値シミュレーションであり,非静力学気象モデルをベースとした高解像度シミュレーションにより,スーパーセル竜巻が,スーパーセル内の強い回転上昇気流であるメソサイクロン(Mesocyclone)が,スーパーセルの後ろ側からの降水に伴う下降冷気(Rear flank downdraft)が作るガストフロントの水平シアーを引き延ばすことにより形成されること(8)(9)を示した.しかし,これらの解像度は最小で50mであり,竜巻そのものの解像にはやや不足している.また,これ以上解像度を上げると,使用している乱流モデルが破綻する.
3. 自由空間上における組織化の再現
3-1 非スーパーセル竜巻
自由空間中で移動可能な竜巻渦を再現するには,古典的な竜巻模擬装置から脱却する必要がある.そこでまず,非スーパーセル竜巻の発生メカニズム(10)である水平シアーに伴う鉛直渦度の伸張を再現することを試みた.伸張するための上昇気流はファンを用いて簡単に再現できる.水平シアーを作る際,すぐに拡散することなく床面に滞留することが必要であったため,ドライアイスミストを用いた.ドライアイスミストは,積乱雲からの降水とともにもたらされる冷気外出流に相当するため,これ自体が実在の大気状態をよく模擬するものである.Fig.1においてファンは左から右に移動する.また,ドライアイスミストは画面奥から手前へ流出している.ドライアイスミスト流出口の左側は時計回り,右側は反時計回りの回転をそれぞれ生む水平シアーがあり,ファンがその上に位置するときは,渦度伸張により、それぞれの回転をもった竜巻渦が形成されていることがわかる.竜巻渦はファンの移動とともに移動するが,水平シアーのないドライアイスミスト流出口の前では,床面付近に鉛直渦度の源が亡くなるため,渦は消失する.このようにして非スーパーセル竜巻を簡単に再現することが出来た.
Fig. 1 Tornado-like vortex generated by the fan moving across
horizontal shear lines near the floor.
3-2 スーパーセル竜巻
先述のように,スーパーセル下層の流れを再現するには,MesocycloneとRear Flank Downdraftを模擬する必要がある.そこで,古典的竜巻模擬装置と同様な案内羽根型模擬装置を製作した.ここで,従来の装置と決定的に異なる点は,模擬装置と床面の間に自由な空間があり,案内羽根型模擬装置によって作られる渦状の上昇流は,Mesocycloneと同様に接地することなく上空に存在していることである.Rear Flank Downdraftは非スーパーセルと同様に,ドライアイスミストを用いて模擬できる.案内羽根型模擬装置の案内羽根の迎角と装置の高さを変えることによって,Fig.2に示すような4つの流れパターンが再現された.Fig.2aは吸い込み渦3つをもつ多重竜巻渦,Fig.2bは逆回転する一対の竜巻渦,Fig.2cは単一の竜巻渦,Fig.2dは竜巻が形成されない場合である.これらのうち,単一が現実に存在することは明白であるが,多重竜巻(11)や逆回転する一対の渦(12)も実際に観測されており,本模擬装置が様々なスーパーセルの流れ場を再現できるものであることが確かめられた.本模擬装置を用いて竜巻が発生しやすいMesocycloneとRear Flank Downdraftの条件を明らかにすることにより,レーダーによって検出されるMesocycloneの下で2割しか発生しないスーパーセル竜巻(13)の予測精度を向上させることが期待できそうである.
Fig. 2 Four flow patterns realized in the supercell simulator
多重竜巻が形成される場合について,熱線流速計を用いて計測した速度変動スペクトルをFig.3に示す.この計測の場合は,ドライアイスミストの代わりに床面1cmにのみ壁面ジェットを流してRear Flank Downdraftを模擬している.本実験における主渦の最大速度は高々1.6m/sであるが,スペクトル分布には明瞭な慣性小領域が見られ,多重竜巻の下層が発達した乱流場となっていることがわかる.また,半径方向速度成分に顕著に現れているピークは,吸い込み渦の通過を示しているものと思われる.現在は,これら再現された竜巻渦の詳細なPIV計測を進めており,多重竜巻の詳細な速度場も明らかにされるであろう.
Fig.3 Energy spectra of velocity fluctuations in a multiple-vortex structure
4. まとめ
竜巻の生成メカニズムに立脚した新たな竜巻模擬実験により,自由空間中で様々な竜巻が生成される過程を再現することができた.今後詳細なパラメータワークや定量計測を通じて,竜巻の構造や発生条件が明らかになっていくものと期待している.
大気現象は,竜巻以外にも様々な要因により,組織化される流れパターンが多く見られ,流体力学的に大変興味深い.竜巻の強度を定義した藤田博士が,機械工学出身であったことからも,大気現象を把握する上で機械屋のセンスは適しているのではないかと考えている.多くの流体工学者が大気現象の解明に挑戦されることを願う.
参考文献