流れ 2010年9月号 目次
― 特集テーマ: 環境流体 ―
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大深度をもつダム湖や湖沼のマイクロバブルを用いた水質浄化について
南川久人 |
1.はじめに
マイクロバブルと呼ばれる微細気泡群を自然環境下にある水域の水質浄化に適用しようという試みは既にいくつかある(1)(2)が,大規模かつ大深度を持つことの多い湖沼やダム湖に対して実用化していくためには,経済性,持続性がさらに大きな問題となる.経済性に関しては,水質浄化システムの初期投資費用と運転コストが,持続性に関してはメンテナンスやシステム交換の頻度がともに多大となりすぎないことが重要である.本稿で紹介するシステム(特に後述の実験IIのシステム)は,これらのことをできるだけ考慮したもので,今後の実用に一歩近づいたのではないかと考えている.本稿では,実際のダム貯水池において,酸素のマイクロバブル(3)を用いた2種類の深層曝気システムを適用して,底層の貧酸素状態を改善する実験を行い,その効果を検討した結果について述べるが,詳細については文献(4)に譲ることとする.なお,本研究は神戸大学市民工学科の道奥教授並びに道奥研究室のメンバーとの共同研究として行ったものである.測定については全般的に遂行いただいた.ここに謝意を表する.
2.実験について
図1に実験Iに用いた深層曝気システムの概要を,図2に実験IIに用いた深層曝気システムの概要を,それぞれ示す(4).いずれの曝気システムにおいても,ダム貯水池の最下流側にある堰堤のすぐそばの位置に上流側へ向けて酸素マイクロバブル含有水の放出口を設置した.その貯水池と堰堤の様子を図3に示す.また,いずれのシステムにおいても,本実験においては,気相として酸素発生装置により生成した酸素(純度約90%以上)を使用した.
図1 深層曝気システムI
図2 深層曝気システムII
図3 貯水池の様子
実験Iのシステムでは,図1のように水底部に取水用ポンプ(2.2kW)を配し,そのまま近接した場所に設置したマイクロバブル発生装置へ水を送る.ここで,このマイクロバブル発生装置(バイクリーン社製YJ-B21)へ酸素ガスを圧送し,深層部で気液混合する方式を採る.
実験IIのシステム(5)では,図2のように取水用ポンプ(2.2kW)を水底部に配することは変わらないが,取水した水を一旦水面近くまでパイプ(75A管)を通じて上向きに送り,水面近くに設置したマイクロバブル発生装置(バイクリーン社製YJ-B21)を通じて酸素ガスを微細な気泡として取り込んだ後,さらにより太いパイプ(100A管)を通じて低速で水底近くの放出口まで下向きに送る方式を採る.下り管でマイクロバブルを低速で送るのは,より長い時間,水とマイクロバブルを接触させて酸素溶解量を増加させる意図がある.酸素はヘンリーの法則により,深いところでより溶解しやすくなるので,この両方の効果で,酸素が十分に溶け込んだ水を放出できると考えている.なお,放出口では実験Iと同様に,水平に放出を行う.
実験を行った貯水池は,約27万m3の総貯水容量もつ.実験時の水流量及び酸素ガス流量は一部を除いてそれぞれ400 l/min,10 N l /minとした.いずれのシステムにおいても,本実験においては,気相として酸素発生装置により生成した酸素(純度約90%以上)を使用した.
酸素マイクロバブル含有水の放出口の位置はEL(標高)約159mで,放出口設置位置での水底はEL約156mである.水面は平均的には約176mで,放出口の平均水深は17.2mである.図4に放出口と測定個所の位置関係を示す.測定個所は,放出口と同じく堰堤のすぐそばで,かつ放出口から約20m離れた位置とし,表層部から底層部まで,ほぼ水深1m間隔で測定した.なお,実験・観測期間は2007年5月末~11月末の約半年間である.
図4 放出口と測定個所の位置関係
3.実験結果
○水温:図5に,実験期間中の測定点での水温の推移を示した.曝気運転の有無にかかわらず,期間中はEL170m~175mの位置に温度躍層が維持されている.このことから,全層循環による水質悪化を招くことなく,酸素供給が行えていたことを示しており,深層水域にマイクロバブル含有水を曝気することで水質を改善させようとする方法が有効であることを示している.なお,期間末期は11月であり,寒冷期へ移行したことから,表層水温が低下し温度躍層が消滅したものといえる.
図5 水温の推移
○溶存酸素飽和度:図6は,実験期間中の溶存酸素飽和度の推移を示したものである.各試験を行った直後から,溶存酸素飽和度が全層にわたって上昇する傾向がみられることが分かる.実験II-1の前にEL170m~175mあたりで溶存酸素飽和度が高くなっているが,この時期は夏季(8月)であり,植物プランクトンの活動とみられる顕著な酸素飽和度上昇がみられる.また,その値は1.2を超える.
図6 溶存酸素飽和度の推移
EL170mよりも浅い部分は,酸素飽和度0.5以上をおおむね維持して推移している.一方,EL170mよりも深い水域では,溶存酸素飽和度は深層曝気の運転の有無に大きく左右され,曝気運転時には飽和度はおおむね0.3を超えて安定するが,曝気運転を止めると0.1程度まで低下する.
また,11月の寒冷期に当たる150dayを過ぎた辺りから,全層において水温が均一化し温度躍層が消滅して,全層循環が始まった影響で,中層部や底層部にも上層部にあった高い溶存酸素が供給されていることが確認できる.
○濁度:図7に,実験期間中の濁度の推移を示す.主に,曝気運転を開始した後に,マイクロバブル含有水放出口より上方の中層域で濁度が上がっていることがわかる.これは,水中に溶存していた金属イオンが,曝気によって供給された酸素により酸化することによって,溶存態から懸濁態へ転移したためだと考えられる.また,150dayを過ぎたあたりから,全層において水温が均一化し全層循環が始まった影響から,水底部や中層部においても上層部から酸素が供給され,金属イオンの懸濁態化が起きたことで,曝気した時と同様に濁度が増加したものと考えられる.
図7 濁度の推移
また,II-1の実験後,底層部において濁度が増している.これは,実験II-1で発生した懸濁態が水底へ沈み固着しようとしているのがうかがえる.これは,実験II-2やII-3でも同じような傾向がうかがえる.
4.深層曝気システムと酸素供給効果
Table 1に各実験の物質移動容量係数kLaを示す.全体的な傾向として,実験Iよりも実験IIのほうが物質移動容量係数kLaの値が大きくなっている.これは,水底部に設置したマイクロバブル発生装置に酸素ガスを圧送してその場で微細化して放出する方法よりも,水面に近い水圧の低い状態のところで酸素ガスを微細化して送り込み,その酸素ガスバブル混合水を水底近くの放出口へ送り込む方が,より効率よく酸素を供給できていることが分かる.
表1 物質移動容量係数 kLa
Number of period | Oxygen Gas Flow Rate [Nl/min] | Water Flow Rate [l/min] |
kLa [l/s] |
I-2 | 10.0 | 400 | 0.026 3 |
I-3 | 10.0 | 400 | 0.033 1 |
II-1 | 6.67 | 350 | 0.056 4 |
II-2 | 10.0 | 300 | 0.041 7 |
II-3 | 10.0 | 300 | 0.035 9 |
5.まとめ
今回の実験の結果から,以下のようなことが明らかとなった.貯水池の底層部分へのマイクロバブル含有水曝気によって,底層部分を中心に温度躍層までの範囲にわたって溶存酸素濃度の改善効果が得られる.しかし,曝気水深よりも深い位置については,顕著な溶存酸素濃度の改善効果は得られなかったことから,設置可能ならば,閉鎖水域の最深部へ曝気することが望ましい.また,マイクロバブル含有水の深層曝気では,温度躍層を壊すことなく溶存酸素濃度の改善効果を得ることができる.
このほかにも,深層曝気をすることによって,温度躍層より深い底層から中層にかけて,水を汚染していると考えられる電解質(金属イオン)を溶存態から懸濁態へ変え,水底に固着することが確認できた.
マイクロバブル発生装置を水底近くに設置し,その水底近くまで酸素ガスを圧送してから混合し放出する方式(実験I)と,マイクロバブル発生装置を水面近くに設置し,一旦水面近くまで底層水を吸い上げ,水面近くで酸素ガスを混合し,再び底層部分へ送り放出する方式(実験II)では,後者の方が水質改善効果は高いといえる.
参考文献