流れ 2011年9月号 目次
― 特集テーマ: 流体工学における女性研究者・技術者 ―
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流体科学研究所の女性研究者たち
伊賀 由佳 |
1 はじめに
東北大学の附置研究所である流体科学研究所では,流体機械という無骨な専門性のため,先の高速力学研究所時代も含め,およそ70年近くも研究者のほとんどが男性でした.女性研究者が1人もいない時期が長く続いたこともありましたが,現在では4名の女性教員のほか,博士研究員など多くの女性研究者が研究・教育活動で活躍しています.
女性が継続して仕事を続けるには,一般に2つの深い谷を越えないといけないと言われています.1つ目は出産,2つ目は子供の小学校入学です.流体科学研究所では現在,女性研究者の継続的な研究活動を支援する様々な取り組みを行っています.例えば,出産から子供がある程度自立するまでの研究時間が確保しづらい時期には,専属の技術補佐員を付け,研究の効率化を図ります.また,出産後,なるべく早い職場復帰を実現するために,授乳・搾乳スペースが完備されています.さらに,東北大学には,ベビーシッター料金の支援制度や,学内保育所,病後児保育室など,心強いサポートがあります.そのほかにも,国際会議派遣支援など,スキルアップのための様々なプログラムがあります.この様な多くの支援制度を利用すれば,深い谷を越えることも不可能ではありません.そして現在,流体科学研究所には,新しい女性研究者が集まり,育ち,研究所創立以来,最も多くの女性研究者が所属しています.
女性教員4名は流体科学をキーワードに,工学,理学,宇宙物理,情報,様々な分野から集まりました.本稿では,個性の異なる4名の略歴と,現在,流体科学研究所で行っている研究について簡単に紹介します.
2 略歴および研究紹介
2.1 ターボポンプに発生するキャビテーション不安定現象の解明
伊賀は,2003年に東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻で博士(工学)を取得後,1年間の博士研究員期間を経て,2004年に東北大学流体科学研究所の助手(現在,助教)に採用されました.専門は流体工学で,流体機械内の気液二相流動の研究を行っています.
キャビテーション現象とは,高速流体機械中の羽根車などの低圧部において,液相が気相へと相転移する現象で,その非定常性や壊食性が流体機械の振動・騒音,性能低下,損傷などの原因となることで知られています.特に,液体ロケットのターボポンプは小型軽量化のために超高速回転(約40,000rpm)となっており,インデューサと呼ばれる入口の軸流ポンプではキャビテーションは不可避的に発生します.インデューサに発生するキャビテーションは,キャビテーション不安定現象と呼ばれるポンプの異常振動をしばしば引き起こし,これを抑止するための工程が打ち上げコストを増大させる一要因となっています.
私は,三枚羽根インデューサを三枚周期平板翼列で模擬し,独自のキャビテーションモデルによる数値解析手法を用いて,このキャビテーション不安定現象の解明に取り組んでいます.本手法では,個々の不安定に対する境界条件やモデルを付加することなく,一次元不安定であるキャビテーションサージと,二次元不安定である旋回キャビテーションを,流れ場の条件により再現することができます.これまでの研究では,通常のポンプで発生する旋回失速現象とは反対方向に伝播する,インデューサ特有の旋回キャビテーションの伝播機構について考察しました(1)(図 1).また,キャビテーションサージに伴う脈動発生機構(2),翼列多段化によるキャビテーション不安定現象の制御(3),液体ロケット打上げ時の加速度の影響(4),極低温流体への拡張と熱力学的効果(5)などについての研究を行っています.
図 1 旋回キャビテーション発生時に各翼列翼に発生する不均一キャビテーションの様相(左)と,超同期・同期・亜同期旋回の発生機構の模式図(1)(右)
2.2 ガラス形成物質やコロイド分散系における流動相でのダイナミクスの解明
寺田は,九州大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程を単位取得後退学し,1997年に東和大学中央科学研究所助手に採用され,東和大学工学部助手を経て,2001年東北大学流体科学研究所の助手(現在,助教)に採用されました.2007年に,東北大学大学院工学研究科で博士(工学)を取得しました.専門は複雑流体です.
複雑流体はその複雑性と流動性に特徴がありますが,特にガラス形成物質のガラス転移近傍におけるゆっくりした緩和現象やコロイド分散系における緩和現象は,短時間から長時間,さらに,非常に小さな空間スケールからオーダーが大きく異なる空間スケールまでの複雑な時間空間スケールを同時に取り扱う必要があります.そこで,私たちのグループは,統計物理学を基礎とした理論的アプローチと東北大学流体科学研究所が所有するスーパーコンピュータを用いた大規模な数値実験や数値計算を行うことによって,これらの問題に挑戦しており,その中で,私は数値実験と数値計算を主に行っています.
その一例が図 2で示した磁性コロイド一層膜に磁場を垂直に印加させ,コロイドのダイナミクスを見た計算機実験です.磁性コロイド分散系については,すでに,高濃度領域は磁性流体やMR流体として様々な分野で応用されていますが,希薄な領域ではいまだ応用がなされておりません.一層膜や薄膜に閉じ込められた状態については最近になって基礎研究が始まり,実験で,印加磁場を強くすることで,液体状態からガラス状態への遷移や結晶相への相転移が生じることが,報告されています.そこで,私たちのグループでは,計算機実験で,膜厚や磁性コロイドの粒度分布を変化させることによって,膜面内のコロイドやコロイド鎖の拡散がどのように変化するのかを明らかにし,粒度分布,膜厚,コロイドの面積分率などが異なっていても,長時間自己拡散係数の平均コロイド間磁気相互作用依存性は,特異点でスケールすることにより,私たちのグループの徳山が理論的に提案した一つのマスターカーブで記述できることを示しました.さらに,膜厚,粒度分布などを制御することによって,ガラス遷移や結晶相転移が生じる点を制御することができることを明らかにしました(6)(7).このほかにも,剛体球流体や剛体円盤流体の計算機実験を行い,次元性の違いのダイナミクスへの影響(8)や,剛体球流体やコロイド分散系のガラス転移近傍のダイナミクスについても研究(9)(10)を進めています.
このような基礎物性を解明することによって,複雑流体の学理構築や,新奇材料の開発,既存の材料のより高度な制御への貢献を目指しています.
図 2 磁性コロイド一層膜に磁場を垂直に印加した状態のスナップショット
(作成協力:東北大学流体科学研究所未来流体情報創造センター)
2.3 流体の数値シミュレーション
中野(岩上)は,2009年に東北大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻で博士(工学)を取得後,早稲田大学理工学術院にて日本学術振興会特別研究員(PD)を経て,東北大学流体科学研究所の助教に採用されました.専門は数値流体力学で,スーパーコンピュータを利用した流動現象の数値解析とその手法に関する研究を行っています.
学生の頃は,学部・修士課程で一様流中の物体から発生する渦と音波の研究(11)を,博士課程で超新星爆発において発生する球状衝撃波の不安定性の研究(12)(13)(14)を行いました.今でも続けている超新星爆発の研究は,宇宙物理学と輻射流体力学の専門家の先生方との共同研究です.重力崩壊型超新星は,太陽よりも8倍以上大きい質量を持つ恒星が進化の最終段階で起こす大爆発で,元素の起源にかかわる重要な現象であるにもかかわらず,その爆発メカニズムは未だに完全に解明されていません.球状衝撃波の不安定性は爆発に対し重要な役割を果たすと考えられており,詳細なメカニズムを明らかにするために三次元数値計算を行っています(図 3).
助教に着任してからは,東北大学の流体科学研究所の計算複雑流動分野で,複雑形状・移動・変形する物体周りの流れを精度よく計算できる可能性があるVolume Penalization法(VP法)の研究を行っています. VP法は,埋め込み境界法の一種であり,物体領域を多孔質媒体と見なして運動方程式に外力項を与えることで物体の存在を表現することができる手法です(図 4).複雑な形状をした物体,あるいはその物体が運動したり,形状を変えたりするような場合にも応用可能です.現在は,VP法の誤差の性質や,誤差低減の方法に関する研究を進めています(15).
図 3 重力崩壊型超新星で衝撃波発生後の星中心付近のエントロピー等値面図.
最も外側にある半透明の部分は衝撃波面を表している.
図 4 Volume Penalization法の概念図
2.4 視覚解析支援環境の開発
竹島は,1999年にお茶の水女子大学大学院人間文化研究科で博士(理学)を取得後,お茶の水女子大学大学院人間文化研究科助手,東北大学流体科学研究所助手,お茶の水女子大学大学院人間文化研究科助手,日本原子力研究所博士研究員を経て,2005年に流体科学研究所の助手に採用され,昨年度,講師に昇任しました.専門は情報科学で,コンピュータを利用した可視化に関する研究を行っています.
視覚解析支援環境の開発では,慶應義塾大学理工学部の藤代一成教授とともに,対象データの性質やユーザの可視化目的などから,それらに適した可視化技法を提示し,選択した技法を用いた可視化結果を自動的に生成するシステムの開発を行っています(16).図 5は,本システムの使用例です.一般に,数値解析や実験を行う科学者や技術者は可視化の専門家ではないため,視覚解析に多くの時間を費やすことは本意ではなく,いつも特定の可視化技法だけを用いている傾向があります.しかし,実際には数多くの可視化技法が存在し,使用する可視化技法を変更したり,可視化パラメタ値を調整したりすることにより,得られる可視化結果は大きく変化し,それによって得られる情報量も変わってきます.そこで,システム内部に可視化の専門家の知識を反映した知識ベースを組み込むことにより,対象データに適したさまざまな可視化技法を容易に適用することが可能になります.また,本システムでは,可視化結果として得られる画像だけでなく,使用したデータや可視化技法,可視化パラメタ値などを一括管理する機能も兼ね備えています.さらに,視覚解析処理の履歴を保持することにより,どのような経路を経て最終的な可視化結果を得たかを一瞥することができます.これらの情報を蓄積,解析し,システムが学習することにより,最適な可視化結果を得るための可視化処理を得ることができると考えています.
このほか,微分位相構造に基づく高度可視化(17)(18)(19)や,大規模粒子系可視化システムの開発(20)などに取り組んでいます.
図 5 視覚解析支援システムの操作画面
3 おわりに
流体分野に女性研究者が増えればいいことがあるのか?女性らしい流体の研究とは何か?女性が研究する必要はあるのか?私たちは多くの支援を受け,注目されているが故に,日々悩み,答えを探し続けています.しかし,現段階で私たちが思うのは,研究には多様性が必要で,年齢,性別,専門性,価値観が異なる研究者が,流体を様々な角度から研究しているからこそ,新しい発見や展開があるのではないだろうかということです.女性らしさという意味ではなく,多様性の一つという意味で,流体科学の発展に何か貢献できればと願っています.そして私たち4名は,これからも個性をぶつけ合いながら,流体科学研究所以外の女性研究者や女子学生さんたちのロールモデルにもなれるよう,研究・教育活動に精進していきたいと思っています.
参考文献