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流れ 2011年9月号 目次

― 特集テーマ: 流体工学における女性研究者・技術者 ―

  1. 巻頭言
    (小林,菊地,山川)
  2. 流体科学研究所の女性研究者たち
    伊賀 由佳,寺田 弥生,中野(岩上) わかな,竹島 由里子(東北大学流体科学研究所)
  3. 海洋再生可能エネルギーの利用に向けて
    猿渡 亜由未(北海道大学)
  4. 女性エンジニア・研究者の育成
    鬼頭 みずき(奈良工業高等専門学校)
  5. 流体工学を専攻したきっかけ
    岡林 希依(宇宙航空研究開発機構)
  6. 企業の研究者として -夢の実現に向けて-
    浅野 由花子(日立製作所)

 

海洋再生可能エネルギーの利用に向けて


猿渡亜由未
北海道大学

1. プロフィール

  筆者が流体力学に出会ったのは学部2年生の専門の講義の時である.もともと高校生の時から力学が好きだったので,流体という形を定義できないものの運動をどう記述するのかについて興味を持ったのを覚えている.流体力学の講義は他の講義に比べて難しいと感じたが,その難しさにもまた魅力を感じた.大学の研究室配属の際にも流体が扱える研究室の中から一つ(海岸工学)を選び,そのまま流体の事を研究し続け現在は海岸工学研究者として働いている.

 ところで筆者は“女性研究者”や“働く女性”などをフィーチャーした特集やイベント等が苦手である.というのも筆者はまだ働く女性が経験する典型的な問題である結婚,出産,介護などを経験した事がない為か,これまでに女性だからといって同年代の男性との違いを特段感じた事がないからである.女性はマルチタスクに長けていると言われる事があるが,自身について考えてみると筆者はどちらかと言うとひとつの仕事に集中する方が得意である.また一般的に女性はコミュニケーション能力が高いと言われる事があるが,筆者のコミュニケーション能力はそんなに高くない事を自覚している.恐らく筆者が男性であったとしても今とさほど変わる所はないだろうと思っているのでこの特集で何を書くべきか非常に困ったのだが,筆者はちょうど現在英国エジンバラ大学にて在外研究をする機会に恵まれており,それについて少し書きたいと思う.

 

2. 海洋再生エネルギー研究プロジェクト

  現在筆者はヨーロッパにおける海洋エネルギー発電に関するプロジェクトに参画する機会に恵まれ英国エジンバラ大学にて研究を行っている.海洋エネルギー発電とは主に波浪や潮汐のエネルギーを利用してタービンを回す事により発電を行うものである.ヨーロッパにおいて海洋再生エネルギー利用の為の研究分野は実用化までもう少しという段階にあり,イギリスを始め各地の大学や研究所等に所属する多くの研究者により構成される大規模な研究プロジェクトが複数進行している.プロジェクトは勿論海洋再生エネルギーによる発電施設の設置を最終的なゴールとして進められており,以下に示す様な研究が互いに関連し合いながら同時に進行している.

(1)リソース・サイト評価
波浪や潮汐流を数値モデルを用いて計算する事により利用可能な海洋エネルギーリソースの空間分布や季節変動,デバイスのライフタイムに渡るエネルギー生成量,異常海象の発生確率などを定量化すると共に,海洋エネルギー発電に最適なサイトを選定する.また数値モデリングだけではなく気象,海象の長期観測,地形の現地測量等も行われる.
(2)発電デバイス周りの流体運動の数値計算
数値流体力学的手法により波浪,潮流中におけるデバイスの応答,及びデバイス背後における流れ場の変化について明らかにする.
(3)室内水槽実験
室内水槽実験は波浪,潮流場における発電デバイスの応答やデバイス周りの流体運動等について詳細なデータを得る事を目的として行われる.(1)(2)の結果と組み合わせる事により最適な発電デバイスの設計を行う事ができる.
(4)洋上実験
コントロールされた条件下で行う水槽実験とは異なり,波浪や流れ,気象条件をコントロールする事ができない実際の海洋上において発電デバイスのパフォーマンスや異常気象に対する耐性等をテストする事が目的である.同時に洋上デバイスの設置,維持,管理に必要なコスト評価や洋上から陸上への送電テスト等も行われる.
(5)環境,社会,経済への影響評価
周辺の地形,生物への影響に関する環境アセスメントや発電装置の新設にかかる社会,経済への利益,損益双方の予測を行う.また,地域住民の理解を得る為の説明や広報活動等行われる.

 海洋エネルギー発電研究は風力発電分野から30年程度遅れた状態にあると聞く.今から30年後,世界各地の海洋で波力,潮力発電デバイスを見付ける事ができるようになるかもしれないと想像すると研究へのモチベーションが上がってくる.

 

3. エジンバラ大の研究者たち

  エジンバラ大学における研究者たちについて少し触れたいと思う.筆者が現在在籍しているのはエネルギーシステム研究所という工学系の組織である.多くの研究者と学生が波浪や海流,気流に関する流体工学研究に取り組んでいる.本研究所における教授等のアカデミックスタッフの女性率は恐らく日本と同じくらいだが,20~30代の研究者,博士課程学生の女性率は日本よりも高いように感じる.日本でも変わらないと思うが,この研究所でも学生を含めたすべての女性/男性研究者がそれぞれ自信を持って研究に取り組んでいる.学生であっても一研究者として研究しているという自信が感じられ,博士課程の学生にそれぞれの研究について話を聞くと自分の研究について情熱と自信を持って説明してくれる.非常にいい雰囲気であると感じた.ここで多くの意欲ある若い研究者達と知り合えたことは筆者にとっての財産であると思う.

 

4. 若い人たちへのメッセージ

 筆者自身まだまだ未熟である為やや書き辛いのであるが,これから将来どの様な分野で働くかについて考えている学生に向けて書きたいと思う.筆者は性別等のどうしようもない理由が不利に働く事はないと信じている.自分の興味のある分野は何かを見極め,これから先の進路を選択して行けばいいと考える.興味のある分野に身を置いていれば将来的に何かの困難にぶち当たっても乗り越える意欲が湧いて来るであろうと思うからだ.もしその興味ある分野が流体力学であれば,流体が面白いと感じて研究している筆者にとって非常にうれしい.

更新日:2011.9.9