流れ 2011年9月号 目次
― 特集テーマ: 流体工学における女性研究者・技術者 ―
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流体工学を専攻したきっかけ
岡林希依 |
1.はじめに
これを読んでいる方はもうすでに流体工学を専門にされている方がほとんどかもしれませんが,エンジニアや研究者を目指す,または目指そうか迷っている女性の方も読んでいらっしゃることを期待して,僭越ながらメッセージをおくりたいと思います.機械工学,流体工学を志すきっかけやヒントに少しでもなれたなら幸いです.
2.流体工学を専攻したきっかけ
小さい頃から宇宙に興味があり,星座の観察をしたり,図鑑に載っている惑星や銀河の写真をボロボロになるまで飽きることなく眺めたりするような子供でした.ブラックホールはなぜすべてをのみ込むのか?太陽はどのくらい熱いのか?惑星はなぜあんなに美しい色をしているのか?宇宙の果てには何があるのか?宇宙に対する興味が尽きることはありませんでした.
そんな子供の頃を経て,中学校生活も終わりにさしかかったころ,たまたまテレビで「アポロ13」という映画が放送されました.最初は「宇宙もの」だから,と軽い気持ちで見ていただけでしたが,次々に起こるトラブルを解決していくエンジニアや管制官の活躍が言葉にならないほど格好良かった.それは思いがけず胸を震わせるものでした.こんな仕事があるんだ――偶然見ていた映画が与えてくれたその感動はあまりにも強く,私の進路をも変えてしまいました.その頃は正直なところすっかり物理や数学に挫折していましたが,航空宇宙工学に関わる仕事に就くなら工学部に進むよりほかないと思い,そのための勉強を始めました.自由な雰囲気の女子校に通っていたこともあり,男子の目を気にせず思う存分勉強しました.今思えば,それだけ熱意を持てる目標を見つけられたのは,私にとって幸運なことでした.
大阪大学では梶島岳夫先生のもと,キャビテーションのCFDをテーマに研究をしていました.数値計算をやってみたかったということもありますが,配属にあたり研究室を見学した際に,キャビテーションという現象がロケットエンジンで問題になると知り,その興味から研究室を決めたのが流体工学を専攻したきっかけです.キャビテーションと乱流の相互作用を考慮した乱流モデル開発というかなりチャレンジングな課題でしたが,その分やりがいがありました.図1はその計算結果の一部です.また,研究を通してロケットエンジンの研究開発に関わるエンジニアや研究者とディスカッションの機会を持つことができました.これは学生だった私にとってはとてもエキサイティングなことであり,たいへん勉強になりました.梶島先生には学会発表やプロジェクトの参加など,数えきれないほどのチャンスを与えていただきました.
図1:混合層に生じるキャビテーションの計算結果(緑:渦,白:キャビティ)
研究を始めた当初から,Navier-Stokesの式(といくつかの数理モデル)を計算して解くことで流れが再現できることがなんとも不思議でおもしろく,仕事でもCFDに関わっていきたいと思っていました.博士課程に進学してさらに研究を進めるうちに,流体工学そのものに興味が移ったこともあり,最初の志がいくらか薄れたときもありました.しかし,学会等でJAXAの研究者と話すうちに,やはり航空宇宙工学に関係する研究をしてみたいと再び思うようになり,運良く今の仕事にたどりつきました.
3.現在取り組んでいる研究内容
4月に入社したところで,まだ取り組み始めたばかりですが,現在は航空・宇宙の両分野で,主に空気力学に関する研究を行っています.
航空工学の分野では,燃費がよく環境に優しい航空機の実現を目標に,基礎研究を行っています.巡行時の抵抗の約1/2は摩擦抵抗であり,機体表面を覆う乱流境界層の摩擦抵抗を低減できれば,燃費向上に大きく貢献します.抵抗低減技術はこれまでにも様々なものが提案されていますが,技術面・コスト面で実用化が難しいのが現状です.JAXAではその中でも実現可能性が高いと考えられるリブレット(流れ方向に伸びたミクロンサイズの溝の列)の実用化に向けて研究開発を進めており,私はその中でもリブレットの効果の調査や最適形状の探索のための基礎的なCFDに取り組んでいます.リブレットは乱流中に発生する渦の運動を抑えることにより,乱流摩擦抵抗を低減することが知られています.リブレットの使用によって,旅客機では2%程度の抵抗低減効果が見込まれており,CO2の排出削減に貢献することが期待されます.
また,宇宙工学の分野についても,極超音速風洞を用いた宇宙機の風洞試験や,それに対応する数値計算などに携わっています.
4.メッセージ
最近は工学部のキャンパスにも女子学生が増えてきたように感じますが,機械工学分野ではやはりまだまだ少ないのが現状です.私は卒研から博士取得まで同じ研究室に在籍し,最後の一年以外はずっと女子一人でした.ただ,最初こそほとんどが男子学生であることに驚きはしましたが,飛び込んでみたらみたで,なんとでもなるものです.研究室で女性が一人のときも,みんなと楽しく過ごさせてもらいました.だから,興味はあるけれど女性が少ないから心配,という理由で理工系分野に進むのをためらわれているなら,それはとてももったいないことです.強い意志があれば,興味を持つことに向かっていくのに,男も女もありません.最近は女性のエンジニアや研究者も確実に増えてきており,家庭を持ちながら働く道も,より広く切り拓かれつつあります.あまり構えることなく,興味の赴く分野へ飛び込んでほしいと願っています.