流れ 2011年9月号 目次
― 特集テーマ: 流体工学における女性研究者・技術者 ―
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企業の研究者として -夢の実現に向けて-
浅野由花子 |
はじめに
私の小学校時代の国語の教科書に,「マイクロマシンのゆめ」という説明文が掲載されていました.その中でも特に印象深かったのが,「マイクロマシンという超小型の機械により,体を切り開いたりせずに,体内の悪いところだけを治療することができるようになる」というくだりでした.
マイクロマシンとは,ミリメートルオーダーからマイクロメートルオーダーの機械構造をもつ超小型機械を指します.私は,現在,(株)日立製作所の研究所にて,マイクロマシンの1つである,手のひらサイズの化学反応器であるマイクロリアクタの研究開発に携わっています.
企業への就職を選択したきっかけ
私の専門は理論化学であり,学部/修士/博士課程を通して量子化学計算による様々な光反応のメカニズム解明を研究テーマとしていました.理論化学の分野では,専門性が高いことから,博士号取得後は,ほとんどの人が大学や公的研究機関で研究を行っています.
私が大学で理論化学研究室を選んだのは,理論(計算)によって欲しい物性をもつ化学物質の分子構造を予測し,実際に実験で合成して確認することにより,有用な新規化学物質を開発したい,という思いからでした.しかし,当時はまだ計算機の能力に限界があったため,小さな分子であっても定量的な計算を行うのには非常に時間がかかりました.
転機が訪れたのは博士課程2年のときでした.指導教授が化学系企業の研究所の方と親交があった関係で,量子化学計算によるフォトクロミック反応のメカニズム解明を研究テーマとして,1年間,企業の研究所で研究する機会をいただくことになりました.
この企業での1年間の研究生活の中で,自分の専門分野以外の研究開発に対しても,自分の専門が活かせる可能性が十分にあり,また,専門分野が異なる人たちと仕事を行うことで自分自身を高めていけると感じました.そこで,就職先として,敢えて自分の専門分野である化学の専門家が少なく,機械や電気の専門家が多い企業である(株)日立製作所を選びました.
企業での研究開発
マイクロリアクタは,マイクロメートルオーダーの微小な流路をもつ化学反応器の総称であり,分子拡散の効果により流体を迅速に混合させることができ,マイクロ空間により精密に温度制御することができます.その結果,従来法(バッチ法)に比べ,化学反応および濃縮工程を効率よく進行させたり,均一な乳化液滴を生成させたりすることが可能となります(図1).また,マイクロ空間により,従来法では危険を伴う化学反応でもより安全に進行させることが可能となり,新規プロセスの革新につながると期待されています.
図1 マイクロリアクタの効果が期待される例
図2 日立のマイクロリアクタシステム マイクロプロセスサーバー®
((株)日立プラントテクノロジー製)
我々が研究開発したマイクロリアクタ(システム)は2006年に製品化されており(図2),お客様のニーズに応えるべく,マイクロリアクタへの適用系を拡大するために,日々研究開発を進めています.
製品の特性上,医薬系企業や化学系企業の方々と接することが多く,また,マイクロリアクタの効果を確かめるために実際に化学実験を行うことから,化学の専門家としての知識や経験は十分に活かすことができています.また,マイクロリアクタの製品化に当たっては,機械や電気の専門知識を必要とするため,普段は機械や電気の専門家の人たちと研究開発を行っています.従って,勉強の毎日ではありますが,日々新しい知識や経験を得ることができ,充実した会社生活を送っていると感じています.
また,マイクロリアクタも含め,1つの学問分野だけに属する製品はほとんどなく,複数の学問分野を必要とする製品ばかりです.実際に,複数の学問分野を融合させることによって,従来とは異なった素晴らしい製品を生み出す可能性があり,今後は,学際領域での研究開発がさらに進んでいくと感じています.
おわりに
近年,2000年頃に小型カメラを搭載したカプセル内視鏡が販売される等,マイクロマシンが産業分野に適用されてきており,小学校時代に読んだ「マイクロマシンのゆめ」が「現実」になろうとしています.また,マイクロリアクタにより,これまで合成できなかった新たな化学物質の合成を行うことも可能になり,私が目指している夢の実現にも一歩近づいたと言えます.
製品に関わる仕事は体力勝負になりますが,女性のほうが体力的に不利であるのは事実で,かなり健康には気を遣いますし,同僚を始めとする周囲の協力も欠かせません.しかしながら,研究所の中には,結婚や出産をしても仕事を続けている人たちが何人もおり,とてもパワフルで心強いです.また,女性ならではの細やかな心配りは,研究開発を進めていく上でもプラスに働くと自負しています.今後も,企業での女性研究員の一人として頑張っていきたいと思います.