流れ 2013年4月号 目次
― 特集テーマ:流体工学と世界No.1技術 ―
| リンク一覧にもどる | |
高速車両向けトンネル内圧力変動解析
阿部行伸 |
1. はじめに
新幹線をはじめとする高速鉄道車両は,環境にやさしい移動手段として世界各国で建設が進められている.しかしながら,鉄道車両という大きな物体が高速で移動する場合には,騒音・振動を始め多くの課題が発生する.このような高速車両が走行する上での課題に対して,世界で最も対策が進められているのが新幹線だと言える.これは,狭い国土をもつ日本では生活環境の中に新幹線の線路を建設し,車両を走らせなければならず,住民の生活環境と高速鉄道の利便性を両立させるための努力の産物といえる.
高速鉄道が発生する環境への影響について,流体工学に関連する課題として空力騒音とトンネルにおける圧力変動を挙げることができる(1).これらのうち,空力騒音に関しては速度の6乗に比例することが知られており,集電装置や車間構造など多くの対策が取られている.一方でトンネルにおける圧力変動については,その時間変化が重要であり,これは速度の3乗に比例するとされる.トンネル入り口における圧力変動,つまりトンネル微気圧波は新幹線が250km/h以上での高速走行を始めたころから明確な課題として浮かび上がっており,射込み試験をはじめとした実験的なアプローチにより現象の解明,併せて数値流体解析(CFD)の手法も研究されてきた(2)-(5).近年では,新しい車両の開発に対しては数値流体解析を用いたアプローチに加え,最適化技術も活用されてきている(6).
一般的に,トンネルではない区間における高速車両の周りの流体解析を行う場合,圧縮性について考慮する必要はない.しかし,トンネル内部での場合を考えた場合,特に,トンネル内部の車両のすれ違いのケースでは,圧縮性を考慮した解析を行う必要がある.日立では圧縮性流体解析の開発を行っており,新幹線車両の空力的な課題に活用し車両開発を行ってきた.近年,日立では新幹線の車両開発で培ってきた技術を用いて欧州向け車両の開発を行っており,解析技術についても欧州規格や仕様についての検証に活用している.圧縮性解析についてもトンネル内部の圧力変動の解析に適用している.
本稿では,高速鉄道の環境に対する影響のなかでも,流体力学に関連する課題として,トンネルにおける圧力変動について3次元圧縮性解析を用いたアプローチを紹介する.その事例として,まず,車両のトンネル突入を模擬したスケールモデルでの射ち込み試験についてその実測結果と解析結果の比較,また,3次元圧縮性解析を用いたトンネル内での車両すれ違い解析の事例について紹介する.
2. トンネル微気圧波の解析
新幹線をはじめとした高速鉄道では,車両がトンネルに突入する際にトンネル内部の圧力を一時的に上昇させる.圧力が上昇した領域がトンネル出口の方向に音速で伝播する.この時,圧力変動の波面が急激に切り立つ場合があり,この切り立った波面がトンネル出口に到達すると大きな音や振動を引き起こすことがある.この現象はトンネル微気圧波と呼ばれている.トンネル微気圧波はトンネルの断面積と車両の断面積の比,車両の突入速度の3乗に比例することが知られている.これに対して,インフラ側の対策としてはトンネルの入り口部に緩衝工と呼ばれるフードを設けることがある.一方,車両側の対策としては,先頭部の断面積変化をなだらかにすることによりトンネル微気圧波の問題が緩和されることが知られている.
新しい車両を開発する場合, 車両の形状を変更しながら走行試験を行うには限界があるため,多くの場合,数値解析を行いながら開発を行うことになる.この時,解析結果が実際の現象を再現できていることが重要である.このため,日立では高速車両のスケールモデル(1/30スケール)を作成し,この模型をトンネルに射込む試験を実施し,同じ条件での解析を行った結果と比較を行った.なお,解析は3次元圧縮性解析で実施している.一般的にトンネル微気圧波はトンネル内部で計測する圧力の時間微分値,つまり,圧力勾配の値が大きいほど顕著になることが知られており,指標としてもこの値を用いる.図1にトンネル突入直後の車両およびトンネル壁面の圧力分布を,また,図2にトンネル内部のある地点における圧力勾配の時間変化について,実測結果と解析結果の比較を示す.図1に示すように,車両の前方に圧力が急上昇した領域が形成されており,これが前述のように音速でトンネルの出口方面に伝播することになる.この時,トンネル内部の圧力勾配についても,図2に示すように,圧力の上昇とともに一時的に急上昇している.ここで,実測値と解析値を比較すると3次元圧縮性解析の結果は実測結果とよく一致していることが分かる.最大圧力勾配の値を用いてその誤差を検証すると,およそ5%程度の誤差で,この値を予測できることがわかっている.
新しい車両の開発に際し,トンネル微気圧波に対する性能を向上させる場合,このような圧縮性流体解析を用いて,車両の先頭部分における断面積の変化や形状を変化させながら解析を実施する.最終的には図2に示す圧力勾配の最大値,つまり,最大圧力勾配の値を小さくした形状がトンネル微気圧波に対する性能が高い先頭形状となる.
Fig. 1 Pressure distribution on the train surface and tunnel wall.
Fig. 2 Time history of pressure gradient in the tunnel.
3. トンネル内でのすれ違い解析
トンネルへの突入以外でトンネル内部での圧力変動を引き起こす事例としては,トンネル内部において車両がすれ違うケースが挙げられる.トンネル内部での車両のすれ違いの場合,前述のトンネル突入時の圧縮波がトンネル内部で互いに干渉するだけではなく,車両の前縁部分に生じている高圧の領域が,車両がすれ違うことにより作用し,大きな圧力変動が発生する.欧州では,高速走行時の圧力変動がトンネル壁面に与える影響を小さくするために,トンネル走行時の最大圧力変動が規格や仕様などで規定されている場合が多い.このため,欧州の鉄道車両ではトンネル内部のすれ違い時の圧力変動を車両の設計段階で予測する必要がある.つまり,流体解析を用いたアプローチによってあらかじめ発生する圧力の変動が規定されている数値を下回ることを示す必要がある.
日立では欧州向けの車両の開発に際して,前述の3次元圧縮性解析を用いてトンネル内部での車両のすれ違いの条件を模擬した解析を実施した.図3に解析結果から車両およびトンネル壁面の圧力分布を示す.この結果から,車両がすれ違う場合に,大きな圧力変動が生じている様子が分かる.この時のトンネル壁面における圧力の時間変化を図4に示す.この結果から,車両のすれ違いに際してトンネル壁面に対して圧力変動が発生していることが分かる.この圧力変動の最大値と最小値間の差をみると3.6[kPa]程度となっている.実際には,トンネル突入時の圧縮波やその反射波の影響も加わることから,この効果も考慮に入れながら,欧州の規格で定められている上限値10[kPa]を下回っていることを確認した.英国Class395の納入にあたっては,欧州や英国の規格,また,顧客仕様で定められた項目に対してこのようにさまざまな解析技術を用いて性能の確認を行った.
Fig. 3 Pressure distribution of trains surface and tunnel wall.
Fig. 4 Time history of pressure in the tunnel.
4. おわりに
鉄道車両が高速で走行する場合の環境に与える影響に対して,解析技術を用いたアプローチを紹介した.鉄道車両のように何度も試作・試験,そして改良を行うことができない製品に対しては,解析技術を用いた製品の検討は重要な意味を持つ.しかし,解析技術は現象を再現できて初めて意味をもつものである.今後も,解析結果と実験における計測を実施,精度を検証しながら技術を進めていく必要がある.このような技術を通じて,よりよい製品の開発を進め,社会に貢献したいと考える.
文 献