流れ 2013年4月号 目次
― 特集テーマ:流体工学と世界No.1技術 ―
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大規模数値計算による液体燃料噴霧の乱流微粒化・混合特性の解明
新城 淳史 |
1.緒言
航空機,ロケット,自動車のエンジン等においては,タンクでの可搬性や取り扱いの容易さから実用上は液体燃料が使われることが多い.液体燃料を燃焼させる場合には,その前段階として燃料蒸気にして空気(酸化剤)と混合して混合気を形成する過程が必要になる.エンジンのスペースの関係から混合は急速に行わなければならないため,いかに噴霧を設計するかが燃焼性能を決めることになる.また,燃焼状態はNOxやCO, CO2などの燃焼排出物の生成とも密接に関係しているため,噴霧の形成について詳細に知る必要がある.
噴霧燃焼は一般にエンジン内では乱流状態で起こり,様々なスケールの現象が同時に起こっているため非常に複雑である[1].これまで多くの研究が精力的に行われたが,大別して主に2つの方向性がある.1つは,実機からの要請で実スケール火炎の挙動を調べることである.火炎の局所構造や全体構造,液滴との干渉,排出物の生成などが実験的にも解析的にも調べられている[例えば2,3].もう1つの方向性は,単液滴や少数の液滴列など設定を極端に単純化する代わりに現象の詳細の計測や解析を行うものである.火炎の燃え広がりや群燃焼形態の基礎など様々なことが解明されてきている[例えば4,5].
一方,これまで困難であった点は,噴霧がどのようにしてできるかという点である.噴霧の形成情報,すなわち液滴径や液滴分布が噴射ノズルからの液体噴射によってどのようになるか,を本質的に知ることは容易ではなかった.そのため,例えば上記の実スケール問題では一番上流側の噴射ノズルの部分をある程度下流の実験データの加工で代用したり,簡単なモデルで与えたりしている.これは噴射ノズル部分に恣意性を含んでしまっていることになるのが難点である.燃焼器の数値解析などでは,全体的な挙動を実験結果と比較し結果を見ながらモデルのパラメータチューニングを行うなどの実際的な対応が行われてきた.これは,技術的手法としてはありかもしれないが,厳密にはサイエンスではない.また,単液滴や液滴列では,最初の設定時に決まった径の液滴がそこにあるものとしており,その液滴がどのようにしてできたかは問題にしていない.しかし,噴霧においては液滴径やその分布は全体挙動に強く影響するため,本来はその生成物理機構を明らかにする必要がある.
本研究では,ノズル噴出し後の噴霧形成過程に注目し,その物理機構を解明することを目的にする[6-9].これにより,これまでの2つの研究の方向性についてその両者を繋ぎ,最上流の噴射ノズルから最下流の火炎や排気までを一貫して扱うことができるようになり予測精度が上がると期待される.
噴射ノズル直下の理解が困難であったのは,対象が小スケールで高速であり液体比率が高い(濃い)ため実験的観察が困難であったこと,また数値解析においても要求資源量が大きく実施が困難であったこと,などの原因がある.近年になって,実験での計測技術が進歩し,ノズル直下の濃い噴霧であっても観察が可能になりつつある[10,11].一方,数値計算においては,対象とする場において空力作用と液滴生成最終段階での表面張力の解像が必要であることから必然的に高解像度格子を要求するが,近年になりようやく実現するようになってきた[12].実機に近い噴霧では噴射速度が速く,生成される液滴や液糸が小さいが,表面張力は局所の曲率によるため,正しく形状を解像していないと物理的に正しい解を得ることができない.本研究では,その局所の曲率までも解像するような直接数値計算の手法で現象の解明に挑む.
2.問題設定と数値解析法
対象とする噴霧は,円形ノズルから静止空気中に高速液を直進噴射する形態のものである.流れ場の条件はコールドフローで,噴孔直径0.1mm,雰囲気圧3.0MPa,液体密度848kg/m3,気体密度34.5kg/m3,噴射速度100m/s,表面張力30.0e-3N/m,液体粘性2870e-6 Pa·sであり,半径を基準にして,液体レイノルズ数および液体ウェーバー数はそれぞれ1470,14400となる.これは自動車エンジンの軽油燃料噴射に近い.蒸発反応込みの場合は,雰囲気温度を900Kに上げるので対応して空気密度が小さくなる.
界面の追跡はレベルセット法をもとにした[6].レベルセット法単体では体積保存性が悪く液体が減っていくので保存形のVolume of Fluid (VOF)法と組み合わせる.界面だけを細かい格子で解き,気相場は比較的粗く解く手法も提案されているが[12],気相乱流渦や拡散混合の解像のためにはあまり望ましくないので採用しない.移流項の離散化にはCIP法を使用した.計算にはJAXAスパコンJSSを使用した.格子点数はコールドフローでは最大約60億点,蒸発反応ありのケースでは約22億点とした.計算実施時点では世界最大規模の解析となっているが,それでも計算領域長さはノズル直径の最大15~20倍程度にとどまっており,今後の進展の余地はまだある.
3.結果の概要
まずコールドフローの噴霧形成を示す[6-8].図1はジェット先端部の微粒化の様子(界面形状)と生成される気相の微細渦(速度勾配テンソルの第2不変量で可視化)の構造を示している.図では分かりにくいが微細な構造もそれぞれ解像している.まず,静止気体に高速の液体が衝突することでジェット先頭部が乱されここに傘形状が形成される.傘の背後には再循環領域が形成されている.傘は気相から見れば半球であるので,相対的に見てエッジから渦放出しながら気流がはがれる.この運動は渦放出間隔での微粒化を誘起するので液滴分布は空間的にムラを持ったものになる(図2).流れはすぐに乱流化し液滴の周りの気相場は非常に乱れたものになる.微粒化は最初に乱れを受ける先頭部の傘エッジから起こるが,時間の経過とともに液柱コアの表面も不安定化していきここからも微粒化が起こる.この詳細については文献[8]を参照されたい.
液滴生成の微粒化過程を時系列に詳細に追っていくと,液面の大変形,大変形からの液糸の分離,液糸からの液滴生成というプロセスを共通して経ていることが分かる.このとき,液滴が液糸から生成されるときにはウェーバー数が1のオーダーになっている(図2)[6].これは噴射直後に高速であった液体が流れ場の中で減速し細分化し,最後は表面張力が支配的になって液滴生成が起こることを意味する[13,14].したがって,液糸・液滴のサイズや分布を決めているのは設定した噴射条件であり,流れ場の構造を把握することで最終の液滴径や分布が予測できると考えられる.
Fig. 1 Spray shape (left) and turbulent eddies (right). The color indicates the axial velocity.
Fig. 2 Droplet number density distribution (the lower half is shown where the liquid flows from left to right) [7] and Weber number at droplet generation [6]
次に,燃焼との関連で液体燃料からの蒸発,混合を入れたケースを考える[9].計算スケールの制約から化学反応が火炎として支配的に働くまでの現象は追えないが,初期の混合状態の追跡はできる.過去の液滴列の研究の知見では,液滴数密度あるいは液滴間距離によって混合・燃焼形態が変化することが示されている[4,5,15,16].そこで,平均液滴数密度の大きいところと小さいところに着目し非定常挙動を見てみる.実際,図2に示すように微粒化機構によって液滴数密度には空間ムラが生じるので局所の蒸発混合の仕方は異なると考えられる.
図3および図4にその様子を示す.図3はある瞬間の全体図であり,色は燃料蒸気の質量分率を示す.場所により蒸気がクラスタ化して濃いところとそうでない薄いところがあることが分かる.図4では,色は燃料蒸気の質量分率を示し,黒線で縁取りしたものが液滴もしくは液糸の断面を示す.可視化方向の違いにより,左図では気相の相対流れは右下から左上へ,右図では左上から右方向である.流線は先頭液滴を基準に描いてある.どちらも非定常な渦放出が見られるが,気相流れ自体が変動を持っているのでこのような渦放出が起きやすい[17].左図は,液滴間距離が短い場合に相当し(L<5D, Lは液滴間距離,Dは液滴直径),近接液滴間で蒸気雲が合体してクラスタ化していることが分かる.クラスタの内部は燃料分率が高く,また蒸発の効果で温度が低い.一方,右図のように液滴間距離が長い場合は(L>8D),各液滴は孤立して存在し蒸気の分布は渦の影響を受けてはいるがクラスタ化していない.また,液滴間距離だけではなく気流の速度変動などの乱流特性も混合に大きく影響するため現在もデータ解析を進めている.このような燃料と温度の分布は,この後の燃焼(着火)の特性に大きな影響を与えると考えられるため,適切にモデル化して燃焼器全体の流れ場のスケールまで拡張していくことが今後重要である.
Fig. 3 Fuel vapor distribution (mass fraction)
Fig. 4 Unsteady vortex-droplet interaction and fuel vapor mixing. Fuel clustering is observed for L<5D (left) and no fuel clustering is observed for L>8D (right).
4.結言
噴霧燃焼において,未解明な部分が多い噴霧根元の液滴生成過程の解明のために大規模数値計算を利用して取り組んでいる結果を紹介した.その結果,乱流微粒化の物理過程が次第に明らかになってきた.微粒化は空気力と表面張力の作用により起こるが,それは設定した流れ場によって起き方が決まり最終的な液滴の分布もそれに影響される.また,蒸発を入れて混合を見た際には,その液滴分布が重要になるため,噴霧燃焼を考える際には液滴の出来方も含めて考える方向に進むのがやはり正しい道である.今回実施した計算は規模としては現時点で最大規模ではあるがそれでも実スケールにはまだ届かない.今後さらに大規模な解析を行って現象の解明を進めるのと同時にモデル化を行って実スケールへとつなげていく研究を進める予定である.
謝辞
本研究は,名古屋大学大学院工学研究科航空宇宙工学専攻の梅村章教授との共同研究として行われました.ここに記して謝意を表します.
参考文献