流れ 2018年3月号 目次
― 特集テーマ:第9回日韓熱流体工学会議(TFEC9) ―
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可変マイクロギャップ電極を用いたイオン電流場の計測
福田 敬志
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1.はじめに
2017年10月,沖縄県宜野湾市沖縄コンベンションセンターにて開催された第9回日韓流体工学会議 “The 9th JSME-KSME Thermal and Fluids Engineering Conference(TFEC9)” において,光栄にも優秀講演表彰をいただきました.日本機械学会関係者の皆様および選考委員会の皆様に厚く御礼申し上げます.本稿では,発表内容に関しまして,我々が独自に発案しました可変マイクロギャップを用いたイオン電流場の計測に関する研究概要について紹介いたします.
2.マイクロ・ナノ空間におけるイオン電流
近年,一枚の基板上で分離,反応,抽出など一連のプロセスを進行させるLab on a chipと呼ばれる技術が注目されている.工程の一つとして,生体高分子や花粉アレルゲン等の検出または識別があり,方法の一つに電気計測が挙げられる[1-4].検体より得られる電気信号の差異からその個性が識別される.しかしながら,そのような応答は周囲流体に存在するイオンや分子の動きによる影響も含んでいると考えられ,対象が周囲の信号に埋もれてしまう可能性がある.したがって,物質固有の特性を確実に読み取るために,対象とそれを取り巻く周囲環境との切り分けが重要な課題とされる.特に,電解質溶液に含まれるイオンは,その濃度や空間スケールにより多様な振る舞いを見せ,マイクロ・ナノスケール特有の現象については未解明な点も多い.我々は,それらの諸問題について分子流体力学の視点からアプローチしてきた[1-5].電解質溶液中において,イオンは,電場に加速されて電気泳動で移動するとともに濃度勾配が形成されることによって拡散する.これはイオンの流束で考えることができ,現実にはイオン電流として計測される.本研究では,微小空間に生じるイオン電流を計測するための可変マイクロギャップ電極を設計製作し,それを用いた現象の時空間スケール解析を行った.
3.実験方法
図1,2に示すように,ステンレス鋼に金メッキを施した切頭円錐形電極対を作製する.切頭円錐形電極を正極とし,対のリング電極を負極とする.両電極にはどちらも5π/180 rad.のテーパがついており,それらの表面が互いにかみ合うように設計されている.z軸方向への変位をΔhとし,両電極表面が接する点を基準とすると,電極間距離dは,以下のように書ける:
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Fig. 1. Schematic illustration of experimental device.
Fig. 2. Relationship between displacement Δh and microgap d between electrodes.
そのため,マイクロギャップを高精度で可変に調整することが可能となる.また,ガラス管とテフロンで作製された台を組み合わせ,溶液のリザーバとしている.リザーバの内部に負極を設置する.正極をz軸方向に可変なスタンドに固定し,負極が設置されたリザーバをxyz軸方向に可変な微動ステージに置く.正極を固定したスタンドで粗動の位置合わせを行う.
図3に実験系の全体図を示す.電圧の印加にはファンクションジェネレータを用いる.抵抗は外部抵抗として回路にデバイスと直列に繋ぎ,系の時定数を変化させるために使用する.Δhの計測にはレーザー変位計を用いる.ファンクションジェネレータの正極をデバイスの正極に接続し,デバイスの負極を,外部抵抗を介してファンクションジェネレータの負極に接続する.計測にはマルチメータを用い,ファンクションジェネレータの印加電圧と,抵抗に印加される電位差を計測した.本実験では直列回路を想定しているため,外部抵抗に流れる電流とデバイスに流れる電流は等しくなる.したがって,得られた電位差を外部抵抗の値で割ることでオームの法則から電流値が求まる.
Fig. 3. Schematic illustration of experimental setup.
電気二重層は一種のキャパシタとみなすことができるため,本実験の回路図は近似的に図4のように描くことができる.
Fig. 4. Equivalent circuit of experimental setup.
Rsは溶液の抵抗,Cs1,Cs2は電気二重層のキャパシタを表す.そのため,この回路の解は
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となる.ここで,
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であり,R'およびC'は,それぞれ溶液と外部抵抗の合成抵抗および電気二重層の合成静電容量となっている.RsおよびCs1,Cs2は,溶液の抵抗と電気二重層のキャパシタであり,時々刻々と変化する.そのため,実際の現象は式(2)に厳密には従わないが,得られる電流応答は線形に近似すれば概ね指数関数的に減衰することが予測される.
4.結果および考察
得られた電流応答の一例を図5に示す.電極間距離を10 μmに調整し,250 Ωの固定抵抗を接続し,0.10 mol/L および1.0 mmol/L のKCl溶液を用いて0.10 Vの電圧を印加した場合の実験結果である.また,得られたデータはノイズを含んでいたため,フーリエ変換により高周波成分を取り除いている.図5より,高濃度溶液の電流値のピークが高くなり,減衰速度が小さくなっていることが分かる.これは濃度が高いことに起因する拡散の影響であると考えられる.電圧が印加された直後,溶液中のイオンは電場を遮蔽する向きに動く.微小空間に高濃度の溶液が閉じ込められるとき,電場に応答するイオンの絶対数が多いために溶液中の濃度場に偏りが生じる結果,濃度勾配を緩和する向きに拡散が生じ,電流の減衰にかかる時間が増加したと考えられる.また,外部抵抗を接続して系の時定数を大きくし,同電圧に対してデバイスに印加される初期電圧を低下させたことで,拡散現象が顕在化したと考えられる.電極間距離と電解質濃度を調整することによって,微小空間において外部電場に応答するイオン流動現象のダイナミクスを詳細に捉えることが可能となった.
Fig. 5. Experimental results and related phenomena in transient ionic current responses.
5.おわりに
本稿では,マイクロギャップを連続的に可変とする切頭円錐形電極対を設計製作し,電解質溶液で満たされた電極間に電圧を印加することによるイオン電流応答について計測と解析を行った.その結果,電極間で電場に曝されるイオンの絶対数が多くなるほど,イオンの電気泳動により生じる濃度場の偏りが顕著になり,その後に見られる濃度勾配を緩和する向きの拡散現象が明らかにされた.
謝辞
末筆ではございますが,学会当日の会場にてご聴講,貴重なご意見をいただきました皆様,選考委員会の皆様,並びに本稿への執筆機会を与えてくださいました日本機械学会流体工学部門関係者の皆様に深く感謝申し上げます.また,実験を行うにあたって,ご意見、ご協力をいただいた研究室の皆様に深く感謝の意を表します.
参考文献