流れ 2019年12月号 目次
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流体機械と渦流れ現象
古川 雅人 九州大学
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1. 緒 言
現代の文明社会で利用されている流体機械は枚挙にいとまがない.特に,ライフラインを支える流体機械は文明社会の心臓であると言える.このような流体機械の歴史は古く,その起源は古代にまで遡る.例えば,風車は紀元前3600年ごろエジプトで灌漑に使われたという記録があり,流体機械は人類が発明した最も古い機械と言っても過言でない.翻って考えると,流体機械は成熟した分野であるだけに,その性能向上は容易でない上,解決せねばならない問題は厄介なものばかりが残っている.
流体機械のうちでも,ターボ機械は,その作動原理に羽根車まわりの循環がかかわることから,渦の作用を有効に利用した機械と言える.すなわち,ターボ機械の羽根車は循環発生装置であり,非粘性の渦あり流れを仮定しても説明できる現象がターボ機械の内部流れ場には多々現れる.特に,羽根まわりの循環が主流部に放出される場合には,極めて強い渦が形成され,その渦構造が流れ場を支配するとともに,ターボ機械の不安定特性を引き起こすことがある.このような観点から,ターボ機械における内部流動現象の理解には,その流れ場に形成される渦構造を把握することが重要となる.例えば,動翼列流れ場では,コリオリ力および遠心力が作用するのみでなく,翼端漏れ渦,馬蹄形渦,コーナーはく離渦およびカルマン渦などの巨大な渦構造が現れ,流れ場に著しい影響を及ぼすとともに,これらの渦構造は周囲の壁面境界層と干渉して極めて複雑な流れ形態を呈する.このような実用問題における複雑渦流れ現象を対象とする場合,EFD(Experimental Fluid Dynamics)解析とCFD(Computational Fluid Dynamics)解析とを併せて適用し,両者を補完し合うことにより,流動現象を解明することが必要となる.このようなEFD/CFDハイブリッド解析では,実験そのものをCFDで置き換えるのではなく,EFDによる計測結果を補完し,流動現象をより深く解明することを目的としてCFDを活用するのである.
以下では,著者が長年にわたって,EFD/CFDハイブリッド解析(1)と知的可視化(2)を駆使した内部流動診断技術により,圧縮機動翼列における翼端漏れ渦の崩壊現象,旋回失速の初生メカニズム,および半開放形プロペラファンにおける翼端渦の三次元挙動などを解明した事例について紹介する.
2. 流体機械における渦流れ現象の解明
2・1 翼端漏れ渦の崩壊現象
ターボ機械の長い歴史の中で,この渦崩壊が翼列流れ場で発生することはまったく指摘されてこなかったが,1997年の第42回ASME国際ガスタービン・航空エンジン会議において,圧縮機動翼列における翼端漏れ渦の崩壊現象が著者(3)とSchlechtriemら(4)により偶然にも同時に初めて発表された.前者は斜流圧縮機羽根車において流れ方向の逆圧力勾配に起因した翼端漏れ渦崩壊が,後者のSchlechtriemらは遷音速軸流圧縮機動翼列において衝撃波との干渉に起因した翼端漏れ渦崩壊が発生し得ることを示した.
著者らは,EFD/CFDハイブリッド解析を実施することにより,低速の斜流圧縮機羽根車の翼端漏れ渦が設計点でさえ崩壊していることを見出したが(3),渦崩壊の発生要因が強い渦の巻上がりおよび渦軸方向の大きな逆圧力勾配であることを考慮すると,斜流圧縮機羽根車では,軸流圧縮機に比べて大きな設計翼負荷を与える結果,同程度の翼先端すき間であっても,強い翼端漏れ渦が形成され,設計点においてさえ漏れ渦の崩壊が起きたものと解釈される.一方,軸流圧縮機では,設計翼負荷が低いことから,設計点において漏れ渦崩壊が発生することは極めて稀であるが,流量が低下して翼負荷が増大すると,漏れ渦の旋回度が強くなると同時に翼列内の逆圧力勾配も増加する結果,失速点近傍で漏れ渦が崩壊する場合がある.著者は, EFD/CFDハイブリッド解析と知的可視化に基づいて低速軸流圧縮機動翼列の失速点近傍における翼端漏れ渦の挙動を詳細に解析した結果,失速点近傍において,翼端漏れ渦がその縦渦構造を維持できなくなって渦崩壊を起こし,図1に示すとおり,翼端漏れ渦の挙動に劇的な変化が生じることを明らかにした(5) (6).
図1 軸流圧縮機動翼列の失速点近傍における翼端漏れ渦の崩壊
著者は,シュラウドなしの遷音速遠心圧縮機羽根車においても,旋回失速の初生近傍で翼端漏れ渦の崩壊が発生すること,およびその崩壊は一部の翼間のみで発生し,すべての翼間で同時に発生することはないことを新たに示した(7).しかしながら,翼あたりの設計空力負荷が増加すると,翼端漏れ渦崩壊の発生挙動が一変することを示している(8) (9).すなわち,設計翼負荷が増大すると,漏れ渦が強くなると同時に翼列内の逆圧力勾配も増加することから,同じ大きさの翼端すき間であっても,低流量条件で翼端漏れ渦のスパイラル形崩壊が全ピッチで発生し,その崩壊に伴う低エネルギー流体によるブロッケージ効果が翼先端部の全周にわたって現れる結果,旋回失速セルの形成が見られないことが初めて指摘された(9).このことは,翼端漏れ渦の崩壊が圧縮機内で発生すると,一般に悪影響が空力性能に現れるが,設計翼負荷分布を介して翼端漏れ渦の旋回強さと翼間内の逆圧力勾配を調整することにより,翼の失速が発生する前に,翼端漏れ渦の崩壊を全ピッチで引き起こすことが出来れば,羽根車での旋回失速の発生を抑制可能であること示している(10).
2・2 旋回失速の初生メカニズム
減速翼列では,流量が減少(迎え角が増大)して失速が発生し始めると,翼の失速した領域(失速セル)が周方向に部分的に現れ,その失速セルが翼列内を周方向に伝播する現象,いわゆる旋回失速が現れる.この旋回失速が発生すると,翼列性能が大幅に低下するのみでなく,翼に振動応力が加わることで翼の疲労破壊を引き起こすこともあり,高圧力比の軸流圧縮機の場合,翼列全体が失速していなくとも,旋回失速は圧縮機の作動限界を支配する非定常流動現象の一つである.この旋回失速は,圧縮機そのものだけでなく配管系を含むシステム全体の大規模な流量・圧力変動を引き起こすサージの前駆現象でもある.したがって,旋回失速の初生が起きる作動点を予測することは軸流圧縮機の設計において極めて重要である.この旋回失速の初生メカニズムの解明は流体機械に関わる古くからの重要な問題であり,これまで解明できなかった難題であったが,最近になって著者の九州大学グループ(11)とMIT・ケンブリッジ大学グループ(12)によりそれぞれ個別に漸く解明がなされた.
旋回失速の初生時においては,剥離などの現象が発生と消滅を繰り返す過渡現象が流れ場を支配することから,この過渡現象を捉えるためには,現象のスケールに対応した空間領域(ボリュームあるいは面)にわたる瞬時の流れ場を時系列で計測することが不可欠となる.著者のグループでは,動翼列の翼間1ピッチにわたるケーシング壁面上の瞬時圧力分布計測法と時空間内挿法を駆使したEFD解析技術を新たに考案することにより,軸流圧縮機動翼列における失速初生過程の非定常計測に成功している(11).このような失速初生過程に現れる非定常流動現象を実験(EFD)のみから解明することは極めて困難であることから,詳細な非定常CFD解析として大規模なDES(Detached Eddy Simulation)解析もあわせて実施するとともに,CFD計算結果から流動現象を的確に抽出するために,計算結果に知的可視化を施した(11).以上のEFD/CFDハイブリッド解析の結果から,著者のグループはスパイク形旋回失速の初生メカニズムが,図2に示すように,翼端での前縁剥離から引き起こされた竜巻状の剥離渦に支配されていることを明らかにした(11).さらに,同様のEFD/CFDハイブリッド解析により,著者のグループは軸流圧縮機動翼列における旋回失速の初生メカニズムに及ぼす翼端すき間流れの影響も明らかにしている(13).
図2 軸流圧縮機動翼列の旋回失速初生における渦流れ構造
上述した旋回失速の初生メカニズムは単段の低速軸流圧縮機に対する知見であり,実機の多段軸流圧縮機にも適用できるのか,すなわち動・静翼列干渉の影響およびマッハ数効果は不明である.このような観点から,著者のグループは産業用ガスタービンの実機に用いられている多段軸流圧縮機を対象として,スーパーコンピュータ「京」上で約20億格子点を用いた大規模なDES計算を実施するとともに,その非定常計算結果に知的可視化を施すことによって,多段軸流圧縮機における旋回失速の初生メカニズムを調べた結果,動翼先端での前縁剥離ではなく,図3に示すとおり,静翼のハブ側におけるコーナー剥離に起因する失速初生が起こり得ることが明らかにされている(14).
図3 多段軸流圧縮機静翼列の旋回失速初生における渦流れ構造
2・3 プロペラファンにおける翼端渦の三次元挙動
プロペラファンは換気用に単体で使用されるだけでなく,空調機や電子機器などに組み込まれて送風および冷却の用途に広く使用される流体機械である.省エネルギー化の観点から,その空力性能の向上が求められるとともに,近年では空力騒音の低減の要求が高まっている.このようなプロペラファンでは,設置スペースの制約から,動翼のまわりには軸方向長さの短いシュラウドのみが装着され,翼前縁および翼先端の一部が上流に開放される半開放形の形態となる場合が多い.半開放形プロペラファンの流れ場は,翼全体がケーシングで完全に覆われた軸流ファンとは異なり,外部流れと内部流れが混在し複雑な三次元性を呈する.その結果,半開放形プロペラファンの渦流れ現象は十分に解明されてこなかった.
著者は開放形プロペラファンを対象として,LDV計測によりファン羽根車の内部流動をEFD解析するとともに,LES(Large Eddy Simulation)計算と知的可視化によりファン羽根車内の渦流れ場を詳細にCFD解析することによって,開放形プロペラファン内で形成される複雑な渦流れ構造を初めて明らかにした(15) (16).その後,著者は開放形プロペラファンに対して4,600万格子点を用いた大規模なDES解析を実施し,その計算結果から渦同定に基づく知的可視化を駆使して,図4のように翼端渦の軌跡,そのまわりの速度および圧力の分布,渦核の循環量などを初めて定量的に示し,翼端渦の三次元構造およびその発達過程を明らかにしている(17).
図4 プロペラファンにおける翼端渦まわりの旋回速度分布
3. 結 言
著者が長年にわたって実施してきた流体機械に対するEFD/CFDハイブリッド解析と知的可視化について述べるとともに,それらを駆使した内部流動診断技術により圧縮機動翼列における翼端漏れ渦の崩壊現象,旋回失速の初生メカニズムおよび半開放形プロペラファンにおける翼端渦の三次元挙動などの渦流れ現象を解明した事例を紹介した.
ターボ機械の流動診断にも非定常CFD解析が今後ますます活用されるであろうことを考えると,非定常CFD結果から得られた知見を設計へ反映させる方法論を確立することが大いに望まれる.
最後に,ここで紹介した研究成果を得ることができたことは,良い研究環境に恵まれ,これまでにご指導およびご鞭撻を頂きました先生方,ならびに共に研究を遂行してくれた大学院生諸君のお陰であります.改めて深く感謝申し上げるとともに,今後とも流体工学の発展に更なる貢献を果たすことができれば幸甚の至りです.