流れ 2019年12月号 目次
― 特集テーマ:2019年度年次大会 ―
| リンク一覧にもどる | |
キャビテーションと溶存気体:キャビテーションのより良い予測を目指して
渡邉 聡 |
1. はじめに
キャビテーションは,液体の局所的な増速により圧力が飽和蒸気圧以下となり,微小気泡核を起点として液から蒸気への相変化が急激に生じる現象である(1).このことから,キャビテーションに関する無次元数としてキャビテーション数σ=2(pref - pν)/ρUref2(pref :代表圧力,pν:飽和蒸気圧,ρ:液密度,Uref:代表速度)が容易に導かれる.一般の研究でよくされるように,溶存空気を十分に取り除いた水を用いた高レイノルズ数(Re)下の実験では,キャビテーション数σを用いた相似則,すなわち速度二乗則が精度良く成立する.しかしながら,実液を用いる流体機器の実機においては,寸法効果(Re数効果)に加えて,液の空気含有量(溶存空気量),熱力学的効果等が機器のキャビテーション性能に大きく影響を及ぼし,σによる相似則からの逸脱が散見される.キャビテーションに対する溶存気体の影響は古くから多くの研究がなされているものの,いざそれを予測せよとなると未だに難しい.
さて,溶存気体の効果はその液中の拡散および気液界面における気相への析出により現れる.時定数が蒸発とは大きく異なるため,キャビテーションに及ぼす影響も流れ場やキャビテーションの形態によって大きく異なることが容易に予想される.本報告では,キャビテーションの発生形態によって異なる溶存気体の影響が相似則からの逸脱の原因であろうと考え,以下に示す3種の基礎形状に関する実験例を紹介させていただく.
2. 単独翼のキャビテーション
翼形はポンプ,水車や舶用プロペラの主要な動力伝達要素であり,キャビテーションは古典的問題として古くから扱われている.著者らの研究室でも,過去に研究例の多いClark Y-11.7%翼を対象に,キャビテーション解析の検証データ取得を目的にキャビテーション発生時の静圧分布計測(2),揚抗力計測(3)を実施するとともに,溶存空気量が直接的にキャビテーションの様相に及ぼす効果と,溶存空気の析出による水中の気泡核数増加が様相に及ぼす効果を切り分けることを試みている(4).Fig. 1は迎角α=2.0ºにおける揚抗力係数CL(色塗り記号),CD(白抜き記号)のキャビテーション数σ に対する変化を示す.DOは溶存酸素量の大気圧下における飽和量に対する割合を示し,High(赤)が80%以上,Middle(緑)が約50%,Low(青)が20%以下である.また,同図の下には,揚力の急低下(ブレイクダウン)直後の各DO条件下のキャビテーションの様相を示している.図から,低DO条件下では膜状の付着キャビテーションが最低圧力点に近い翼中央あたりから発生しているのに対し,中,高DO条件下においては鱗状に見える気泡群が翼負圧面に沿って流下しているのが確認できる.揚抗力の特性に戻ると,キャビテーションの様相に呼応して傾向が大きくことが分かる.すなわち,中高DO条件下では,より高いσにおいて抗力の激増とともに揚力の急低下が生じている.
溶存気体のキャビテーションならびに翼特性への影響は,迎え角によって大きく異なる(4).その現象の理解には,翼負荷分布および境界層の特性を十分に考慮する必要があり(1),このことは水環境の違いや実運転流量範囲が広い水力機械実機のキャビテーションを推定する上でも重要であることは容易に想像される.
Fig. 1 Cavitation performances of Clark Y-11% hydrofoil at angle of attack of 2 degrees. Bottom three photos show typical examples of cavitation with different gas content.
3. ノズルのシートキャビテーションの初生
斜流ポンプや遠心ポンプでは吸込みケーシングのコーナー部におけるキャビテーションが問題となることがある.このようなキャビテーションは,基礎研究でよく用いられるベンチュリ流路壁面に発生するキャビテーションに類似している.著者らは,小形のキャビテーションタンネルを用いて,二次元縮小拡大流路におけるシートキャビテーションの初生過程について,溶存酸素量(DO)と気泡核数を参照しながら整理を試みている(Fig. 2)(5)(6).なお,キャビテーション数σの代表速度Urefにはのど部の断面平均流速を用いている.図から,キャビテーションの初生は高 DO条件の方が高く,多数の気泡核が急膨張してキャビテーションが発生しているのに対し,中低DOの条件ではパッチ状の付着キャビティが生じていることが分かる.中低DOの条件で異なるσにおいて同様の付着キャビティが生じていることは,キャビティの内圧(すなわち析出気体の分圧)が異なることを意味しているが,その内圧の推定はこのようなシンプルな流れ系でも簡単ではない.なお,中DOの条件では,σの低下に対し浮遊気泡の増加により付着キャビティが消失している.
Fig. 2 Formation of sheet and bubbly cavitation in a 2-D converging-diverging nozzle for three
4. シートキャビテーションの内圧の計測
一般にポンプは低流量で運転するとその入口に再循環領域が形成される.この再循環領域を模擬するために,先の二次元縮小拡大ノズルに突起を設け,はく離域にシートキャビティを形成させてその内圧の計測を試みた(7).圧力計測はノズル壁面に沿った2カ所で実施し,容量12kPaの絶対圧センサで計測した.センサと計測点間は導圧管で接続されているが,計測中に管内に気泡が貯まらないよう注意を払った.代表流速には突起部の断面平均流速(4~8m/s)を用いている.溶存酸素量(DO)は20%程度である.気液界面の曲率が小さいことから,計測結果からその温度での飽和蒸気圧を差し引いて析出気体の分圧Pgを推定した結果を,横軸を試験部上流全圧PtankとしてFig. 3に示す.図から,DOが低い条件下であるにも関わらずkPaオーダーの分圧が存在するとともに,その分圧は流速に依存することが分かる.流速依存性については,溶存気体の析出が液内の気体分子の拡散に支配されることを考えれば,定性的には理解可能である.しかしながら,計測の再現性(実験条件の設定を含む)および精度に問題があり,現在,改善に取り組んでいるところである.
Fig. 3 Example of measurement of pressure inside sheet cavity
5. おわりに
キャビテーションにおける溶存気体の効果は,現象における副次的要素であると認識されがちであるが,流体機械実機や実液での現象を定量的に考える際には顕在化することの多い重要な課題である.本報告では,著者らの研究の三例について,恥ずかしながら失敗(?)と思われても仕方がないものも含めて紹介させて頂いた.今後も引き続いて溶存気体の効果,特に実際のキャビティ内部の圧力の高精度計測等を通じてその詳細メカニズムを明らかにするとともに,これを予測するためのキャビテーションのモデルの構築・向上を図っていきたい.
本報告の内容は,日本機械学会2019年度年次大会のEFDワークショップ「混相流」(企画者:渕脇先生,飯尾先生,稲澤先生,菊池先生)で話題提供する機会をいただき,著者らが個別に行っていた研究を一つの視点で見直したものである.このような貴重な機会を与えていただいた企画者の皆様,ワークショップにてご議論いただいた皆様に心から感謝申し上げたい.