流れ 2023年3月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会 3月号 ―
| リンク一覧にもどる | |
レーザー誘起マイクロジェット生成に伴うガラス細管破壊のメカニズム解明および破壊抑制機構の開発
関口 翔斗 東京農工大学 |
小林 和也 日本工業大学 |
田川 義之 東京農工大学 |
日本機械学会第100期流体工学部門講演会において,栄えある優秀講演表彰を頂いた.選考委員会ならびに流体工学部門関係者に深く感謝申し上げる.本報では,講演内容であるレーザー誘起マイクロジェット生成過程において発生する細管破壊現象のメカニズム,および開発した破壊抑制可能なジェット射出機構について述べる.
1. 緒言
従来の無針注射器は,液体ジェットの先端がジェットのノズル径よりも大きいジェットであるため,強い痛みを伴うことが報告されている(1).図1に示すようにジェット先端を集束形状にすることで,液体を拡散させることなく,皮膚への貫入が可能である.これにより,高い応力強度を示す垂直応力の発生を抑制し,貫入時の痛み低減が期待される(2).集束形状型マイクロジェット(以下,集束ジェット)を応用した,無針注射器の実用化に向けて,レーザー誘起のジェット射出制御に関する研究が行われてきた(3).しかし,ジェット生成過程において,細管破壊が発生する場合があり,破壊抑制が求められている.細管破壊が発生した場合,ガラス片の飛散による事故の誘発や,細管交換に伴うコストの発生が問題となる.したがって,集束ジェットを応用した無針注射器の実用化に向けて,細管破壊を抑制できるジェット射出機構の開発が望まれる.そこで本研究では,細管の破壊抑制を可能とするジェット射出機構の開発を目的として,破壊メカニズムを解明したのち,破壊抑制手法の評価・検証を行った.さらに,筆者が開発した破壊抑制可能なジェット射出機構における,ジェット速度・射出安定性の調査も実施した.
Figure 1 Video of laser-induced microjet (Frame rate : 5,000,000 fps, Shooting time : 10 µs, Jet velocity : 184 m/s).
2. 実験概要
実験装置を図2に示す.パルスレーザー(波長:532 nm, パルス幅:6 ns)を細管(内径d:0.50 mm, 外径D:0.80 mm, ホウケイ酸ガラス製)内の液体に対し,対物レンズ(倍率:10倍, 開口数:0.25)を用いて中央に集光する.レーザーの照射エネルギーEは,ハーフミラーによって分光されたパルスレーザーをエネルギーメーターによって測定する.カメラには超高速度カメラ(Kirana, NOBBYTECH, 撮影速度:5,000,000 fps)を使用する.細管内の液体には,吸光特性が異なるマゼンタインクと純水を使用する.破壊メカニズムの解明では,超高速度撮影による破壊挙動の観察を行う(図2(a)).その後,照射エネルギーEに伴う亀裂進展の観察より,破壊力学の観点から細管の破壊メカニズムを明らかにする(図2(b)).破壊抑制手法の実験的調査では,集光位置,対物レンズの開口数,細管の材質および厚さを変更することで破壊抑制を試みた.
Figure 2 Experimental overview diagram. Left: A sketch of the experimental setup. Right: Details of experimental methods.
3. 破壊メカニズムの解明
破壊挙動の動画および時系列画像を,図3(a-1)と(a-2)にそれぞれ示す.破壊メカニズムを解明するために,高い時間解像度を有する超高速度カメラを用いて破壊挙動の観察を実施した.いずれもレーザーは画像右側から集光しており,照射エネルギーEは約2.0 mJである.レーザー集光後に発現したプラズマの発光時刻をt = 0 sとする.マゼンタインクの場合,プラズマの発光から0.20s後にかけてレーザー誘起気泡の急膨張によって衝撃波が発生した.シャドウグラフ法より可視化された衝撃波の伝播速度は約1,550 m/sであった.
(1) |
ここで,は衝撃波によって圧縮される前の水の密度,は水中での音速(1,482 m/s),= 5,190 m/s, = 25,305 m/s, は静水圧である.式(1)より衝撃波の波面圧力は約50 MPaと算出され,ガラス細管の内圧強度((100)MPa)よりも高い圧力で内壁に作用した(4).衝撃波の伝播とほぼ同時刻に亀裂が発生し,時々刻々と亀裂は成長した.プラズマの発光から1.20s後には亀裂部から液体の流出が観察された.これらの挙動は純水においても類似しており,いずれもレーザーの集光軸を対称に特徴的な破壊挙動が見られた.
照射エネルギーEに伴う亀裂進展の挙動を図3(b)に示す.ここでは,異なる照射エネルギーEにおける亀裂進展の挙動を比較することで,衝撃波が亀裂進展を助長して破壊に至るメカニズムを破壊力学の観点から考察した.照射エネルギーEと亀裂進展の関係を考えるにあたり,プラズマの発光から0.20s後に見られた亀裂本数の違いに着目する.図3(b)より亀裂はE = 1.95 mJでは2本,E = 5.43 mJでは6本見られた.ここで,ガラスは高い応力が負荷される場合でも塑性変形せず,弾性変形後は亀裂進展により弾性ひずみエネルギーを解放する(5).すなわち,亀裂本数はエネルギー解放率Gに応じて形成された亀裂面に対応する.エネルギー解放率Gは,微小欠陥から十分離れた点における引張応力の2乗に比例しており,高い引張応力が作用するほど弾性ひずみエネルギーを解放するために新たな亀裂面を形成する必要がある.したがって,細管破壊はガラスに存在する微小欠陥に衝撃波が伝播することで力が作用し,応力集中が発生したとき,弾性ひずみエネルギーを解放するために必要な亀裂面の形成によって発生すると考える.
(a-1) | |
(a-2) | (b) |
Figure 3 Ultra-high speed images of glass tube breakage phenomena. (a-1) Videos and (a-2) Time evolution of breakage phenomena (Visualization of shock waves using the shadowgraph technique.). (b) Crack growth with laser energy magnitude.
4. 破壊抑制手法の実験的調査
衝撃波による破壊を抑制するために,図2右に示したように,管壁に作用する衝撃波の制御を行う「能動的破壊抑制手法」,および細管の強度向上を行う「受動的破壊抑制手法」をそれぞれ提案した.本報では,それらの手法のうち特に興味深い手法として,対物レンズの開口数NAを変更した手法を適用した際の破壊抑制結果を述べる.開口数NAを変更した場合における,レーザー誘起気泡の発生画像を図4に示す.開口数NAには3種類(0.10, 0.25, 0.40)を使用した.純水に対してNA = 0.40の対物レンズを使用したとき破壊は全く見られなかった.
(2) |
ここで,はレーザーの波長,はガウスビームと比較した時の集光度を示す物理量(エムスクエア値)である.上記の破壊が見られなかった理由は,式(2)より,開口数NAを変更することでレーリー長zR (スポット径を持続する長さ)に対応した,プラズマの発生長さを制御できたためであると考える.すなわち,開口数NAが大きい対物レンズは,細管中央に短いプラズマを発生させることができる.そのため,管壁までの伝播距離に伴って波面圧力が減衰し,管壁に作用する衝撃波圧力を低減できたため,細管の破壊抑制が可能であったと考える(6).
Figure 4 Generation positions of plasma and laser-induced bubble in the case of different objective lenses (NA).
5. 破壊抑制可能なジェット射出機構の評価
破壊抑制手法の評価・検証を踏まえ,細管の管壁を厚くすることで破壊を抑制し,開口数NA等の制御パラメーターについては速いジェット速度の生成を目的として複合的に組み合わせた.表1に示した実験条件における,衝撃波による内壁損傷発生までの平均ジェット速度,およびジェット速度の標準偏差のグラフを図5に示す.多数の組み合わせがある中で,本実験では表1に示した5つの実験条件でジェット速度を評価した.なお本実験では,マゼンタインクにおける細管の繰返し使用時のジェット速度を評価した.1本の細管につき15回の繰返し使用を1セットとしたとき,それぞれの条件において実験を5セット試行した.特に,表1より透過性に優れる石英ガラスを使用したNo.2は,皮膚へのジェット貫入が可能な200 m/s以上の高速ジェット,かつ比較的小さいばらつきを示している(7).石英ガラスはホウケイ酸ガラスよりも透過率が約4%高く,液体に投入されたエネルギー量が多いため,比較的速いジェット速度になったと考える.以上より,ガラス材質をホウケイ酸ガラスから石英ガラスに変更することで12%速いジェットの生成,さらに開口数NAを0.10から0.25に変更することで33%安定したジェットの生成に成功した.
Table 1 Experimental conditions.
Figure 5 Average jet velocityand standard deviation of jet velocityuntil inner wall damage occurs, depending on experimental conditions.
6. 結言
レーザー誘起マイクロジェットの生成過程において見られる細管破壊現象は,液体の吸光特性によらず,高圧な衝撃波が管壁に伝播したとき発生する.具体的には,ガラスに存在する微小欠陥に衝撃波が伝播することで力が作用し,応力集中が発生したとき,弾性ひずみエネルギーを解放するために必要な亀裂面の形成によって破壊は発生すると考える.次に,衝撃波による破壊を抑制するために,様々な抑制手法の評価・検証を行ったところ,衝撃波の発生制御を狙いとした,対物レンズの開口数NAを変更する手法を適用することで破壊抑制に成功した.透過性に優れた純水に対して,比較的短いプラズマの発生を可能とするNA = 0.40の対物レンズを適用することで,管壁までの伝播距離に伴って波面圧力が減衰し,管壁に作用する衝撃波圧力を低減できたため,破壊抑制が可能であったと考える.以上を踏まえ,破壊抑制可能なジェット射出機構におけるジェット速度,およびジェット速度のばらつき(標準偏差)を調査した.射出機構の繰り返し使用において,透過性に優れたガラスを適用することで高速ジェットの生成,ならびに大きい開口数NAを有した対物レンズを適用することで安定したジェットの生成に成功した.