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流れ 2025年12月号 目次

― 特集テーマ:2025年度年次大会 ―

  1. 巻頭言
    (森,金川)
  2. 2025年度年次大会・基調講演 「企業における流体工学研究<キャビテーションの話題を中心に>」・・・余話

    能見 基彦(荏原製作所)

  3. 企業連携活性化WG企画OS(オーガナイズドセッション)「脱炭素・カーボンニュートラルへの取組」について
    茨木 誠一(三菱総合研究所),小山 泰平(東芝),出川 智啓(名古屋大学)
  4. 技術交流会 開催報告

    山下 知志(三菱重工業),倉谷 尚志(本田技研工業)

 

2025年度年次大会・基調講演 「企業における流体工学研究<キャビテーションの話題を中心に>」・・・余話

能見 基彦
(株)荏原製作所

 さる9月8日,北海道大学で開催された年次大会にて表記の基調講演を行う機会を頂戴いたしました.企業に所属し,流体関連の研究部門に長年所属し,キャビテーションの研究に主に従事してきたことから,どれかの話題は話せるだろうと安易に発表タイトルを決めてしまいましたが,発表資料の準備を始め,はたと全て話さなければならないと気づき,自分の粗忽さに改めて気づかされました.それでも,なんとかツギハギだらけの文章とパワポ資料を完成させ,当日に臨んだ次第です.当日は,いろいろと質問やコメントを頂戴し,発表から少したった後にも参加された方から感想をお聞かせいただいたこともあって,聴講者の方のご興味を引く点があったことは,発表者冥利に尽きる思いです.

 当日,聴講されていない方のために,簡単に発表内容を記します.まず,技術系企業の社会的役割について私見を述べました.これは,あまり語られることが少ないように思われますが,企業は,多様な技術を社会に定着させ,これを維持し後世につたえる役割を持っているように思います.その技術の社会的ニーズがあってこその話ですが,すばらしく見える技術も,企業が商品化し,ニーズにこたえて作り続けなければ,その技術は消滅すると思います.(たとえ設計図は残っても)その意味で,企業の人類に対する責任(?)は意外に大きいと思います.また機械系の企業における研究のあり方に関しても,私見を述べました.これに関しては,一つのあるべき姿など決めようもなく,多様な見方を紹介するのにとどまりましたが,企業が,最適な研究組織作りや研究者の採用・育成を,どのように考えるかの事例をまとめてみたことは,自分にとっても勉強になりました.最後に,自分の拙い経験に基づき,企業を目指す研究者が,自分のキャリアを構築していくのに役立ちそうなヒントなど,少し議論をしてみました.

 さて,ここからは当日の講演会中の一エピソードと余談を書いておこうかと思います.ご笑覧いただければ幸いです.

1.世界最低タイトルを喪失した話.

 当日の発表では,人材育成や技術伝承の話題として社内のCFD教育に関する紹介も行いました.企業や大学において,どのようにCFD人材育成を行っているかは,前から関心のあったところですが,ある時期にターボ機械協会の協会誌の編集に携わる機会があり,そこで特集号を組むことができました.これは「ターボ機械」2022年09月号 第50巻 第9号《特集:ウチのCFD教育お見せします》として発行されました.五大学と四企業の記事が集まり,手前味噌ながら,なかなか壮観な特集になったと思いますので,よろしければ,御覧いただければと思います.この中で,私も共著で,荏原製作所内のCFD教育の取り組みを,紹介しています(1).今回の基調講演でも,その当時の教育課題を一つ紹介しました.それは,二次元キャビティ流れのCFDです.やや紛らわしいですが,キャビテーションとは全く関係がなく,正方形の閉鎖領域(cavity)に非圧縮性粘性流体が封入され,正方形の四辺の内,一辺だけがベルトコンベヤーのように平行移動することにより,粘性で中の流体が引きずられて流動するという問題です.CFD揺籃期のベンチマーク用に広く用いられ,古いながらも重要な問題です.これを自作のCFDプログラミング課題として,新人教育に使えないかと模索した時期がありました.私自身,非圧縮性流体のCFDコード自作の経験が無く,見よう見まねで作ってみましたが・・というのが当時の「ターボ機械」の記事の内容の一部です.その時に作ったのは,Excel VBAで11×11格子,要素で言えば10×10要素の計算コードです.図1に,その時の結果の図を示します.むかしむかしのXYプロッターの技をExcelの散布図機能の中で復活させ,流線,ベクトル,等高線を作画しました.この11×11格子ですが,文献で見た範囲では,二次元キャビティ流れの解析用としては,世界で最も粗い,精度最低の格子と思われました.このあたりも基調講演で,ご紹介しましたが,その後,講演会場にいらっしゃった深潟部門長が,やおら何かPCに入力し始めたのが見えました.お急ぎのお仕事か何かかと,その時は思ったのですが,講演後の質疑応答の中で,深潟部門長からは,普通の御質問も頂戴した後に,にこやかな表情で,意外なコメントを戴きました.「今,8×8の格子で計算ができました.」さらに,その直後に「6×6でもできました.」と.何でも,同じ問題を学生さんの課題として設定されているのだとか.私の話を聞いて,すぐその場でコードを動かして,私の下を行く(?)計算を実行されたそうです.私が,うかつに口を滑らせたため,折角保持していた世界最低のタイトルを返上しなければならなくなった顛末です.計算が走るという意味では,3×3とか,2×2でも,できるかもしれませんが,二次元キャビティ流れ特有の渦構造を表出することを考えると5×5か,4×4が真の限界ではないかと思います.深潟チャンピオンに挑戦できる最後のチャンスですので,我と思わん方は,ぜひ挑戦してください.

(a)流線 (b) ベクトル図 (c) 等圧線
図1 11×11格子で計算した二次元キャビティ流れのCFD解析結果

2.クラーク博士とクラークの第一法則に関して

 北大といえば,クラーク博士の「少年よ,大志を抱け」という言葉が有名です.講演会最終日の帰路,札幌駅に向かって歩く途中,北大のキャンパス内のクラーク博士の像を見ました.その時,ふと,これも話せばよかったなと頭によぎったのが,次の話です.

 昔は,社内で「能見さんは,いつも突拍子もないことばかり言っている」などと呼ばれ,自分でも,それで気を良くしているところがありました.ところが,最近ハタと気づくには,自分の口から出る言葉が「それは無理だよ,うまくいかないよ,やめときなよ」と否定の言葉ばかり.年をとって,頭が固くなった点もありますが,それよりも大きい要因は,入社したてのころから,多くのベテラン,先輩たちに助けられ,これらの「否定」の言葉を真摯にかけられ,そのことで助けられたことが多々あったからです.その結果,若い世代のみなさんに,ついつい心配しすぎて,こういったことを言うようになってしまったようです.一方,こういった悪弊を喝破し,警鐘を鳴らした人がいました.著名なSF作家のA.C.クラークです.このクラークの格言的ないくつかの言葉は,後にクラークの三法則としてまとめられ,広く知られるようになりました(2).その第一法則を,私なりに咀嚼して書くと,次のようになります.「大ベテランの科学者や技術者が,これはできると言ったことは,ほぼ間違いなくできる.でも「これはできない」と言ったことは間違いである場合が多い.」私個人の経験では,大ベテランにダメ出しされて,本当にダメであったことは数知れず.「クラークの第一法則は例外が多い」という別法則ができそうな感じもしています.それでも,ベテランから無理とか無謀とか言われた数多くの挑戦の中から,万に一つ,千に三つでも画期的な何かが生まれて世の中が進歩してきたことも,また間違いないでしょう.そういったチャンスを自分がつぶしていないか,あらためて反省すべきということを,クラーク博士とA.C.クラークをかけた駄洒落もいれて,講演の中で話せば良かったなと,クラーク博士の像を見て思いました.

 北海道大学の小川英之先生のエッセイによりますと,クラーク博士の言葉は最後まで記すと“Boys be ambitious like this old man”だったそうです(諸説あるようです)(3).このような意気軒昂な言葉は,私はとても口にできませんが,クラークの第一法則も織り交ぜて,少し改作(改悪?)してみました.

「少年よ,大志を抱け,老年よ,少年の足を引っ張るな(でも,しっかり目配りは忘れずに!)」


図2 クラーク博士の胸像(筆者撮影)

(1) 大渕,能見,“荏原製作所におけるCFD教育の取り組み”,ターボ機械,第50巻,第9号,pp.54-63
(2) https://en.wikipedia.org/wiki/Clarke%27s_three_laws (日本語版あり)
(3) https://www.jsme.or.jp/publication/column/2019-11/
更新日:2025.12.10