流れ 2025年2月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会(その1) ―
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ロケット推進系の今と未来 ~ JAXA角田宇宙センターの取り組み ~
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冨田 健夫 |
本稿は第102期 流体工学部門講演会(2024年11月19日~20日,アオーレ長岡)における筆者による基調講演を要約したものです.流体工学部門講演会における基調講演と流体工学部門ニュースレター『流れ』への掲載機会を頂き,関係各位に深く感謝申し上げます.
1.JAXA角田宇宙センターとは?
角田宇宙センターの前身は航空宇宙技術研究所 角田支所(1965~現西地区)及び宇宙開発事業団 角田ロケット開発室(1978~現東地区)である.航空宇宙技術研究所・宇宙開発事業団・宇宙科学研究所の3機関統合によるJAXA成立と同時に,公道を挟んで向かい合う異なる組織が,174万m2の広大な敷地をもつ角田宇宙センター(図1)という1つの事業所となった.西地区では比較的小規模な7つの試験設備を活用して主に,ロケットエンジン及び将来推進エンジンの試験研究を進めている.東地区では,基幹ロケットの1段メインエンジンのターボポンプ試験設備と2段エンジンの高空燃焼試験設備による開発試験や領収試験を主な業務としている.
図1 角田宇宙センターと試験設備
2.角田宇宙センターのロケット開発と研究
- H3ロケットの開発
H3ロケットの開発では,東地区で2段エンジンの開発試験・認定試験を実施した.また1段メインエンジンのターボポンプの試験を実施し,LE-9エンジン開発に貢献している.また,西地区ではLE-9エンジン開発前にプリカーサとして実施したLE-Xの研究から引き続いて,エンジン噴射器設計やターボポンプ要素設計・振動解析などに役立つ技術研究成果を提供してきた.
- 再使用ロケットの研究
角田宇宙センターでは20年以上前から再使用ロケットの研究を続けてきている.再使用に特化した小型ロケットエンジンシステムの研究開発を実施し,140回以上のエンジン再使用を実証している.動圧浮上型軸シールによる摺動部品の長寿命化や,モデルベース型/データ駆動型の故障検知システム,特殊環境で使用可能なセンサ技術などの試験研究に力を入れてきている.
- 現象解明研究
ロケットエンジンの各種要素の設計のもとになる,現象解明の研究にも継続して取り組んできている.
一例を挙げると,ロケットエンジンの燃焼室では10 MPaなどの高圧下で水素はガス,酸素は液に近い超臨界状態で噴射され,流速差に伴う混合過程を経つつ燃焼する.その燃焼過程は,性能に影響を与えるほか,振動燃焼などの有害な現象を誘起する.ロケット内の実燃焼状態を,LIFにより可視化診断する技術を構築している.
また,高速回転するターボポンプ内の軸受の発熱メカニズムについて,固体潤滑軸受の摺動による発熱・伝熱・冷却流体相変化などを,各種試験のデータに基づきモデル化し,軸受の発熱量を予測できるモデルを構築している.
3.昨今の民間宇宙輸送と官民共創推進系開発センター
近年,宇宙輸送の分野への民間事業者の参入が活発化している.米国ではSpaceX,Blue Origin,Rocket Labなどが事業を開始している.我が国でもインターステラテクノロジズが弾道飛行による宇宙空間到達に成功しているほか,数社が宇宙輸送事業に参入を表明しており,政府も基金などにより事業者を支援する政策を進めている.
参入事業者の多くは液体ロケットによる輸送を検討しているが,液体ロケットエンジンは開発のハードルが高いキー技術である.そこでJAXAは民間事業者及びJAXAが,将来宇宙輸送システムの開発に必要なエンジン開発試験をタイムリーに実施でき,進行の民間事業者も利用しやすい試験環境を提供する「官民共創推進系開発センター」を,ロケットエンジン試験設備の維持運用や試験研究に習熟した角田宇宙センターに整備することとした.
4.官民共創推進系開発センターの設備
官民共創推進系開発センターは,民間事業者の新規参入をしやすくするため,ハード(試験設備)の提供のほか,ソフト(開発関連情報・試験関連情報・試験の支援)によるサポートを提供する.また,既存設備のレッスンズラーンドを踏まえ,年間の試験シリーズ数を増やし,試験の待ち時間を最小化する.
ユーザ(民間事業者・JAXA)はワンストップで相談から試験までの活動を受けられる.またユーザからの聴き取りなど情報収集に基づき,エンジンシステム試験,燃焼室組立やターボポンプなどのコンポーネント試験,燃焼器・噴射器・軸受・軸シール・ポンプ翼などのサブコンポーネント試験など多種多様な試験を可能にする.
図2 官民共創推進系開発センター試験設備の建物イメージ
試験設備は2022年から設計・整備に着手しており,現在建物を建設中である.図2に示すように3つの試験室を備え,それぞれの試験室が互いのバックアップであるため,空いた試験室を利用して次々と試験を実施することが可能である.図3に示すように,各試験室に燃料や酸化剤を供給する系統は1つであり,各試験室で共通に使用される.実施可能な試験例を表1に示す.
図3 官民共創推進系開発センター推進剤供給系
表1 官民共創推進系開発センターで実施可能な試験例
5.設備・試験の安全への取り組み
JAXAでは,実験や設備整備に先立ち,安全審査を実施している.研究開発にはチャレンジが必要であり,安全審査ではハザード(爆発など)を「起こさない」ことではなく,ハザードが「起きても安全」であることを担保する.保護の対象は,「人」や「第三者財産」である.JAXAから公開されている「JMR-001システム安全標準」に基づき発生しうるハザードを洗い出し,保護対象に深刻なハザードが起こりうる場合は3重の防護措置をとり,2つが破られても安全を担保できるようにする.
例えば,試験中の爆発を例にとると①安全側で計算した爆風圧が一定以下まで減衰する範囲を「保安距離(図4)」と定めて,人の立ち入りを禁止する.②爆発時に推進剤の供給を直ちに止められるように,遠隔操作可能な遮断弁を(一つが故障しても良いように)2つ設ける③遮断弁は,事故時の飛散物から保護されるように防護壁を設ける.これらの対策により,爆発が発生し,事前の対策が2つ無効でも,人員や第三者への被害が発生することはない.
官民共創推進系開発センターでは,ユーザが安全に試験を実施出来るように安全審査のサポートも提供していく.
図4 官民共創推進系開発センター試験時の保安距離例
6.まとめ
角田宇宙センターは,液体ロケットエンジンや,その技術を産み出し続ける我が国の液体ロケットエンジン研究開発の中心である.液体水素/液体メタン/液体酸素などの極低温推進剤を用いた研究試験・開発試験のヘリテージをもつ.これを活かし,新規参入を含む,ロケットエンジンを開発仕様とする民間事業者の集う「官民共創推進系開発センター」を整備し,民間事業者を力強く支援していく計画である.