流れ 2020年2月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会 2月号 ―
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プラズマアクチュエータを用いた振動角柱周りの流れの制御
小那覇 千尋 豊橋技術科学大学 |
令和元年11月に豊橋で開催された第97期流体工学部門講演会において, 優秀講演表彰を頂くとともに, 本ニュースレターとして講演内容を紹介する機会を頂きました. この場をお借りして, 日本機械学会の皆様,講演会関係者の皆様に厚く御礼を申し上げます.
本稿では,これまで研究を行ってきた,プラズマアクチュエータを用いた流れの制御について紹介いたします.
1. プラズマアクチュエータを用いた流れの制御
鉄道の高速化を実現するうえで,沿線騒音,特に空力音の低減が喫緊かつ重要な課題となっている.鉄道車両を構成する機器のうち,パンタグラフは主要な空力音源のひとつとなっており,なかでも,舟体および舟体支え部から発生する空力騒音の影響が大きいことがわかっている(1).舟体から生じる空力音は,主に舟体背後に生じるカルマン渦に起因するエオルス音と,乱流に起因する広帯域音からなる(2).このうち,前者は狭帯域の卓越した音であり,耳障りなため,その抑制が重要な課題となっている.舟体の形状は,空力音だけで決まるわけではなく,架線との接触摩耗による形状変化や風向きの変化に対して,揚力変化量が小さいことも形状を決める上での重要な要素となっている.さらに,走行中の鉄道車両のパンタグラフは,架線のたわみなどによって上下に振動するため,振動を考慮した最適化形状の開発が求められている.このようにパンタグラフの空力特性を明らかにし,流体力を適正に制御し,空力騒音を低減するための技術開発が必要となっている.
流れ場の制御技術としてプラズマアクチュエータ(以下,PA)が注目されている(3).たとえば,瀧浪ら(4) はPAを用いて角柱周りの流れの制御実験を行い,角柱後流の速度変動の制御効果を明らかにした.また,佐藤ら(5) は,一様流中に置かれた振動翼に生じる揚力を,PAを用いて制御し,翼の振動運動とPAの駆動タイミングの最適化について検討を行った.
本研究の最終目的は,新幹線のパンタグラフ舟体周りの流れ場を,PAを用いて制御することであり,PAによる流れ制御の産業利用の可能性を検討することである.本研究では,その第一段階として,振動角柱周りの流れ場の制御を試み,特に電極形状と配置が流れ場の制御に及ぼす影響について検討を行った.PAの電極形状,印加電圧・周波数が流れ場の制御に及ぼす影響について,静止角柱周りの流れ場の可視化結果により調べ,次に,静止角柱における最適制御条件を振動角柱に適用し,制御効果の評価を行った.
2. 実験手法
2・1 対象とする流れ場
実験にはノズル断面400×400 mmの回流型風洞を使用した.矩形角柱の断面中心を座標原点とし,主流方向をx,スパン方向をy,主流に対して鉛直方向をzとした.矩形角柱を風洞ノズル出口160 mmの位置に水平に設置した.矩形角柱の片の長さbは10 mm,スパン方向長さLは200 mmである.主流速度1 m/sで実験を行い,矩形断面の辺の長さbを基準長さとしたレイノルズ数は660である.また, 角柱はリンク機構に取り付けられており,モータによって流れに対して直交する方向に強制振動させることができる.振動運動は,正弦波運動とし,振動周波数はfoscib/U0=0.16,振動振幅は片振幅A/b=0.25とした.
2・2 PAの構成および制御条件
図1に製作したPAの電極形状の概略図を示す. PAは角柱の上面に設置し,電極形状は (a) スパン方向に一様な形状(主流方向に流れを誘起),(b) スパン方向に等間隔に配置したもの(スパン方向に部分的に主流流れを誘起)および (c) 主流流れに対して,互いに対向させて配置したもの(はく離境界層中に縦渦を誘起)の3種類を製作した.PAへの印加電圧Eは4.0 から5.5kVp-p ,駆動周波数fPAは4.1 から6.0kHz まで変化させ,はく離の抑制効果を調べた.表1に電極形状の模式図を示す.
Table 1 Specification of electrode arrangement of PA .
PA type |
Distance of characteristic length[mm] |
|
(a) Straight |
d |
3, 5 |
(b) Intermittent |
s |
4, 6, 8 |
(c) Opposite |
p |
3, 5, 7, 9 |
Fig. 1 Schematics of PA electrode shape and arrangement of PA
2・3 流れ場の可視化
流れの可視化にはスモークワイヤ法を用いた.撮影には,デジタルカメラ(Nikon D90)を使用し,可視化用光源には厚さ1 mmのレーザーシートを用いた.二本のニクロム線(直径0.3 mm)をねじり合わせて,縒り糸とし,煙が等間隔に発生するようにした.発煙剤には流動パラフィン,グリセリンおよび界面活性剤を50 : 25 : 1 で混合したものを使用した.静止角柱,振動角柱におけるフィルム感度はそれぞれ,500,1000,絞り値は3.5,2.8,シャッタースピードは1 / 250,1 / 500秒である.
2・4 流れ場計測
角柱後流の速度分布計測には,I型プローブの熱線流速計を使用した.熱線のワイヤ直径は5 mm,長さ1 mmである.測定範囲は,主流方向にx/b=1.5,鉛直方向にz/b=-4.0から4.0であり,スパン方向は角柱中央部に固定した.計測条件はサンプリング周波数80 kHz,測定時間は30 sとした.
3. 結果および考察
3・1 PA形状の違いによる静止角柱周りの流れの様子
図2に静止角柱にPAを取り付けた場合の流れの可視化結果を示す.予備実験により,駆動周波数の変化に対するはく離境界層の低減は小さく,印加電圧に関しては,4.0から5.5 kVp-pの範囲内で5.0 kVp-pが最も制御効果が大きいたことを確認した.このため,以降の実験では,PAに供給する印加電圧・周波数はそれぞれE=5.0 kVp-p,fPA=4.1kHzとした.可視化結果をもとに,はく離境界層の厚さを求め,PA非制御時のはく離境界層の厚さとの比で制御効果を評価した.PAを図1の(a) 一様配置した場合,(b) 間欠配置した場合,(c) 縦渦が生成するように対向配置した場合,それぞれ,はく離境界層の厚さが16%,27 %,37 % 低減した.一様配置よりも間欠配置や対向配置の方が効果的なのは,流れが局所的に誘起されるため,流れの3次元性が強くなるためと考えられる.特に対向配置の場合,縦渦が励起されたので,主流の運動量を境界層内に取り込むことができるため,制御効果が高くなると考えられる.
Fig. 2 Flow pattern around the stationary square cylinder with different PA shapes.
3・2 振動角柱におけるPAの制御効果
図3に角柱を振動させた場合の流れ場の可視化写真を示す.PAは3.1節で最も制御効果の大きかった対向配置とした.また,PAの電極間隔を変えて実験を行った結果,電極間隔が3 mmの条件が最も低減効果が高いことがわかった.印加電圧・周波数は前述の静止角柱における条件と同一である.図3 (a) ,(b) はPA非制御時における下死点,上死点付近の流れ場,(c) ,(d) はPA制御時における下死点,上死点付近の流れ場の結果である.PA非制御時では,上死点,下死点ともに角柱の後流に渦が巻きこんでいることがわかる.一方,PA制御時は,下死点では上面に取り付けたPAの影響により,上側から巻き込む渦が抑制されていることがわかる.上死点付近では,下側の流れは変化しないが,上面側では,非制御時に比べて,流れが角柱に沿うようになっていることがわかる.
Fig. 3 Flow pattern around the oscillating square cylinder.
3・3 PA制御の違いによる静止・振動角柱の後流速度分布
図4に熱線流速計により計測したPA制御・非制御時の静止・振動角柱の後流の速度分布を示す.図4の (a) ,(b) ともに右側が角柱の上面,左側が角柱の下面を示す.静止角柱の後流速度分布では,PA非制御時(赤)は,速度分布は上下対称であるが,PA制御時は,上面側(z/b = 0 から1の範囲)で,流れが増速し,境界層が薄くなっていることがわかる.振動角柱の場合,PA非制御時は速度分布が上下対称なのに対して,PA制御により,上面側(z/b= 0 から1)で流れが加速し,角柱に沿うような流れとなっていることがわかる.
Fig. 4 Velocity distribution in the wake of the square cylinder with and without PA control.
3・4 スペクトル解析
図5にPA制御・非制御時の静止・振動角柱の速度場のパワースペクトルを示す.静止角柱の場合,PA非制御時(赤)では,角柱のストローハル数0.135 に相当する周波数帯にピークがみられるのに対して,PA制御時では,ストローハル数0.135付近のピークが抑制されるのに対して,広帯域成分が増加することがわかる.また,振動角柱の場合,PA非制御時では,角柱の振動周波数である16 Hz及びその高調波のピークが発生しているが,PA制御を行った場合,基本周波数が半分の8 Hzとなっていることがわかる.また,振動に起因するピークの大きさが低減していることもわかる.PA制御時は,振動に起因した周期的な渦が放出されていたのに対し,上面側の流れがPAにより制御されるため,半周期ごとに渦が放出されるようになり,ピーク周波数の周期が半分になったと考えられる.これは図3の可視化した結果(上面側の渦放出が抑制されている)とも一致している.渦放出の変動強度は,空力騒音の発生や,流体力の変動に影響を与えることから,PAによって振動角柱からの渦放出を抑制し,空力騒音を低減できる可能性があることがわかった.
Fig. 5 Spectra of velocity fluctuations at the wake of the square cylinder.
4. まとめ
本研究では,プラズマアクチュエータの電極形状が振動角柱周りの流れにどのような影響を及ぼすかについて調べるため,スモークワイヤ法による流れ場の可視化と熱線流速計による後流計測を行った.
その結果,静止角柱周りのはく離境界層の抑制効果はPAの電極形状に依存し,本実験の範囲では,対向配置の電極間隔3 mm が最も低減効果が大きかった.また,振動角柱の流れ場をPAを用いて制御できたことから,空力騒音と流体力の低減の可能性を示した.