流れ 2020年3月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会 3月号 ―
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鉄道と風洞実験
井門 敦志 鉄道総合技術研究所 |
1.はじめに
風洞実験は,航空機の開発とともに発展した実験技術であり,主に航空機の研究開発に活用されてきた.その後,自動車,鉄道,建築など様々な分野の研究開発に用いられるようになった.公益財団法人鉄道総合技術研究所(以下,鉄道総研)でも,鉄道の空気力学に関連する研究開発に風洞実験を活用してきている.ここでは,鉄道総研が大型低騒音風洞で行ってきた鉄道の風洞実験について紹介する.
2.鉄道総研大型低騒音風洞
鉄道総研が滋賀県米原町(現:米原市)に1996年に建設1)した大型低騒音風洞(以下,米原風洞)は,新幹線の高速化で環境問題となる空力騒音の低減や鉄道の空力特性の研究開発に活用されてきた.空力騒音の風洞実験のためには,風洞の低騒音化が必要であり,そのため,米原風洞には様々な低騒音化技術が取り入れられている.風路にはファンから発生する空力音が測定部に影響しないようにサイレンサーを設置し,風路の内壁を吸音コンクリートで覆っている.測定部は,無響室内に設けられ壁面での反射音を低減させる.また,ノズルの内側に張ったムートンで境界層を発達させること,無響室内へ入る外気をノズルの外部に沿わせ伴流を作ることで,噴流混合層の速度勾配を緩和し,空力音を低減している.その結果,300km/hで75.6dB(A)の低騒音性能を実現している.騒音測定には開放型測定部(幅3m×高さ2.5m×長さ8m,最高風速400km/h)を用いる.一方で,主に,車両の横風や空気抵抗などの空力特性の研究開発に用いられる密閉型は,大きくて長い測定部(幅5m×高さ3m×長さ20m,最高風速300km/h)を持ち,地面付近の流れを模擬するために,境界層吸込装置(BLS)およびムービングベルト(MB)が装備されている.
3.風洞実験の紹介
3.1 パンタグラフの空力騒音の音源探査
高速で走行する列車の車体表面の凹凸が空力騒音の原因となるが,現在の新幹線では,主にパンタグラフを始めとする屋根上の集電機器と台車部のキャビティのような車両下部が問題となる.ここでは,パンタグラフの風洞実験について紹介する.
鉄道の低騒音化のための技術開発には,どこから強い音が出ているかを知ること(音源探査)が非常に重要である.米原風洞では,開設当初から,音源探査手法を活用しながら空力騒音低減手法の研究開発を行うとともに,音源探査手法そのものについての研究も進めてきた.現在では,音源探査のために主として直径4mおよび1mのマイクロホンアレイを用いている.マイクロホンアレイはトラバース装置に取り付けられているため,容易に任意の測定点で空力騒音を測定することができ,一度の計測で周波数ごとに音源分布をコンタ図として得ることができる.マイクロホンアレイを用いたパンタグラフの音源探査の様子と測定結果の一例をFig.1に示す2).周波数ごとに音源位置が明らかになるため,ターゲットとする周波数ごとに対策をとるべき部位が特定ででき,効率的に騒音低減対策を図ることができる.
(a) Layout of experimental apparatus.
(b) Noise source distribution map.
Fig. 1 Noise source identification by microphone array.
3.2 横風による車両が受ける空気力
横風により車両に働く横力に対する走行安全性の確保は,鉄道の最重要課題の一つである.そのため,横風の風洞実験では,空気力を高い精度で評価することが非常に重要である.これまでの研究から,横風により車両に働く空気力は,車両形状はもとより,地上構造物形状および流れ場(自然風などの乱れや風速分布)の影響を受けることがわかっている.そのため,風洞実験では,測定部の上流側にバリア,スパイア,ラフネスブロックを設置し,自然風の特性を再現したうえで,地上構造物模型と車両模型を設置し,車両に働く空気力を評価している(Fig.2)3).米原風洞での実験では,閉塞率を考慮して模型の縮尺は1/40としており,レイノルズ数を一致させることは難しい.そこで,実物大模型のフィールド試験(Fig.3)4)を実施し,それと同条件(車両,構造物,流れ場)の縮尺模型による風洞実験を行い,両者の空気力係数を比較検討した.その結果,両者の空気力係数はよく一致することがわかっている(Fig.4)5).また,一般的に行われる静止車両を用いた風洞実験では,実際の現象の自然風と車両走行により誘起される風との合成風に対する影響が考慮されていないが,この点については,新たに風洞実験用の車両模型走行装置を開発し,風洞と組み合わせた実験を行い,車両模型に働く空気力に及ぼす走行の影響はほとんどないことを確認している6).米原風洞では,車両の空気力係数の評価や強風に対する有効な安全対策である防風柵の効果の評価を行っており,鉄道の安全・安定運行に貢献している.
Fig. 2 Aerodynamic characteristics measurement in cross winds.
Fig. 3 Field tests of real-scale model in cross winds.
Fig. 4 Wind tunnel tests and field tests results.
3.3 鉄道車両の空気抵抗低減
空気抵抗は速度の2乗に比例するため、車両の高速化に伴い走行抵抗に占める空気抵抗の割合が大きくなっている.そのため,新幹線車両ばかりでなく在来線車両を含めて空気抵抗低減は,省エネに直結する重要な課題となっている7).
車両の空気抵抗低減のためには車両表面の平滑化が効果的であるとこが知られているが,空気抵抗低減方策の費用対効果を判断するために,空気抵抗の低減効果を精度良く評価することが重要となる.編成としての鉄道車両は細長い形状(例えば,16両編成の新幹線車両では車両の幅および高さは列車長の1%以下である(Fig.5))であるため,風洞実験では,先頭・後尾車両と中間車両の各々の空気抵抗低減量を評価し,中間車両1両当たりの空気抵抗低減量を両数倍することで中間部の空気抵抗低減量を評価する8).新幹線車両は,編成全体でみると非常に細長い形状であり,先頭・後尾部の空気抵抗が編成全体に占める割合は小さく(初期の新幹線で1割程度),また,既に,新幹線車両の先頭・後尾部は流線形化しているため,先頭・後尾部の形状改良による空気抵抗低減の余地は少ない.したがって,空気抵抗の大部分を占める中間部の空気抵抗低減が重要になってくる.
自動車や鉄道のような地上を走行する物体の風洞実験においては,地上の流れ場を再現することが重要であり,近年の風洞では,BLSやMBが活用されている.さらに,新幹線をはじめとする長い編成の車両では,中間部の車両床面で乱流境界層が発達し,車両底面と地面の間は乱流クエット流れになっている.そのため,BLSとMBだけでは,その流れを風洞実験で正確に再現できない.そこで,BLSとMBに加えて、車両側にスパイアを取り付け車両周りの流れを減速させることで,現車の流速分布を再現している10)(Fig.6).このように車両周りの流れ場を再現する風洞実験方法を用いることで,精度の高い空気抵抗低減量の評価を行っている.
Fig. 5 Shinkansen train (16 vehicles).
(a) Underside shape improvement (Shinkansen train).
(b) Velocity profiles between the underside of the vehicle and the ground.
Fig. 6 Aerodynamic drag measurement of an intermediate vehicle.
4.おわりに
風洞実験は,鉄道分野でも様々な課題の研究開発に取り入れられている.それらの課題に対して,適した風洞実験方法の開発や測定機器の活用,また,これら風洞実験技術の絶え間ない向上により,風洞実験が鉄道の空力問題の解決に寄与してきている.今後も,風洞実験の長所を生かし,鉄道の空力問題の研究開発が進んでゆくことが期待される.