流れ 2021年4月号 目次
― 特集テーマ:流体工学部門講演会 4月号 ―
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フローフォーカシングデバイスによるマイクロ液滴生成手法の開発
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1. はじめに
日本機械学会第98期流体工学部門講演会にて,光栄にも若手優秀講演フェロー賞を頂いた.この場を借りて,日本機会学会流体工学部門の皆様に御礼申し上げる.本ニュースレターでは,講演内容であるフローフォーカシングデバイスを用いた液滴の生成現象について紹介する.
2. 研究背景および目的
がんの治療法の一つである化学療法には副作用が大きいという課題があり,その解決策として,薬物の体内分布を制御する薬物投与形態であるドラッグデリバリーシステム(DDS)が注目を浴びている.ベシクルと呼ばれる,内部に水相を有するリン脂質二重膜で形成される小胞体はDDSのキャリアとして用いられているが,血中に流すと体外からの制御は難しいという問題がある.マイクロバブルの音響特性を生かして,マイクロバブルを内包させたベシクルをDDSのキャリアとして用いることで,超音波によりベシクルの制御・破壊を体外から行うことができる可能性がある(1).
マイクロバブル内包ベシクルの実用化に際して,毛細血管通過可能なサイズ(直径5 μm以下)であること,ベシクル径が均一であることが要求される.著者らの研究グループでは,ベシクルの生成手法の一つとして知られる油水界面通過法(2)を用いてマイクロバブル内包ベシクルの生成に成功している.この手法ではリン脂質を溶解させた油中に水滴を分散させ,リン脂質を吸着させることでベシクルを生成するため,ベシクル径が油中に分散させる水滴径に依存する.しかし,油中に水溶液を加えて機械的に攪拌させて水滴を形成するため,十分に小さな水滴が得られず,ベシクル径の平均値が20 μm程度と大きい上,ベシクル径のばらつきが大きいという問題がある.
本研究では,フローフォーカシング型のマイクロ流路を用いて単分散なマイクロ液滴を生成することを目指す(3).また,液滴生成に対する流速および流路寸法や物性値の影響について検討する.
3. 実験装置および実験手法
実験系の概略図を図1に示す.油相・水相ともにシリンジポンプを用いた流量制御により駆動し,シリコンチューブを介して油相を外側二つの流路に,水相を中央に流路に接続し,合流部で水滴が生成する様子を顕微鏡で観察した.水相には純水を,油相にはミネラルオイルおよびシリコーンオイルを用いた.使用したオイルの物性値を表1に示す.ただし,ρは作動流体の密度を,σはオイルと純水との界面張力を,μは粘性係数を表す.また,チャネルの素材は疎水性であるPDMSを用いた.実験に用いたチャネルの合流部の模式図を図2に,チャネル寸法を表2に示す.はオリフィスにおける等価水力直径を表す.なお,オリフィスの幅が生成する水滴のサイズに影響するため,オリフィス幅の異なる二種類の流路を作製し,オリフィス幅が水滴径に与える影響について調べた.また,オリフィスの下流での幅がオリフィス幅の4倍以上になると下流で急激に流速が遅くなり,生成した水滴同士の合体が起こるため,下流の幅をオリフィス幅の4倍未満になるように設定した(4).水相の流量を一定にし,油相の流量を変化させ,油相の物性値や流量による水滴径の変化を調べた.
Fig. 1 schematic of experimental devices.
Table 1 Liquid properties.
Fig. 2 schematic of merging part structure of devices.
Table 2 Channel size.
4. 実験結果および考察
4・1 水滴生成に対する流速・物性値の影響
チャネルAの油相にミネラルオイルを流した実験において,水相流速Uwaterを0.0068 m/sに固定し,油相流速Uoilを0.068 m/s,0.55 m/s,1.37 m/s に変化させたときに水滴が生成する様子をそれぞれ図3(a),(b)および(c)に示す.また,油相流速と水滴径の関係を図4に示す.なお,流速は流量をオリフィスの断面積で除した値を表す.いずれの流路でも油相流速を上げることで水滴径が小さくなる傾向が確認された.
流速が低い時には,図3(a)に示す通り,オリフィスを水相が塞ぎ,流路幅よりも大きな水滴が生成した.オリフィス幅の小さいチャネルを用いた方が,同流速において生成される水滴径が小さくなるという結果が得られた.流速を上げると図3(b)に示す通り,同程度または異なるサイズの複数の水滴が生成する過程を一サイクルとして,そのサイクルが周期的に繰り返された.さらに流速を大きくすると,図3(c)に示す通り,オリフィス出口付近で水滴に分裂する様子が観察され,オリフィス幅よりも小さな水滴が生成した.この場合には,オリフィス幅の異なるチャネルを用いた場合でも,生成する水滴径に大きな差は見られなかった.これは,油相のせん断力が大きくなり,流路合流部において水相がより細く引き伸ばされ,寸法の影響が見られなくなったと示唆される.また,油相に粘性係数の大きいオイルを用いることで同流速において水滴径が小さくなることが確認された.このことより,オイルの粘性によるせん断力が水滴の生成に大きく関係していることが示唆される.
Fig. 3 Images of droplet formation;
(a)Uoil = 0.068m/s, (b) Uoil = 0.55m/s, (c)Uoil = 1.37m/s
Fig. 4 Dependence of droplet diameter on oil velocity.
4・2 水滴生成過程の分類
キャピラリー数Caを以下の式(1)で表す.Caをオリフィス幅で除した値をXとすると,X≤0.008の時は図3(a),0.008≤X≤0.013の間では図3(b),X≥0.013の時は図3(c)というように,Xを用いて生成過程を分類することができる可能性がある.また,粒子の直径の均一さを表すCV値を平均粒子径に対する標準偏差の割合として定義すると,低キャピラリー領域と高キャピラリー領域についてはCV値が10%以下となっており,生成した水滴径のばらつきが小さいという結果が得られた.
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4・3 低キャピラリー領域における水滴生成
図3(a)に見られるような低キャピラリー領域においては,水相がオリフィスを塞ぎ,その後油相によって水相がくびれるとともにオリフィスの下流では水相が変形して円形になり,最終的に水滴に分裂する.油相によって水相がくびれ,水滴に分裂するのにかかる時間は等価水力直径を油相流速で除した値に比例し,分裂するときのラプラス圧は界面張力を水滴径で除した値に比例する.そこで,油相流速を界面張力で除した値と等価水力直径で無次元化した水滴径の関係を図5に示す.低キャピラリー領域においては,油相流速を界面張力で除した値を用いて水滴径を整理できる可能性がある.
Fig. 5 The value of the velocity divided by interfaciala tension and dimensionless droplet diameter.
4・4 高キャピラリー領域における水滴生成
図3(c)に見られるような高キャピラリー領域においては,引き伸ばされた細長いジェットの断面の径が水滴径に大きな影響を及ぼしていると考えられる.せん断力は粘性係数と速度勾配の積で表されるため,せん断力に関係する値である,オイルの粘性係数と油相流速の積と水滴径の関係を図6に示す.高キャピラリー領域においては,オイルの粘性係数と油相流速の積を用いて水滴径を整理出来ることが示唆され,せん断力によって界面が引き伸ばされて生成した水のジェットが表面エネルギーを減らそうとして水滴に分裂している可能性がある.
Fig. 6 Product of the oil viscosity and the velocity and droplet diameter.
5. 結 言
フローフォーカシングデバイスを用いて水滴を生成する実験を行い,最小で6.5 μmの単分散な水滴を得ることに成功した.また,キャピラリー数をオリフィス幅で除した値を用いて,生成過程を三段階に分類できる可能性を示した.低キャピラリー領域では,水相がオリフィス幅を塞ぎ,その後油相によって水相がくびれて水滴に分裂し,オリフィスの等価水力直径を用いてオリフィス幅に関係なく水滴径を整理可能である.高キャピラリー領域では,せん断力が大きくなり,水相がオリフィス幅よりも細く引き伸ばされ,オリフィスの出口付近で水滴が生成した.この時,油相の粘性係数と流速の積を用いて水滴径を整理できることが示唆された.今後,オリフィスの等価水力直径を小さくしたり,油相に粘性の大きい流体を用いたりすることで水滴径を小さくできる可能性がある.