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流れ 2022年10月号 目次

― 特集テーマ:第20回 流れの夢コンテスト ―

  1. 巻頭言
    (安,本澤)
  2. 流れの夢コンテスト開催報告
    能見 基彦(荏原製作所)
  3. (最優秀賞)安心安全平和な流れ -流れの夢コンテスト2022に参加して-
    玉田 洋一朗,吉田 将太,大場 直哉,久山 晃平(早稲田大学,チーム名:新鮮空気)
  4. (関東支部賞)第20回流れの夢コンテスト 液体金属クラウンの魅力
    小野塚 龍斗,西尾 龍乃介,大野 健士,林田 健,武藤 龍平,堀川 虎之介
    (東京工業大学,チーム名:Liquid Metal Crowns)
  5. (優秀賞)流れの夢コンテスト回顧録
    宇田 竣哉,金田 好晴(日本大学,チーム名:MECST)
  6. (一樹賞)持ち運び電気トモグラフィシステムによる実演と応用
    瀬川 颯(千葉大学,チーム名:スラグアイロンチーム)

 

(最優秀賞)安心安全平和な流れ -流れの夢コンテスト2022に参加して-


玉田 洋一朗,吉田 将太,大場 直哉,久山 晃平 (早稲田大学,チーム名:新鮮空気)

はじめに

 去る2022年8月7日に開催された第20回流れの夢コンテストにおいて,我が早稲田大学宮川研究室のチーム「新鮮空気」は,換気に関する実験・解析結果を発表し光栄にも最優秀賞に選出いただきました.本稿では製作にあたっての裏話なども交えつつ発表内容をご紹介させていただきます.

背景

 昨今の新型コロナウイルス感染拡大に伴い換気の重要性が高まっていることは言うまでもありません.読者の皆様も,換気扇・パーテーションなどコロナ禍になってから空気の流れに関するワードを以前にも増して耳にするようになったと思われます.しかし,それらをどのように使えば効率よく安全な水準に換気レベルを維持できるのか,また,部屋にあるものを工夫してはできないのだろうかということについての知見は,未だ確立されていないように感じられます.「安全・平和・安心な社会を実現する流れを語ろう」がテーマの第20回流れの夢コンテストで,換気の最適化はまさにもってこいの題材でした.3次元コンピュータシミュレーションを行い,どのようにすれば安全かつ快適な環境を実現できるかの調査を試みました.

「換気」の定義と評価

 今研究では,まず部屋の空気がどのようであれば換気されているといえるかを定義するところからアプローチしました.部屋で複数人以上が同時に過ごしているとき,次第に空気がよどんでしまい,少し息苦しさを感じたことはないでしょうか.そのような状況では,部屋内部の空気が外気から孤立してしまっているのです.すなわち,万一感染者やウイルス保有者がその部屋に同席していた場合,ウイルスの一つ一つが部屋に長く滞在してしまうぶんリスクが高まります.空気がよどむ原因は,渦の形成により部屋内部の空気がスムーズに流れていないことにあると考えられます.そこで,このような状態を「換気ができていない」と定めました.逆に,外気と内気がスムーズに入れ替わり,流れがスムーズになっていれば「換気ができている」と定めました.

 換気ができているか否かの評価には,溶存二酸化炭素濃度計を用いました.二酸化炭素濃度が高ければ,上記のように空気がよどんでいることがわかり,逆に濃度が低ければ活発に外気と内気が入れ替わっていることが確認できるからというのがその理由です.すなわち,濃度そのものの絶対値を重視するのではなく,部屋に何かしらの工夫を施した前後での相対的な濃度の変化から換気の度合いを評価することとしました.

シミュレーションと計測

 限られた製作期間で完成させるため,熱による流れの影響は考慮しておらず,自然対流による流れは模擬していません.この仮定のもとで,宮川研究室の学生居室を対象としたモデリングと流体数値計算を行いました.

 CFDを用いた数値解析を行うため,研究室の流速に関する条件を調べたところ,計測の結果は以下の表に示す通りとなりました.なお,流速の測定には熱電対流速計を用いています.窓からの流入速度は日ごとの風速によって異なるため,数日間分の測定値の平均値を用いました.

表1. 居室への流入・流出条件

扉からの流入速度 0.5 m/s
窓からの流入速度 2 m/s
換気扇の流出速度 1.8 m/s
エアコンの吹出速度 4.2 m/s


図1.部屋の3Dモデル

 以下に詳しい解析の条件を示します.

表2. 解析条件

解析コード STAR-CCM+
解析方法 定常解析
乱流モデル SST k-ω
メッシュ数 約135万
作動流体 空気
密度 1.184kg/m3
粘性係数 1.186×10-5
壁面 境界条件 断熱 すべりなし
廊下 境界条件 全圧一定
大気圧 101.325kPa

以上の条件をデフォルトとし,これに室内の流れを改善する工夫を加えて,流線の変化と,実測した二酸化炭素濃度の変化から換気の度合いを評価しました.身近にあるものや既存設備を活用するものを考案し組み合わせ,流れがスムーズになる条件を調査しました.例えば,
・普段は約10°しか開いていないドアを90°付近まで開ける
・サーキュレーターを運転する
・部屋を整理し,なるべくよどみ点を作らないようにする
などの工夫を行っています.


図2. デフォルト状態の立面図

さらに実用的な知見を得るため,CFDによる流線の可視化だけでなく,個別要素法(DEM)による粒子一つ一つのモデル化も行いました.以下にその詳細な条件を示しています.

表3. 解析条件(非定常)

結果とその評価

 解析結果から,部屋を座った時の顔の高さ付近である,床から垂直に1.2m付近で切った断面上の流線を評価しました.図2に示すように,工夫を行う前後では流線に変化が現れています.改善前はホワイトボードの周りで流れが止められ渦が出来ていますが,一方でホワイトボードを取り除き扉の開度を大きくしたモデルでは扉に向かってスムーズに流れていることが読み取れます.

 また,ホワイトボード周辺でCO2濃度を測定したところ,改善後のモデルでCO2濃度が低下していることが確認できました.二酸化炭素濃度実測値からも,ホワイトボードによって流れが阻害されていることが読み取れます.

 図3は研究室を真横から見たとき(立面図的視点)のホワイトボード周辺の流れ場を示しています.プリンター,ホワイトボードによって上昇する渦が形成され,上流側に流れが戻ってきてしまっていることが確認いただけます.図4は改善後のモデルにおいて図3と同一視点での流れ場を示しています.図4では,ホワイトボードを撤去したことで上流側に戻る流れが少なくなっています.


図3. ホワイトボードの撤去前後での流線の変化



図4. ホワイトボードがある場合の立面図(上)とない場合の立面図(下)

このように解析と実測を併せたプロセスを繰り返すことにより,以下の経験則的知見を得ることができました.

・二酸化炭素濃度計は換気の度合いの評価ツールとして適している
・窓やドアは,開ければ開けるほど換気状態が改善する
・大きな物体は流れを阻害し渦の原因となるので取り除くほうが良い
・サーキュレーターは,使用時に調整し流れを補助する向きにセットした上で用いないと,渦の原因となる
これらのうち,上3つは当然ともいえる程度の事柄が改めて確認できたに過ぎませんが,4つ目のものは意外なものでした.
サーキュレーターは流線の観点では局地的に流れを加速する装置であるため,適切に使用されれば換気の高効率化が期待されます.しかし,裏を返せば流れを乱す原因となることがあるのです.例えば,サーキュレーターの下流側(風が出る側)に何かしらの物がある場合,その地点に渦が発生し流れが阻害されてしまいます.解析結果の動画からも,そのことが読みとれます.サーキュレーターを運転する際は,下流側直後が窓やドアなど外気との接点であれば部屋の換気性能が向上するということがわかりました.


図5.サーキュレーターを窓から遠い地点に置いた場合


図6.サーキュレーターを窓の近くに置いた場合

DEM解析で窓の近く/遠くにサーキュレーターを置く場合を相互に比較すると,大きな変化が見られました.窓の近くに設置した場合では,窓の遠くに設置した場合と比較して粒子量の減少が10%ほど大きくなりました(下図).


図7. 室内粒子数の時間変化

課題

 限られた期間内で駆け込み的に完成させたため,解析・測定しきれなかった事柄があり,そのうちのいくつかを以下に示します.

・エアコンと換気の関係
 流線だけで考えると,吸い込みと吐出しを行っているエアコンはドア・窓間の空気の流れにとって障壁となります.そのため,エアコンを停止させると換気の度合い向上することが期待できます.本コンテストの準備期間は連日猛暑で,少しの窓開けですら研究に支障をきたすほどに不快指数を急激に上昇させていました.そのため,エアコン停止時の実測をすることができませんでした.しかし,大変興味深い内容であるため機会があればぜひ調査したい項目です.

・パーテーションの効果に関する研究
 飲食店などに広く用いられているパーテーションは,確かにその囲いの中の流れが外に流出することを防ぐ効果があると期待されます.しかし,パーテーションは本質的にはホワイトボードと同じであるといえます.すなわち,パーテーションが部屋全体の空気の流れに渦をもたらす原因となることが容易に推察されます.更に,飛散したウイルス等の流出を100%防ぐことができない以上,ミクロな視点でもパーテーションの設置が感染症対策に貢献するかどうかには疑念が残ります.実例として,研究室で新型コロナウイルスの陽性者が出た際も,パーテーションを挟んだ向かい側のデスクで研究をしていた学生に伝染したことがありました.パーテーションの効果については,今後さらに解析条件を詳しくして研究を深めるべきテーマであるように感じます.

・呼気などの粒子一つ一つを追跡するモデリング
 呼気にウイルス粒子が含まれている場合の詳細なモデリングをすることで,実際にウイルスがどのように伝播するのかを追求できます.先述のパーテーションの効果に関する研究も,このようなモデリングが解決策であると考えられます.また,どのような条件で伝染したかなどの具体的事例と併せて検討することで,より有効的な感染症対策のノウハウが得られることが期待されます.

謝辞

 末筆ながら,流れの夢コンテスト実行委員会の皆様,本稿の執筆の機会をくださりました広報委員会の皆様に感謝申し上げます.

更新日:2022.10.27