流れ 2022年10月号 目次
― 特集テーマ:第20回 流れの夢コンテスト ―
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(一樹賞)持ち運び電気トモグラフィシステムによる実演と応用
瀬川颯
(千葉大学,チーム名:スラグアイロンチーム)
1.緒言
2022年8月7日,第20回流れの夢コンテストが早稲田大学で開催され,千葉大学武居研究室から「スラグアイロンチーム」の名前で瀬川颯,横溝周が出場した.コンテストはプレゼンの部と実演の部からなり,実演展示作品「持ち運び電気トモグラフィシステム」を制作し,「一樹賞」を受賞した.以下に実演内容,制作の経緯について記す.
2.実演展示作品「持ち運び電気トモグラフィシステム」
電気トモグラフィは正しくは電気インピーダンストモグラフィと呼ばれ,ある導電率分布を有する測定対象に複数の電極を取り付け,あらゆる電極間の組み合わせでインピーダンスを計測し,その結果から数値計算によって内部の導電率分布を画像として得る手法である.
展示作品はノートPC (図1),計測装置,カップ(図2)から構成される.計測装置は長さ約10cmのプリント基板と電子部品で自作されたものである.カップは直径約8cm で,3Dプリンタで造形した.このように装置は小型かつ軽量で,コンテスト当日は筆者がリュックサックに装置をすべて背負って持参した.実演時にはカップに16個の電極を取り付け,内部を水道水で満たし,画像化の対象として直方体の絶縁体を配置する.電極は計測装置に接続され,ある2電極間で1kHzの交流電流の印加,他の2電極間で電位差の測定を行い,その比をインピーダンスとして測定する作業をあらゆる208通りの電極の組み合わせで繰り返し行う.これらのインピーダンス測定値からPC上でPythonを用いた数値計算によってカップ内部の2次元導電率分布画像を構成し表示する(1)(2).
構成された導電率分布の画像を図3に示す.これは直方体の長めの消しゴムを並行に2つ配置したときの構成画像である.青い部分が導電率の低い所である.当日は見学に来て頂いた方の指をカップに漬けてもらうなど,様々な絶縁体の配置で画像構成を行った.
図1. 実演に使用したPCと出力されるトモグラフィ画像
図2. 計測対象を配置するカップ
図3. 直方体の絶縁体を並行に2つ配置したときのトモグラフィ画像
3.応用
コンテストでは電気トモグラフィを用いた鉄鋼製造プロセスにおける転炉,電気炉内の可視化手法を提案する発表も行った.鉄鋼製造プロセスの流れを以下に大まかに述べる.採掘された鉄鉱石,コークス,石灰石が高炉で溶かされ,純度の低い銑鉄を得る.次に転炉において酸化反応によって不純物を取り除き,純度の高い鋼を得る.その後,鋳造装置や圧延設備によって鋼材として出荷される形になる.私たちが注目するのは転炉である.転炉では,純度の低い銑鉄を高温で溶融させ,強く酸素を吹き込むことによって不純物の酸化反応を促しスラグとして浮かせて分離する.また,炭素もまた酸化されて二酸化炭素や一酸化炭素として取り除かれるが,一部は鋼の中に留まり,鋼の品質は含有する炭素の量によって大きく変わる.そのため,転炉における各酸化反応の進行度の調整は重要な要素である.しかしその一方でその反応形態は複数の酸化反応が同時進行するもので,炉内でも溶融銑鉄が酸素の吹き込みによって対流を繰り返しているため,その全貌を明らかにするのは難しい.経験則に頼った酸素吹き込み量の制御が行われているのが現状である.
そこでコンテストでは,転炉内に電極を配置し,トモグラフィを用いた計測によって適切に酸素の吹き込み量を制御するアイデアを提案した.これを図4に示す.あらゆる電極間のインピーダンスを計測し,電気トモグラフィによって転炉内における導電率の空間分布をリアルタイムで表示する.導電率分布から不純物の酸化反応の進行度に関してパラメータを取得し,酸素の吹き込みを変化させることによってそれぞれの酸化反応の進行度を制御する.最終的に任意の炭素量をもった鋼を得ることが目標である.
図4. 転炉内トモグラフィ
4.流れの夢コンテストに参加して
コンテスト出場を決めた後,時間が限られた中で研究と並行して学びを得られる作品を制作しようと考え,トモグラフィを実際に見せる実演内容に決めた.カップ,電極,測定装置は既に先輩が制作したものであったが,電気計測の動作確認が主な目的のもので,その場でトモグラフィ画像を計算して画面に表示するシステムが用意されていなかった.そこで,測定に使用するPC上で画像の表示まで行えるよう,プログラムを制作することにした.制作開始時はトモグラフィの内部計算で理解できていない部分が多くあったが,プログラムの過程でその理解を深め,複数ある手法の中でより鮮明な画像を得るために必要なノウハウを試行錯誤の過程で学ぶことができた.
コンテスト当日の実演では,計測対象の絶縁体の配置を変えながら目の前で導電率分布画像をPC画面に表示した.軽量で小型な計測システムによってこれが実現できるということで,会場の皆様からもたくさんのご好評とご質問を頂き,さらには転炉内,電気炉内での使用に関しても意見を頂戴した.これらは現在の活動の自信と励みになるものであり,コンテストを通じて有意義な交流ができたと感じている.
最後にコンテスト参加を勧めてくださった武居昌宏先生,計測装置を貸して頂いたPrima Asmara Sejatiさん,運営に携わって頂いた実行委員会の方々のご協力を頂き栄誉ある賞を受賞することができました.この場を借りて厚くお礼を申し上げます.
5.参考
- Zhou, Z., Santos,G.S., Dowrick, T., Avery, J., Sun, Z., Xu, H., and Holder, D. S. “Comparison of total variation algorithms for Electrical Impedance Tomography”, Physiological Measurement,Vol. 36, No.6 (2015), pp. 1193
- Chan, T. F., Golub, G. H., and Mulet, P. “A Nonlinear Primal-Dual Method for Total Variation-Based Image Restoration”, SIAM journal on scientific computing, Vol. 20, No. 6 (1999), pp. 1964-1977