流れ 2022年2月号 目次
― 特集テーマ: 流体工学部門講演会 2月号 ―
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集束ジェットによる無針注射時発生応力と機械学習によるジェット速度安定性調査
五十嵐 大地, |
1. 緒 言
日本機械学会2021年度年次大会において,栄えある優秀講演表彰を頂いた.この場を借りて,日本機械学会流体工学部門の皆様及び選考委員会の皆様に御礼申し上げるとともに,講演内容を以下に紹介する.
注射器による薬剤投与において,現在最も一般的に用いられているものは注射針である.しかし,注射針による薬剤投与は,針に対する恐怖や針を介した事故が問題となっている.そこで近年,高速のマイクロジェットとして液体を射出し,薬剤を体内に注入する無針注射器の開発が進められている.一方で現在使用されている無針注射器は,先端部が拡散形状のジェットを用いたものであり,貫入時の痛みが大きい問題がある(2).この問題を解決するために,先端部が集束形状のレーザー誘起マイクロジェットが痛みの軽減に有用であると期待されている(3).本研究では,集束ジェット,拡散ジェットの貫入における人体模擬材料内応力場を可視化し,無針注射における流体と人体模擬組織の相互作用を調査する(1). また,レーザー誘起マイクロジェットは,生成する際レーザー照射条件に対する速度が安定しないことが課題となっている.一方近年,非線形的な流れ場を画像処理することが可能な機械学習は,流体力学へ積極的に応用されている(4). そこで本研究では,レーザー誘起マイクロジェットの速度安定性に関わる現象解明に向けて,機械学習を援用しジェット射出画像からジェット速度に関わる特徴量抽出を試みる.
2. 偏光計測による人体模擬材料内応力場調査
マイクロジェット貫入における人体模擬材料内応力場を可視化するため,高速度偏光カメラ(CRYSTA P1-P, Photron Ltd.)を用いて光弾性を計測した.応力場の可視化手法として知られる光弾性法は,弾性体が外力により複屈折を示す現象を利用する.複屈折を生じる物体を透過する偏光は,伝播速度の異なる2種類の光が現れることで両者の間に位相差Δが生じる.この位相差Δと物体に働く主応力差σd には次式が成り立つ.
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実験装置の概略図を図1(a),ジェットの貫入の様子を図1(b),(c)に示す.人体模擬材料としてゼラチンを用いて,ゼラチンに向けてジェットを射出する.ジェットの形状は液体の初期のメニスカス形状に依存する.図1(b)(c)に示すように,メニスカス面が凹面形状の場合は集束形状のジェットが生成し,凸面形状の場合は拡散形状のジェットが生成する.なお本実験では,集束ジェットおよび拡散ジェットは同じ体積,同じレーザーエネルギーのもとで射出し,貫入の様子は撮影速度25,000 f.p.s.で撮影した.
Figure 1 (a) Schematic diagram of experimental setup for the photoelastic measurement of stress field induced by (b) focused microjet, (c) non-focused microjet.
集束ジェット,拡散ジェットにおける位相差分布の時間的推移を可視化した画像を図2(a)に示す.図2(a)では,黒い領域がジェットにより生じるキャビティを表し,位相差が大きい領域を赤で,小さい領域を青で示している.式(1)より,位相差は応力強度に比例するため,位相差分布と応力強度分布は一致する.集束ジェットに関しては,図2(a)(ⅰ)中のt = 480 μsにおいてゼラチン表面付近でキャビティが膨張しゼラチン下部ではキャビティが細くなった.以下,この膨張した部分をバルク部,細い部分を集束部と呼ぶ.バルク部周辺と比較して集束部周辺は応力が小さいことが確認できる.拡散ジェットに関しては,図2(a)(ii)中において集束ジェットと異なり集束部がなくバルク部と同様の部分のみを確認した.また,集束ジェットと比較して応力が大きい領域を広範囲で確認した.
次に,流体と人体模擬組織の相互作用を理解するために,圧縮応力とせん断応力のうち支配的な応力を調査した.高速度偏光カメラによって得られた,集束ジェット,拡散ジェットにおける材料内の主応力ベクトル場分布の概略図を図2(b)に示す.なお,ピンクの矢印はせん断応力を表し,青の矢印は圧縮応力を表す.図2(b)(i)において,集束ジェットに関して集束部周辺ではせん断応力が,バルク部周辺では圧縮応力が支配的であることを示している.バルク部は集束部より応力が大きいことから,応力の大きい領域では圧縮応力が,小さい領域ではせん断応力が支配的であることが確認できる.また,せん断応力が支配的な領域により液体を深くまで貫入できることがわかる.したがって,せん断応力が支配的であれば小さい応力で液体を深くまで貫入することができることがわかる.一方で図2(b)(ii)において,拡散ジェットに関しては圧縮応力が支配的となっており,せん断応力が働かないため液体を深くまで貫入できないことが確認できる.
以上から,せん断応力が支配的な集束部が存在する集束ジェットは,拡散ジェットと比較して低侵襲で深くまで貫入可能であることを客観的に評価することに成功した.
Figure 2 (a) Image sequence of stress fields and (b) stress vector fields induced by the penetration of(i) the focused microjet and (ii) the non- focused microjet.
3. 機械学習によるジェット速度安定性調査
本章では,機械学習を援用したジェット射出画像における特徴量抽出について議論する.本実験では,ジェット速度に重要な照射条件以外の要因を画像から調査するために,レーザーエネルギー以外のジェット速度に関わるパラメータを全て一定とした.1000回実験を行い,その結果得られたエネルギーとジェット速度の関係を図3(a)に示す.本解析では,特徴量を抽出するため,実験データから上位250枚のデータをFast,下位250枚のデータをSlowとして分類した.機械学習には図3(b)に示すFeedforward Neural Network(FNN)を用いた.FNNは,単純なニューラルネットワークとして知られ,計算過程の可視化が可能なためである(5).撮影した画像を入力層に入れ,出力層でFastとSlowの2つのクラスに分類した.入力画像に対するジェット速度の傾向を学習・検証させ,誤差が最小となったら,入力層から隠れ層へ伝達する際の重みW1を入力画像と同じ形に二次元化した画像として可視化した.これにより,ジェット生成画像に対するジェット速度に重要な特徴量を調査可能にした.
Figure 3 (a) Jet velocity Ujet vs. laser energy E in the experiment and (b) architecture of the FNN used in this study.
本実験で撮影した一連の画像を図4(a)に示す.レーザー誘起マイクロジェットは,レーザーを液体に集光し気泡(蒸気泡)が生成・拡大することで生成する.その際,拡大する蒸気泡の他に伝播する衝撃波により小さい気泡(キャビテーション)が生じる.実験で得た画像を機械学習させた結果,蒸気泡生成後の画像では,ジェット速度に対して重要な指標となる重みが気泡につくことを確認した.本解析では,そのうち最も高い分類精度を示したt = 20 μsにおいて計算過程を調査した.機械学習させた結果,入力画像に対するFast,Slowの分類精度は99.2 %と高い精度を示し,今回の解析に有意性があることを確認した.本モデルで抽出した特徴量について調査するために,重みの可視化を行なった.t = 20 μsにおける,重みを可視化した画像およびFast,Slowそれぞれの入力画像の例をそれぞれ図4(b)(i), (ii)に示す.なお,図4(b)(i)の重みの可視化画像において,計算過程を調査した結果,重みが正の値(赤い部分)はFastの特徴量を,負の値(青い部分)はSlowの特徴量を示していることを確認した.図4(b)(i),(ii)を比較した結果,蒸気泡とキャビテーションの両者にFastを示す重みを確認できる.蒸気泡の周囲に存在する重みに関しては,蒸気泡の大きさや形状がジェット速度に関係していることを示していると考える.またキャビテーションの重みに関しては,キャビテーションの発生がジェット速度の増速に影響することを示している(6).
以上より,蒸気泡とキャビテーションがジェット速度に重要であることが客観的に評価できた.これらは,液体中の空気含有量に影響を受けると考える.本実験では,実験を行うごとに気泡が発生するため,液体中の空気含有量が増加する.このことから,空気含有量は毎実験で異なるため,ジェット速度の安定性に影響していると考える.
Figure 4 (a) Image sequence of the laser-induced microjet injection and (b) colormap of weight W1for classification of initial bubbles.
4. 結 言
本研究では,人体模擬材料への液体の貫入により発生する応力を評価するために,集束ジェット及び拡散ジェットにより生じる応力をそれに比例する位相差の強度とベクトル場を調査することで議論した.集束ジェットにおける応力場では,同一体積・エネルギーの拡散ジェットと比較して主に集束部において低い強度の分布を確認した.集束ジェットは,集束部周辺でせん断応力が支配的でゼラチンの下部まで貫入でき,バルク部周辺で圧縮応力が支配的となった.また,拡散ジェットはバルク部と同様の傾向を示し,圧縮応力が支配的で液体が深くまで貫入しなかった.よって,集束ジェットで液体をゼラチンの下部まで低侵襲かつ高効率に運ぶには集束部が重要な要素となることを示唆した.また本研究では,機械学習を援用し計算過程を調査することで,レーザー誘起マイクロジェット生成画像に対するジェット速度に重要な特徴量を調査した.重みの可視化を行なった結果,レーザーにより生成された蒸気泡やキャビテーションがジェット速度に影響を与えることを示唆した.このことから,液体中の空気含有量がジェット速度の安定性に影響すると考える.
最後に,本講演会において大変貴重なご助言やご質問を下さった先生方,本ニュースレターの執筆の機会を与えて下さった日本機械学会関係者の皆様や選考委員会の皆様に心から感謝の意を表する.