流れ 2022年2月号 目次
― 特集テーマ: 流体工学部門講演会 2月号 ―
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流れソムリエと音ソムリエの奮闘記
笠井 茉莉
北海道大学
はじめに
私たち北海道大学機械知能工学科の3年生はチームcirir(アイヌ語で流れを表す単語)として第19回流れの夢コンテストに参加した.今回は,「魅せる!流れの美しさ」というテーマで作品を作り,オンデマンド動画形式で発表することとなった.そして,私たちはスーパーボールを粘度の異なる液体に落下させて音を奏でる「流体オルゴール」を作成し,誠に光栄な「最優秀賞」をいただいた.本文では,コンテストへの参加から受賞に至るまでの過程を記す.
「流体オルゴール」発表動画
参加したきっかけ
正直なところ流体力学の成績が良いわけではない私が,このコンテストに挑戦しようと思ったきっかけは,田坂先生が講義の最後の方に紹介してくださったコンテストのことがなぜか頭から離れなかったからである.一人で参加するのは少々気が引けたため,勇気を出して当時知り合ったばかりのクラスメイトを誘ってみると無事OKをもらうことができ,コンテスト参加が決定した.
作品のコンセプト
今回のコンテストはコロナ禍ということで,動画で作品を見せる必要があった.よって,繊細な作品というよりかは,はっきりと見えやすいシンプルなものが良いと考えた.色々考えた結果,「流体で音を奏でる」ことに決めた.
失敗続きの日々
私たちはコンセプトを決めるのにそう時間はかからなかったが,その時点で既に製作期間はおおよそ1か月程度しかなかった.そんな私たちに待ち受けていたのは失敗の連続であった.
まず,液滴を異なる粘度のグリセリン水溶液に滴下し,落ちた瞬間の周波数(音)を測定する実験を行ったのだが,音が小さく周波数を測定できずに終わった.
別の実験では,様々な液体に物を落として,落ちた瞬間の周波数を測定することにした.この実験では,図1に示す水道水,グリセリン水溶液,片栗粉と水で作ったダイラタント流体に,ビーズ,鉄球,1円玉などを落としてみた.しかし,落とした物が容器の底に当たってしまい,その音で流体の音がかき消されてしまった.粘度の高いグリセリン水溶液やダイラタント流体はほとんど無音という結果になり,失敗に終わってしまった.
図1 様々な粘度の試料
動画の締め切りが近づく中,まだ作品の詳細が決まらず内心焦っていたが,実験を繰り返し行い,改善していった.その結果,スーパーボールを水やグリセリン水溶液に落とすことで,容器の底に当たった音を鳴らすことなく周波数を測定することができた.また,音を拾いやすくするために,反響板の代わりとしてアルミパネルやボウルを用いた.図2は実験時の写真である.アームにスーパーボールをはさみ,緩めて液体に落下させることで音がなるという仕組みである.
図2 実験時の様子
そうして得た結果は予想していたものからはかけ離れていた.私たちは,落とした時の周波数は液体の種類によって何らかのパターンを見せると考えていた.しかし,実際にはほとんどパターンが見られなかった.同じ実験を5回ほど繰り返した後,測定した結果をグラフにしてみたり,周波数の平均値を求めてみたり,色々工夫を凝らしたがあまり規則性は見られなかった.
以下に示す図3は試料Aに高さ30 cmの位置からボールを落下させた時の周波数を表している.ボールが液内で最下点に到達する前後の周波数を記録し,一番高い周波数が揃うようにプロットした.御覧のとおり,周波数の高さやグラフの形状がバラバラである.
図3 試料Aに高さ30 cmの位置からボールを落下させた時の周波数
音階や周波数の規則性などあまり望ましい結果は得られなかったものの,スーパーボールの落下高さを変えると音の高さが変わることに気づき,それを用いて作品をつくることに決定した.
作品・動画制作
「流体で音を奏でる」というテーマで音階を奏でることは断念したが,落下位置の高さを変えると音が変わることから,様々な高さからスーパーボールを落とすことのできる装置を作ろうと考えた.技術職員の方と話し合い,多いに協力してもらった結果,図4に示すような作品が出来上がった.スーパーボールを載せている円盤は任意の高さに設定でき,金色の針を動かすことで一番下の層にある液体に落下させることができる.
図4 完成品
さて,本コンテストでは作品が完成したら終わりというわけにはいかない.きちんと魅力を伝えるべく,動画を作る必要があった.以前,先生とお話した際に歴代の流れの夢コンテストに出場した先輩方は自分たちも楽しくなるようなプレゼンを行っていたという話を聞き,私たちはパワーポイントでスライドショーを作成し,それを軸に紙芝居のようなお話形式で発表を行うことにした.私たちは流体・音の魅力を世界に広めたい流れソムリエと音ソムリエとして制作過程と作品のこだわりについて発表した.
流れの夢コンテストへの参加を通して
コロナ禍ですべての授業がオンラインになった関係で,実験を行えたのは1年生の時以来であった.また,学部3年生で研究室に配属されていないこともあり,0から作品および動画制作まで自分たちで決めて作業するのは初めての経験であった.(もちろん,先生や研究室の皆様,技術職員の方にはお世話になった.)実験が失敗続きだったときに,作品のコンセプトを変えるかという話になったこともあったが,やはり「音」にこだわりたいという強い意志でコンセプトを変えることなく突き進んでよかったと思えた.
無事に作品を完成できたのはいいものの,実験の精度は十分とは言えず,流体と落下音の関係は謎のままである.例えば,防音室のような場所で収音マイクを使っていれば実験装置による誤差は少なくなると考えられる.また,スーパーボールもつなぎ目が凸になっていて,落下時のボールの向きが結果に影響した可能性もあるため,より真球に近い物を使用すればより良い結果を得ることができたかもしれない.
本コンテストの参加を振り返ると改めて良い経験になったと感じる.もし参加していなかったら,頭の中で「もし参加していたらどうだっただろう」と後悔していたと思う.学ぶことも多く,いつかきっとどこかでこの経験が活かせる日が来るだろうと思う.
さいごに
本コンテストに参加するにあたり色々と大変なこともありましたが,このような貴重な経験をさせていただいたうえ,最優秀賞を受賞することができ,大変嬉しく思います.この場を借りて改めて,チームメンバー,田坂先生,山保さん,流れ制御研究室の皆様,日本機械学会の皆様に深く御礼申し上げます.